夏のはじまり
「はじめまして、少年。少年は私が見えるんだね」
彼女はそう言った。彼女は僕と同い年か一つか二つ上くらいだろうか。髪は黒く、透き通るように綺麗で、瞳は青く澄んでいて、夏の海のように思えた。どこまでも深くて、どこか寂しげで、飲み込まれそうになるほどに美しかった。
「君は誰なの……」
僕の声は少し震えていた。彼女という非現実的な存在を目の当たりにして、僕は好奇心よりも恐怖の方が勝っていた。
「私は…幽霊だよ」
僕が少し怖がっていることに気づいたのか彼女は優しくにこっと笑いながら答えた。どうやら本当に"幽霊"らしい。
「少年、手伝って欲しいことがあるんだけど」
彼女はそう言うと、ぐっと顔を近づけてきた。僕の顔をじっと見つめて観察すると、「よし」と頷いて言った。
「私を成仏させて欲しい」
「成仏したいんですか……?」
僕は驚いて聞き返えすと、彼女は小さく頷いた。
「うん。でもね、私自分のことを何も覚えていないの。どうして幽霊になったのか、どうしてここにいるのか。だから思い出すために探してるの。思い出したらきっと成仏できるはずだから。」
「それを僕に手伝って欲しいってことですか」
「だって少年しか私の事見えないみたいだから」
困った。僕は幽霊なんか信じていないんだ。断ろうとした―だけど彼女の目はまっすぐ僕を見つめている。
僕は自分の気持ちとは裏腹に、
「少しだけなら…」
そう答えてしまっていた。
それから僕は彼女についていくつか質問した。名前、住んでいた場所、生きていた頃のこと……けれど、彼女は何も覚えていなかった。この星見ヶ丘霊園に彼女の墓があると思って全ての墓を見て回ったが、彼女は何も思い出さかなった。
「ごめんね、少年。全然ダメだね、私」
「……じゃあ、街を回ってみますか」
「そうだね。なんせこの街は広いし、きっと何か思い出すよ」
「……あの、そもそもここから出られるんですか」
「それなら大丈夫。私、外からここに来たから」
――こうして僕と彼女の旅は始まった。
旅が始まったのも束の間、18時のチャイムが夜の始まりを告げる。
「少年、今日はもう疲れたでしょ。街を探すのは明日からにしようか」
「分かりました。では」
僕が帰ろうとして歩き出すと、彼女も後ろからついてくる。
「……帰るんじゃないんですか」
「えへへ、私、幽霊だから家ないし」
思わず、呆れた。今までどうやって過ごしてたのか。仕方なく、僕の家に住ませることにした。僕は一人暮らしだし―何とかなるだろう。
「少年、一人で暮らしてるんだね」
「はい、両親は三年前に亡くなりました」
「……そっか」
彼女はそう言うと申し訳なさそうに壁際を向いて座った。幽霊はご飯もお風呂も必要ないみたいだった。それなのに彼女は――綺麗だった。
僕はカップ麺を食べてお風呂に入った。今日は暑かったし心も体も疲れていたのだろう。僕は早めに眠りについた。それまでの間、彼女は何も話さなかった。