悪役令嬢、華麗なる縦ロールの系譜
ついに登場? 悪役令嬢! ゆるふわファンタジー第三話。
本作の主人公は「背の低い男は人間じゃない」なんて、平気で言う女性です。
そういうのが苦手な方はご注意下さい。
王子たちとの面会以来、恵瑠のテンションはダダ下がりだった。
期待が大きかった分、落胆の度合いも半端なかった。
心配した王子たちが見舞いに来るものの、YYC(※1)を見たところで気分が上昇するはずもなく。
相対的異世界転移によるスケールの違いは如何ともしがたかった。
気分転換を兼ねて、王宮内を散策してみた。
国民から搾り取った税金で建てられた王宮は、御伽噺の世界のように輝いていていた。
噴水のある庭園には四阿があり、貴族の令嬢たちが優雅にお茶会を開いていた。
令嬢たちの囀りが聞こえる。
「おほほほほ、そんなこともありましたわねー」
「まあ、アクヤ様ったら」
「さすがですわ、アクヤ様」
ん? アクヤ様?
目を凝らして見てみると、金髪縦ロールを筆頭とする三人の御令嬢たちがテーブルを囲んでいた。
「あら、救国乙女でありませんか」
こちらに気づいて金髪縦ロールが声をかけてきた。
私が近づくと、三人の令嬢の目がどんどん見開かれていった。
「え?」
「えええっ!?」
「デカイッ!!!」
そりゃあね。
150センチ以下の人々の中に2メートル超えがいるんだもの。
三人は椅子から立ち上がって、綺麗な貴族の挨拶をした。
「初めまして、救国乙女様。わたくしはアクヤ・クレイ・ジョウデスですわ」
「トリーマキ・イチゴーデスです」
「ヒキターテ・ニゴウデスです」
「ご丁寧にどうもです。救国乙女の奥右恵瑠です」
ベリッシア・パエーゼをプレイした人なら誰でも知っているこの三人組。
悪役令嬢テルツェットだ。
ゲームの中では主人公に敵対する悪役として描かれているけれど、実際は思い人を救国乙女にかっさらわれる損な役割の乙女たちなんだよね。
身分の高さも魔力の高さも申し分ない彼女たちは……。
「みなさん、とっても可愛らしいですね」
「へ?」
「かわいい?」
「生まれて初めて言われましたわ」
29歳のOLから見れば、十代の彼女たちはとってもかわいらしく見える。
アクヤ様は悪役令嬢の代名詞とも言える華麗なる縦ロールの系譜に連なる乙女だ。美しい顔に金髪縦ロールが映えている。
トリーマキ様とヒキターテ様も金髪で、なかなか凝った編み方をしていた。
それぞれのドレスは優雅で煌びやかで、纏う者の特別感を引き出していた。
さすがは上級貴族のお嬢様。名門貴族の証、家名の「デス」は伊達じゃない。
そして、みなさんつり目で、なかなかプライドが高そうだった。
悪役令嬢テルツェットのお茶会に、急遽お呼ばれすることになった。
「救国乙女は代々王妃になることが運命付けられていますけれど、どなたか意中の殿方はいらっしゃいますの?」
アクヤ様に尋ねられた。
やっぱり気になるよね。救国乙女が誰を選ぶのか。
でもね、私にはYYCを選ぶなんて到底できないわけですよ。
人間やめますか? ってレベルでね。
例えベリッシア・パエーゼでも、OLは一切妥協は致しません。
「はーっ。それがいないんですよ」
ため息を交えて返答した。
「素敵な殿方が五人もいらっしゃるのに?」
「私ってほら、高身長じゃないですか」
「そ、そうですわね」
「いくらお相手の男性のお顔が美しくても、背が低かったらアクヤ様だってお嫌でしょう?」
「有り得ませんわね。そもそも相手として認められませんわ」
「でしょでしょ」
今度はこっちから質問してみた。
「アクヤ様は気になる殿方はいらっしゃいますか?」
「い、いないことはなくてよ」
曖昧な返答をするアクヤ様。
「ベクタス様の性癖をご存知ですか?」
「へ?」
アクヤ様の目がまんまるく見開かれた。
ベクタスルートでは必ず悪役令嬢としてアクヤ様が立ちふさがる。つまり、アクヤ様の意中の殿方はベクタス様なのだ。
「知りたくはありませんか?」
笑みを深めて私はアクヤ様に問いかけた。
アクヤ様の瞳の奥に葛藤のようなものが見え隠れした。
悪役令嬢って言われているけれど、けっして言葉通りの意味ではない。敵対することによって、相対的に付けられたに名称に過ぎないのだ。
たいていの場合は貴族の常識に則って行動しているだけであって、そこに悪意は存在しない。
むしろ敵対者の方が意図的に、あるいは無意識的に貴族の常識から逸脱した行動を取る。そこに悪意を感じてしまうのは私だけだろうか。
悪役令嬢と呼称して貶めることが敵対者たちの目的であり、策略なのだとしたら……。
逡巡するアクヤ様の手に、自分の手を重ねた。
「私は救国乙女、ベリッシア・パエーゼの乙女の化身です。アクヤ様の敵ではありません」
