風と横顔
「朝だよ、少年」
僕は彼女の声で目を覚ました。朝六時、彼女は気持ちよさそうに窓の外を眺めている。夏休みなのにどうしてこんなに早く起きないといけないのか。僕は不貞腐れながらも少し嬉しかった。誰かに起こしてもらうのは三年ぶりだったから。
朝食を食べ、僕たちは計画を立てた。まずは学校に向かうことにした。彼女は僕とあまりと年齢は離れていないはず―もしかしたら学生だったかもしれない。
「学校、なにか思い出せるかもね」
「思い出していただかないと困ります」
「まあまあ、旅は始まったばかりだぞ、少年」
彼女は僕の背中を軽く叩いた。僕はこの楽観的な性格は苦手だ。
スマホ、財布、記録用のノートとペンを持って、僕たちは学校へ向かった。色んな部活動の声が響いている。
「少年は部活やってないの?」
「……美術部です。」
彼女は少し考えたあと、何かを思いついたかのように、ぱっと顔を上げた。それから、まるで「私って天才」と言わんばかりの眼差しで僕を見ながら言った。
「……ふーん、じゃあさ、私の顔描いてよ。似顔絵があったら聞き込みとかしやすいんじゃない?」
僕は彼女に連れられて空き教室に入った。彼女は僕の前の席に座った。じっと僕のことを見つめている。
真っ黒な髪、青い瞳、やっぱり惹き込まれそうになる。
「可愛く描いてね」
「……善処します」
僕は記録用のノートとペンを取り出して描き始めた。
彼女は窓の外を見る。横をむくと彼女の高い鼻がはっきりとする。可愛いというより綺麗だと思う。
「……動かないでください」
「ごめんごめん」
そう謝りながら、彼女はにこっと笑った。笑うと見える八重歯が印象に残った。
二十分ほど経って描き終わった。彼女は絵を色々な角度から覗き込むようにみる。
「少年、なかなかやるね」
そう言って彼女はまたにこっと笑った。
それから僕たちは、一日中学校を歩き回って探したけど、結局何も見つからなかった。ふと回りを見ると彼女がいない。あと行っていない場所は屋上だけ―屋上に向かいドアを開けると、彼女がいた。落下防止用の柵に寄りかかりながら風に吹かれている。
「おっ、少年。風が気持ちいいね」
「……そんなとこにいたら危ないですよ」
「平気だよ、私、幽霊だから」
この一瞬、僕は彼女が幽霊だということを忘れていた。まるでこの声も寄りかかっている姿も生きているみたいだった。
「暗くなってきたね、少年、もう帰ろっか」
彼女は夕方の空を見上げながら少し寂しそうに言った。その横顔を見たとき、なぜか言葉が出なかった。
ただ、胸の奥が少しだけざわついた。
「……次は見つかる……と思いますよ」
僕は独り言のように呟いた。
「ん?なんか言った?」
「……いえ、なんでもありません」
僕は彼女のことを少しだけ知りたくなった。