デスティナーレ! パラケルスス教団のストゥルメンタリタ
ゆるふわファンタジー第6話です。謎の教団に拉致された乙女のデスティーノ(運命)は?
一週間続いた自動車での旅も終わりを告げ、パラケルスス教団の総本山に辿り着いた。
教団の総本山だから、どんなおどろおどろしい悪の巣窟かと思っていたけれど、着いてみれば無機質な四角いオフィスビルが目の前に建っているだけだった。
オフィスビルの周辺にも、無機質なビルが建ち並んでいた。
華美な装飾を好む王族や貴族とは対照的とも言えるこれらの光景は、実にベリッシア・パエーゼらしくない。
ベリッシア・パエーゼは王族や貴族を描いた物語だから、平民の描写は一切なかったんだよね。
平民の街並みの方がよほど日本に近いだなんて、全く想像だにしなかったよ。
自動車から降りて、ビルの中に入ると、受付嬢がやってきて、エレベーターで最上階まで案内してくれた。
「こちらで教祖様がお待ちです」
受付嬢はドアをノックして声をかけた。
「恵瑠様をお連れしました」
「うむ。入りたまえ」
中に入ると、椅子に腰かけて机の上の書類を読んでいた男が顔を上げた。
「やあ、ひさしぶりだね、恵瑠さん」
「だれ?」
首をひねらざるを得なかった。こっちに来て平民と知り合った覚えはない。
「ははは……、相変わらずだね、恵瑠さん。僕たちは同じ転生者じゃないか」
「は? 転生者って、まさか?」
教祖様は立ち上がってこちらへ歩いてきた。
背は私より高く、顔もそこそこ、だけど……。
「あーーっ! 割り勘男じゃん!」
初デートで割り勘などとほざいた唾棄すべき男。そいつがなんでここにいるんだ!? ベリッシア・パエーゼは乙女の為のゲームのはずなのに、男がいるなんてありえない。
「なんでここにあんたがいるの!?」
「聞きたいかい?」
「聞きたく……ないっ!」
「聞きたいっていってくれよー」
顔をそらして返事をせずにいると、教祖様は勝手に喋り出した。
「恵瑠さんにフラれた後、僕は気がついてしまったんだ。女の子のことをあまりにも知らなさすぎたってね。それで乙女ブラウザゲーム『ベリッシア・パエーゼ』をプレイして勉強してみようと考えたんだ」
方向性が間違っているような気がするけれど、勉強する気概はよしとしよう。
「そしたらさ、さすが乙女ゲームと言われるだけあって、男の僕にはあまりにもアレすぎたんだ。思わずゲロを吐いてしまい、そのゲロが喉に詰まって窒息死してしまったんだよ」
しょせん割り勘男には乙女ゲームの素晴らしさは理解できなかったか。
「で、気が付いたら、こっちの世界に転生していたってわけさ」
なんだかなー。乙女ゲームに男が転生しても居場所があるとは思えないのだけれど。
「他にも転生者っているの?」
「よくぞ聞いてくれました!」
聞くんじゃなかったよ。
教祖様のニヤけた顔が気持ち悪い。
「実はパラケルスス教団は転生者たちが立ち上げた組織なんだ」
どうやらかなりの人数が転生しているみたいだ。
「パラケルスス教団なんて名乗っているけれど、真実の名は世界補完機構って言うんだ」
「世界補完機構? やけに大仰な名前ね」
「恵瑠さん、この世界の高魔力持ちの割合はどれくらいか知っているかい?」
「さあ」
「10%だよ」
うんまあ。それくらいだろうね。
「残りの90%は低魔力および魔力無しの人々なんだよ」
全てのものの90%はカスであると、誰かが言っていた。それはこの世界にも当てはまるということだろう。
「魔法世界で快適に暮らしていけるのは僅か10%の人々のみ、残りの人々は貧しい暮らしを強いられていた。それを解消しようというのが、世界補完機構なのさ」
魔法世界で魔力の無い者が豊かな生活を送る方法は、おそらく……。
「だから、前世の知識を活用して日本の文明を持ち込んで、魔力の無い平民でも快適に暮らせるように補完しようと考えたんだ。それを推進しているのが世界補完機構であり、パラケルスス教団なのさ」
なるほど、平民の平民による平民のための組織というわけか。
「今の僕はあの頃の僕とは違う。地位も権力も自由になる予算もある。恵瑠さん、もう一度この僕と付き合って下さい。二人で世界を変えていこう!」
「えっ!?」
話がいつの間にか告白へと飛躍していた。
なにがどうなってんの?
教祖様は頭を下げて右手を差し出して返事を待った。
「君とヤりたおしたいんだ!」
「はぁ!? ヤりたおす? 何いってんの!?」
恵瑠が睨むと、ゴホンと咳払いをして言い直した。
「君とやりなおしたいんだ!」
思わず本音が出ちゃったんだね。
恵瑠の答えは決まっている。
「却下」
教祖様は目を剥いた。
「な、なんで? いったいなにが不満だっていうんだ?」
と教祖様は詰め寄ってきた。ちょっと予算があるくらいで何を自信過剰になってるんだろうね。
「だって、ここはベリッシア・パエーゼなのよ。美しき王国なのよ。美麗な王子様と結ばれるために私は転生したの!」
「恵瑠さん……」
「私が王妃になった暁には世界補完機構の後押しはしっかりやってあげるから感謝しなさい!」
OLは平民の組織ごときに埋もれる器ではない。王国の王妃になって卓越した能力を発揮するためにここにいるのだから。
しかし、教祖様のあきらめの悪さを、男という生き物の偏執性を恵瑠はまだ知らなかった。
OLは美麗な顔の男性以外受け付けません!