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第 壱 章 夜の鳥居

巫女のアルバイトをしている少女は、その日最後のお仕事として、参道に入る鳥居の下に掲示を置いた。

そして夜の参道を引き返している最中、二つ目の鳥居で一礼し頭を上げたときに彼女に起こったこと。

神社とは一体どういうものかを、彼女は気がつくことに。

第 壱 章


夜の9時が近付き、木花神社このはなじんじゃの入り口、一つ目の鳥居の前に

[本日のご参拝は終了いたしました]

という表示を置いた

膝の高さの柵で、はるかに背の高い鳥居を囲った


本当は囲う必要はなくて参拝しようとした方に、終わりましたよ、と

お伝えすればそれでいいんだ、とわたしは思った


表示を蹴とばし鳥居を突破、その勢いで境内に侵入を試み、急いでお賽銭を投げ込む。

間髪入れずに二礼二拍手三拝するほど切羽詰まった参拝客はいない

わら人形・五寸釘セットを持った後期結婚適齢期の女性なら入ってきちゃうかも

しれないけれどね


わたしが木花神社に仕えて7日目の夜

いまいる鳥居から本殿まで、参道の長さはたぶん200メートル

なぜ200メートルと言えるのか


なぜなら、先々週わたしが体育の授業で計測した100メートル走の記録は16.8秒ジャスト

わたしと同じ高校1年生の女子平均より1.5秒早い

そしてわたしが今履いている白い足袋じゃなく、ミュウミュウのスニーカーを

履いたとする


わたしは赤い鳥居からクラウチングスタートで走り出し、ふたつ目の鳥居を一礼せずに

通過、33.6秒未満でお賽銭箱にタッチできる自信があるから

参拝客が間違って入らないよう、鳥居にこの作業をするのがわたしに任された


その日の最後のおしごと。いや、表現を改める

その日の最後のご奉仕。神主さん、これでいいよね?


夜9時になった

参道の両脇にずらり並んだ灯籠の灯りが暗くなり、そして消えた


わたしは両手をおへその少し下で重ね(右手が下、左手が上)、視線は5メートル先に

あごを引きつつ背すじを伸ばす


そして巫女らしく振る舞う練習と思い本殿に向かい参道を引き返した

こういった所作は、先輩の巫女さん達から少しずつ教えてもらっている


わたしは慎重に歩いた

巫女さんは走らない。巫女装束で疾走する作法がないから

いや、まだ教わってないだけかも


歩きながら夜のお空に瞳を向ける。灯籠が消えたおかげで丸いお月さまが眩しい

そして涼しい夜風をうなじで感じる。巫女さん仲間はみんな仲良くポニーテール

くるりんぱとかはしない


二つ目の鳥居まで戻ったところで立ち止まる。目を閉じ、深く一礼する

いち、にい、さん

頭をあげたとき、右側に明かりのついた建物があった


神社の参道脇にコンクリートの建物があるはずない。そしてそれを昼間見た記憶もない

頭を下げるまで明かりは無かった


目をつぶり一度深く呼吸する。夜風と木々の葉が擦れ合う音がする

どこかで知らない鳥が2回鳴いた。参道脇の森の鳥だ

わたしは目を開けた


建物はそこにある。森の鳥が3回鳴いた

木花咲耶姫命コノハナサクヤヒメノミコトを祀った神社

その神社を閉めた後、境内に明かりがついたガラス張りの建物

 

これがきつねに化かされる、ということかしら

わたしは参道から離れ灯籠の隙間をするりと抜けた。灯籠が消されると

境内はとてもとても暗い。月が境内を照らしている


わたしはいつも、二匹の狛犬が月光で照らされる姿を眺める。社務所に帰る時間が

遅いのはそのせいもある


空からの黄色い光で照らされた狛犬さんは、昼間よりわたしと気持ちの距離が近い

なにかからわたしを守ってくれそうな、そんなこころの距離感

建物は月光が流されつむじ風が集結しているかのように明るい


わたしを招いているのか、近寄らないよう警告しているのか

参道から外れると地面は砂利で覆われている。そこを足袋で歩いていく

痛いな、と思った瞬間、その建物の正体が何かわかった


それは

タリーズコーヒー店


たまご型のロゴと



                TuLLY’s CoFFEE



という表記がある

店の入り口まで進んだが、入っていいものか迷う


なぜならタリーズでラテを飲んでいる巫女を見たことがない

たしかにわたしは先週、タリーズで水出しアイスコーヒーを飲みながら

英文法のテスト勉強をした事はここに認める


神社に仕える身分でありながらラージサイズのアイスコーヒーをごくりごくり、と

飲みました

わたしの正体が巫女である事が分からないように、ひっそりと


立ち居振舞いから、髪をサイドポニーテールに結んだ店員さんにわたしの身分が巫女

であることが見抜かれたかもしれない。だけど彼女はそれを店長に報告しないと思う

なぜならポニーテールでなく、あえてのサイドポニテ

性格も曲がってるに決まってに違いない


別に巫女さんがモスバーガーに入ってはいけない、という日本古来からのしきたりはない

伊勢神宮ができた頃、日本にはフラペチーノという概念すら無かった

でもね、巫女装束で入っちゃだめな感じがする


わたしは扉の前で考えた 


タリーズコーヒー店と名乗る建物の扉が、わたしを迎え入れようとしている

注文の多い料理店と同じ事をわたしにしようとたくらんでいるのか


それともヘンゼルとグレーテルのお菓子の家と同じ事をわたしにしようとしているのか

注文の多い料理店の場合、お店に入った客は最後には服を脱ぎ、

裸になって身体に塩をぬる


女子校に通う、高校生のはだかに興味がある人はいると思うけれど、

わたしの身体に塩を塗りたい人っているだろうか

いるかもね

男性はみんな変態だと聞く


どちらのお話も最後はそこから逃げ出しハッピーエンドになる

だったらそもそも入らなければいいのでは?

