4 推しだけど後輩な君
それは、類が結衣の部署に移動してきてすぐのことだった。類はその頃から、毎晩のように異世界の夢を見るようになる。現実とは違う世界で、類は違う名前、違う服装で生きているのだ。その夢はあまりにもリアルで、目覚めても寝ていた気がせず、疲れている。
類は普段からアニメを見なないし、ゲームはパズルや麻雀など頭を使うゲームしかしない。そのため、何かを見て無意識下に溜まった情報を整理してみた夢、とは考え難かった。
そんな時、食堂で結衣たちの会話を耳にする。ルシエル、という名前を聞いた瞬間、類は結衣たちの会話に興味を持った。どうやら、ルシエルというキャラが出てくるゲームがあって、アニメ化もされ小説も出ているらしい。そのルシエルというキャラに、自分がそっくりだと結衣たちは話していた。
夢の中で類はルシエルという名前で生きていた。結衣たちの話を聞いて、類はそのゲームを調べ、驚愕する。そのゲームに出てくるキャラクターたちは、類の見る夢の中にそっくりそのまま出てきているからだ。
「俺は、きっとどこかでこのゲームを見たり聞いたりしたんだと思いました。覚えてはいないけれど、きっと無意識下で覚えていて、それを夢で整理しているだけなんだと思おうとしたんです。でも、ある日、アニメの中でルシエルが『蒼い炎の鎮魂歌』を出した時、俺の体に異変が起きたんです。急に苦しくなって、気がついたら青白い炎が体から出ていました」
今までの経緯を類が事細かく結衣に説明する。結衣は、ただただ呆然として類を見つめて聞いていた。
「それがきっかけで、走馬灯のようにルシエルとしての記憶が蘇ったんです。俺は、別の世界でルシエルとして生きていた。それは間違いのないことで、でもこの世界ではそれがゲームになっている。しかも、他のキャラクターの性格がところどころ微妙に違うんです。
色々と調べたんですが、そもそも俺が生きていた世界ではヒロインもいないし、起こる出来事もそもそも世界が違うので同じではない。どういうことかわからなくて、あのイベントに行けばもっと何かわかるんじゃないかと思ったんですけど、いざ行くとなると足踏みしてしまって」
だからあの場所で佇んでいたのか、と結衣は類の話を聞いてなんとなく納得してしまった。
「な、るほどね。なんとなくわかった。信じれるかどうかは別として、いや、でもあの炎を見せられたら、信じざるを得ないというか……でもまだちょっと混乱してる、ごめん」
両手を頬に添えて結衣はほうっとため息をついた。類の話が本当であれば、類はルシエル本人ということになる。だけど、ゲームのキャラが生まれ変わるなんてことあり得ない。あり得ないはずなのに、あの炎が出せるということは、やっぱりルシエル本人なのだ。
(いや、待って、つまり、つまりよ?目の前にいるのは、私の推しってこと?)
重要なことに気がついて、結衣は類を凝視する。ルシエルと似ていてすごい、なんて次元の話ではなかった。推しそのものが、目の前にいるのだ。
急に結衣の身体中の血液という血液が全て激流にのまれたように流れ出す。心臓がバクバクと大きく動き、今にも口から出そうになる。そして、結衣の顔がどんどん真っ赤になっていくのを、類は両目を見開きながら見つめていた。
(待って、嘘、無理無理無理、そんな見つめないで!推し本人とか!無理だから!)
結衣は両手で顔を覆うが、首から耳まで真っ赤になっている。そんな結衣を見て、類はごくり、と喉を鳴らした。
「そんな反応されると、どうしていいかわからないんですけど」
「ひっ、ご、ごめんなさい!だって、推しが!目の前にいるって思うと無理なんですもん!いや、ごめん!気持ち悪いよね!本当にごめんなさい!」
ズササササササ!と座りながら後退りし、結衣の背中が壁に激突する。
「うっ!」
突然の衝撃に結衣がうめき声を上げると、類はプッ、と吹き出した。
「っ、ははは、ははは!……っ、はぁ。すみません、佐々木さんらしいなって思って」
「へぇっ!?」
類は心底楽しそうに笑っている。褒められていないはずだ、それなのに、なんだか嬉しくなって結衣は照れてしまう。
「佐々木さんにとってルシエルがそんなにすごい存在だとは思わなかったので、なんだか嬉しいような複雑な気持ちですよ。俺、『ルシエル』だけど『佐伯類』でもあるんで」
類はそう言って少し寂しげに微笑み、それを見て結衣はハッとなった。
(そっか、そもそも今、佐伯君は佐伯君なんだよね。私の、大切な後輩で大切な仕事のパートナー)
「そう、だよね、ごめん。なんか取り乱しちゃった。佐伯君は佐伯君だもんね、そうだよ、目の前にいるのはルシエルだけど、佐伯君だよ!」
結衣は自分の両手を体の両脇で握りしめ、ふんす!と鼻息を荒くする。
「っ、クク、ははは、あははは!……はーっ。なんか、佐々木さんに聞いてもらえてスッキリしました。とりあえず、俺、飲みますね」
笑いながらそう言って、類はメニューに手を伸ばした。