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それでもまた、乗り越えていくのだ



誤字報告ありがとうございます。

大変助かりました(*^^*)



「悲しいことは昨日まで♪ 今日はきっと良いことがあるわ♪」


 目下、継母ブルチャスカとその娘アンジェルに、芋の皮剥きやら食器洗いをさせられている私、ユキファールム。


「こんなことも出来なければ、将来とっても困るわよ」


「そうよ、ユキファールム。私達は貴女のことを思って仕込んでいるんだからね」



 うぬぬ、二対一では流石に勝てない。

 けれど彼女達は、意地が悪い訳じゃないの。

 ただ家事をさせられるだけなの。




 その様子を見て、執事アーントや侍女のバタフライは目を輝かせていた。


「 素晴らしい教え方です。姫様は私の言うことは聞かず「バタフライがやってよぉ」と、甘えて来られると、可愛いくて駄目なのです」


「私もです。生まれた時からお守りしてきたので。こんな時なのに、厳しくできず……。申し訳ありません」


 そう言いながら、ブルチャスカに頭を下げる二人。


 私が頑張っているところは、目に入らないのかしら?



 まあいいや。この二人はもう高齢で、私から見たら祖父母に近い年齢だから、今さら文句も言わないわ。孫のように可愛がって貰ったもの。



 それにしても、私に家事なんてさせてどうするつもりなんだろう。

 目玉焼きさえ焦がすし、味付けはいまいちだし、彩りも美味しそうじゃないし。

 まあ、何とか煮炊きは出来るようになったけど。


 お掃除はハタキをかけて、箒で床を掃いて、水ぶきするのよね。


 後はお洗濯。

 水仕事は指先が荒れるから苦手なの。

 ささくれとひび割れが酷いわ。

 洗ったものは重いし、干すのも大変だもの。


 どうして私にさせるのかしら?