アクヤ様の目をしっかりと見据えて、私は言葉を紡いだ。
「アクヤ様は今のままで十分お美しいです。この美しい国で、一緒に幸せになりませんか?」
美しいものは共有するのが吉だ。王子たちとて例外ではない。
目を閉じて、再び開いたときに、アクヤ様の瞳の中に迷いはなかった。
「教えてくださるかしら?」
「よろこんで!」
第二王子ベクタスは、「硬派」で「一途」で「純情」で、また「嫉妬」深く、五人の王子の中で唯一の「童貞」だ。
彼は一度関係を持った女性は一生涯離さないだろう。逃げるそぶりを見せようものなら塔のてっぺんに幽閉して永久に外に出さない。
そんな彼を落とす方法が、ゲームの中で語られていたので、それをアクヤ様に教えて差し上げた。
「硬派な彼は無類の猫好きです。猫耳と尻尾を装着して、語尾にニャンを付ければ、猫好きのベクタス様はイチコロですよ」
「え、えええっ!? そ、そんなはしたないこと、むっ、無理ですわ!」
「硬派はニャン派に弱いのです。猫耳を付けたアクヤ様のギャップ萌えに抗う術は彼にはないでしょう。すこし練習してみましょうか」
「え? 練習?」
「はい、復唱して下さい。『ベクタス様、かまってほしいニャン』」
「ベ、ベクタス様、かま、かまって、ほしい……ニャン」
「いいですよ。その恥じらった感じはベクタス様の好みのドストライクです。後で猫耳と猫尻尾をメイドに用意してもらいましょう」
「ううっ……」
顔を真っ赤にしてアクヤ様はうつむいた。
「あ、あの!」
「はい、なんでしょう、トリーマキ様?」
「デ、デリウス様のことは何かご存知ですか?」
「もちろん」
デリウスルートで悪役令嬢として立ちふさがるのがトリーマキ様だ。
遊び人でふらふらと女性の間を渡り歩く第四王子デリウス、夢追い人の彼を落とす方法はたったひとつ、ひざまくらだ。ひざまくらをしてあげて、母親のようにやさしい言葉をかけてあげれば、デリウスはもうメロメロだ。亡き母親の面影を追い求める彼を落とす唯一の方法がこれだ。別名マザコン王子。
その旨を伝えると、ぶんぶんと首を縦に振るトリーマキ様がかわいらしかった。
「ヒキターテ様はどなたか気になる殿方はいらっしゃいますか?」
と私が尋ねても、ヒキターテ様はもじもじしてなかなか意中の殿方の名前を明かしてくれなかった。
悪役令嬢テルツェットに所属していても、本質は引っ込み思案の令嬢ヒキターテ様。
ゲームの中でヒキターテ様が立ちふさがった場面が思い浮かばない。
全てのルートをクリアしたわけじゃないから無いとは断言できないけれど。
追々吐き出させればいいや。
彼女たちは好奇心旺盛で、何よりも刺激に飢えていた。私が提供する乙女ゲームの情報は、よほど彼女たちの琴線に触れたのだろう。
数日後には、四人でお泊りしてパジャマパーティーを開いていた。
「美しいもの」と「美味しいもの」と「美麗な殿方」について乙女の話題は尽きることがなかった。
「美」こそが全世界共通の乙女の嗜みなのである。
ベッドの中で夜が更けるまでキャッキャウフフとイチャイチャした。時にはイチャイチャからXxXXへと発展することも少なくないんだよね。
乙女だからこそ出来るコミュニケーション方法といえる。ベリッシア・パエーゼ風に言うとコムニカツィオーネだね。
前世でも、部下の女の子たちの「アフターケア」として、時々パジャマパーティーを開催していた。
翌日からは「お姉様」と呼ばれるようになるので「会社では主任と呼びなさい」と注意しなければならなかった。
そんなこんなで悪役令嬢テルツェットからも「お姉様」と呼ばれるようになった。
ベッドの中の三人組、アクヤ様とトリーマキ様とヒキターテ様を思い出すと、ぽわんとなる。
ほわあっ。みんな小さくてかわいかったなあ。
乙女同士のXxXXは、いつも背徳感を伴って、それでいてとても甘美なものなのだ。
もしかしたら禁断の扉を開いてしまったかもしれない。
そう思えるほどに。
後日、救国乙女のお話し相手兼お世話係として、悪役令嬢テルツェットが選ばれた。
こうして私はかわいい三人の侍女をゲットしたのだった。
侍女を愛でるように、王子たちも愛せないかって?
なかなか難しい質問だよね。
TVの名探偵ガキんちょくんを見ても全然食指が動かなかったし、私には美少年愛好家の性癖はないみたいだ。
王子は眉目秀麗で高学歴で高身長でなければならないという先入観が邪魔をしているのかもしれない。これも相対的異世界転移がもたらした、ある種の悲劇と言ってもいいのかもしれないね。
「悪役令嬢」から「侍女」に華麗にジョブチェンジ!
※1 【YYC】矮小矮躯チンチクりんの略(OL用語集より)