それにコーヒーを白い袴で飲み、こぼしたらシミが目立つ。でもミルクラテなら

くすんだ感じですむ


わたしはさきほどからお店の扉を見ている。扉のドアノブを

入るか、入らないかの2択しかない。いや、ちょっとだけ入るってできないか

片足だけ


つむじ風が吹き、黄色い月がお店を囲み渦を巻いた。木々の葉がこすれ、その音が

大きくなった。お入りなさい、という歓迎か、扉を開けてはならない、という警告か

後者の場合、わたしは浦島太郎と同じルートをたどる。というか、そもそも巫女さんは

ご奉仕中現金を持ち歩かない


参拝客に混じりお賽銭を投げないから。お祭りがあっても、屋台のたこ焼きを買い、

爪楊枝でたこ焼きを刺しその場で食べない

なぜ巫女さんは、目の前にたこ焼きがあるのに買わないかと言うと

どうしてだ?

もぐもぐしちゃって、ほくほくで、ウスターソースが白い袴に落ちちゃって、その結果。

とにかく使い道がないので巫女はご奉仕中、現金を持ち歩きません

そっと扉を開けた


店内は、

店内もタリーズコーヒーだった

入り口にたち、お店を観察した。照明は暗めかも。お店の中に誰も人はいなかった 

人はいない


うるんだ瞳のきつねがいた

青いランプの下、きつねは床に伏せている


わたしたちは見つめ合った

その姿は、東京・名古屋間で遠距離恋愛中のカップルが、小田原駅の改札で

一ヶ月半ぶりに会ったかのよう


きつねは長い耳がピンと生え、タレ目なお顔は少し困っているように見える

そしてその子から、いつもは真っ白な雪山を歩いていそうな気品を感じる

可愛いし、動物園じゃさせてもらえないから抱っこしようと近づいた時

その子はメスのきつねだと言う事が判明した。なぜなら話しかけてきたから。わたしに


彼女は話した

「あなたのような可憐な女子高校生に、抱っこしてもらうのは

やぶさかではないのよ。ただしあなたのお着物にわたしの毛がついてしまう

あなたが思っている以上に抜け毛があるの

そして私は平均的な20代のきつねと同じだけ体重があります

わたしを抱っこするのはすべてが終わってからにしましょう

 今日はお客さまが沢山いらして、多忙でしたので少し汗をかいております

軽くリンスインシャンプーで身を清めてから抱っこして頂くわ

やさしくお願いね。5キロのお米を四つ重ねて持ち上げるみたいな抱っこは嫌なの

きつねってそうなの

 そして、私はヘアカラーをきつね色に染めています。色落ちしないよう気をつけない

といけないのです」

きつねが、毛をきつね色に染めてる。きつねってそういうもの?

じゃあきつね色ってきつね色じゃないでしょ。きつねの元の色があるんでしょ


わたしは言った

「あなた、だれ? というか何?」

「わたしが先に質問してもよろしい?」

 「どうぞ。小娘のわたしが答えられるものならば」

「あなた、だれ? というか何?」


わたしは跳ね返って来た問いかけを考えた。わたしはだれだ。というかわたしは何だ

「ここの神社で木花咲耶姫に仕えている巫女で、ここでご奉仕してる17人の巫女の中

で一番年下。名前は、蒼井あおい 新花あらか恋朋女子高校の一年

弓道部に入ってて腕力はないけど追い込められると実力を」


きつねは言った

 「不躾だけれど、それはわたくしの質問の答えになっている?

 それは、あなたのおなまえと、ご身分の紹介ね、それで、あなたはだれなの?

というか、何なのかしら?」

「じゃあ何を説明したらいいの?」

「ですから、あなたはだれなのかと、あなたは何なのか」

「だれって言われても困っちゃう。気品のあるきつねさんとお会いするのって

初めてだから。あとあなた喋るし

 つまり初対面ね。だから自己紹介すればいいのよね?いまのじゃだめ?」


「ご自分のことを紹介したら、あなたが何かが分かるのですか

 私は、あなたは何かが知りたいの

 それがわかったら、わたしもあなたのご質問にお答えできるような気がします」

わたしは目の前にいる、抜毛が多く、きつね色に毛を染めているきつねが何者か

気がついた。神社にいるきつねは一つしかない


稲に関するかみさま 

神社が閉門した夜9時過ぎ、お稲荷さまが参道脇のタリーズコーヒーにいる

わたしは白い足袋を履き、上は白衣しらぎぬスカートに当たる部分は赤い緋袴

(ひばかま)という巫女の姿でお腹の前で両手を重ねている


目の前には貞淑なきつね

そしてその場所は神社の参道脇にあるタリーズコーヒー店


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