◇◇◇

「お嬢様、私共はここでお別れです。ここから先はお一人で行って頂きます」


「私達はここで敵を迎えうちますから、お嬢様はこの先にある家で一人で隠れていてください。

 屋敷には生活用品が、庭には野菜も植えてありますから。

 庭にかかっている網は外しては駄目ですよ。

 動物避けですからね」


 にこやかに笑っているアーントとバタフライだが、彼らが着ているのは鎧だった。


「なによ、その鎧は? 貴方達はもうお年寄りでしょう? 一緒に逃げましょうよ」


 私は彼らも一緒に行こうと誘った。

 けれど、首を振りここに残ると言う。


「姫様の幸福だけが私達の願いです。その幸せを壊さないで下さいませ」


「さあ、行くのです。必ず迎えに行きますから」


「あぁ……きっとよ、迎えに来てね!」



 私は真剣な様子の彼らに逆らえず、城裏のずっと奥山にある、二人の言う家屋を目指して歩き出したのだ。




◇◇◇

「悲しいことは昨日まで♪ 今日はきっと良いことがあるわ♪」


 義母が良く口ずさんでいた歌を、今は私も歌いながら暮らしている。


 ここに来た当初は、驚きの連続だった。

 家は小さいし、小部屋も二つしかない。


 何しろ私一人しか、此処にいないのだから。

 全てを自分で行うしかないのだ。


「………みんな、無事かな? 寂しいよぉ。グスン」



 庭に植えられていたミニトマトをもいで口に入れると、瑞々しい酸味と甘さで頬が緩む。


「美味しい! 前からきっと準備してたんだね。ありがとう。

 …………うぁーん、無事でいてね。ううっ」



 気持ちが落ち着くと泣けてくる。

 誰もいない家で一人、私は嗚咽した。


 歩き疲れ泣き疲れた私は、ソファーに横たわるとそのまま寝落ちしていたのだ。





◇◇◇

 鳥の囀ずり虫の声だけを聞き、瞬く間に季節が過ぎていく。


 今では食事作りも洗濯も、一番苦手だった掃除もホドホドに出来るようになった。


 野菜は種をとって置いて、植えると再び姿を表す。

 この土地周囲が肥沃なせいか、肥料がなくとも無事に育つのだ。



「悲しいことは昨日まで♪ 今日はきっと良いことがあるわ♪」


「一人じゃないわ♪ みんな貴女が大好きなのよ♪」


「笑っていれば♪ きっと思いは届くから♪」



 人の声は私のものだけ。

 でも歌わずにはいられなかった。


「私は頑張ってるよ。だからみんなも早く来てね。

自慢の焼きりんごをご馳走するから」



 唯一あるりんごの木に、とうとう実がなった。


 ただりんごに砂糖を乗せて、オーブンで焼くだけのシンプルな仕上げは、私の得意料理だ。

 私は美味しく出来たそれを見て、それを振る舞う場面を想像しながら、一瞬だけ寂しさを忘れられた。


 早くみんなに会いたいなぁ。





◇◇◇

 待っていたけど、その日は来た。

 今日はバタフライ達と約束していた、三年目の秋だった。


「姫様、よくお聞きください。私共は隙を見て此方に赴くつもりです。

 ですがそれは、なかなかに難しいことでしょう。 もし誰も来ない時は今までの教えにそって、東の谷を抜けて隣国エスタールまで行くのです。

 衣装も奥の部屋にご用意しておりますゆえ。

 まずは三年、お待ちください」 



 バタフライの言っていた部屋を見たら、すぐにでも旅に行けるように荷物が纏まっていた。


 旅用の旅装や隣国の硬貨も鞄に詰められていた。

 服のサイズは、今の私のサイズぴったりにあつらえてある。



「最初から、そのつもりだったのね。みんな……」


 私は久しぶりに大声で泣いた。

 泣いて泣いて、干からびてしまうようだった。



 ここに来てくれる人はいなかった。

 みんな己の身を呈して、私を守ろうとしてくれたのだ。





◇◇◇

 姫様と呼ばれる少女は、ユキファールム・アキア・コンルム。

 コンルム王国のただ一人の王女。


 私アンジェルは、今、彼女になり代わっている。


 これ以上の市民の犠牲を防ぐ為、敗戦国となることを受け入れたコンルムは、無条件で彼らの指示に従う文書にサインした。


 周辺国の目もある為、苛烈なものにならないと考えていたのだが甘かったようだ。




 ユキファールムの父、国王ギザルフ・ザルジ・コンルムは、彼女が山に逃げる半年前に隣国との調停途中に暗殺された。

 西の隣国ラナンサランが、我が国に抗議していた最中だった。


 我が国は大きな金鉱山と豊富な農業地帯あり、ラナンサランは以前から虎視眈々としていたのを知っていた。

 だから瑕疵など見せぬよう、常に緊張していたのだが。


 国境地域で、我が国の兵がラナンサランの娘を拐かしたと彼の国は言う。

 まともな民ならば、そのような愚かなことはしないだろう。


 だが捕まえられた者は、確かに我が国の者だった。

 恐らくは脅されたか、金で依頼されたのだろう。


 開戦のきっかけはそこからだが、ラナンサラン国は準備していたように攻めて来た。

 他国が仲介に入ろうとしても、聞く耳は持たなかったと言う。



 コンルム国王ギザルフは話し合いをするべく、ラナンサラン国へ文書を何度も送り会談を呼び掛けたが、話も出来ずに惨殺されたのだ。



 だが暗殺前に、ギザルフは隠密であるブルチャスカと入籍し、その娘アンジェルをユキファールムと偽り城を任せた。


 ラナンサラン国王は王子ダールフをユキファールムと結婚させて、コンルム王国の支配を目論んでいたことを他の隠密達も知っていた。


 だからこそ同じ黄緑の髪で、黄金の瞳のアンジェルを身代わりに仕立てたのだ。


 アンジェルは次期王妃となるから、それでも丁重に扱われていた。


 しかしブルチャスカは、王妃として戦争の責任を取る形で断頭台へと連れ出され命を散らした。

 その前に城を占拠したラナンサランの軍人達に、城の女使用人らと凌辱されたことは、国民の知るところとなっていた。


 それは隠密の情報網により、広く他国にも漏れ伝わっていったのだ。



 だがなし崩しでこの国の王となった、ラナンサラン国王子ダールフの王妃となったユキファールム(アンジェル)の為にみんなが堪えていた。


 彼はユキファールム(アンジェル)を抱きはしたが、自国の愛人であるサルフューを常に隣に置いて王妃のように振る舞わせ始めた。


 さらには当然の如く、ユキファールム(アンジェル)を虐げて嘲笑う。


「王妃の癖に、何と惨めなこと。でも敗戦国だから仕方がないな」

「ふふふっ、お姫様なのにこの扱いなんて。私なんて男爵令嬢なのに。ごめんなさいね、王妃様♪」



 そして使用人と同じよう扱い、彼女を自分の傍から遠ざけた。



 ラナンサラン国王もその有り様を確認し、その支配状況に満足し安堵していた。

 好戦的なラナンサランに逆らう国は、そうそういないだろうとの過信もあった。

 今後、子でも出来れば、コンルムの支配は完全なものになるだろうと疑いもせず。



 コンルムの民達は表向きはユキファールムからの指示で、二年間は逆らわず黙って追従していくことになった。




◇◇◇

 そして二年後。


 ラナンサランから来た兵士達の体は、痩せて振戦し、老いも若きも寝たきりの者が大半を占めた。


 コンルムの民には症状が出ないことで、呪いなのではと噂も立つ。


 理由は一つ。

 高級ワインを飲んだことだけ。

 その瓶の中には、あるルートから仕入れたあるものを混入していたのだ。

 無味無臭であり、製造元がそれを作ればまず怪しまれることはなかった。


 自国産の甘酸っぱいワインが好みだったダールフとサルフューには、日常的な食事にそのワインを付属させ飲用するのを確認していた諜報員達。

 浴びるように飲む者とは進行は違えど、問題はないだろう。



 ラナンサランの者は優遇されて資産が豊かになったが、コンルムの平民は食にも困窮し苦しい生活を強いられていたから、決してそれ(ワイン)は口にしないものだった。


 コンルムにいる殆どのラナンサラン人が口にしていたワインだが、一部のコンルム人にも嗜む者が存在していた。

 表向きはラナンサラン憎しと言っていても、その生活振りで分からない者はいない。



 彼らは終戦前からこちらの情報を流したり、何らかの協力をしてきた者なのだろう。

 もうコンルム側にバレても良いとばかりに、ラナンサランにすり寄り、取り繕うことも無くなっていた。


 コンルム側で残る高位貴族は、王妃ユキファールム(アンジェル)と、今まで政治を回してきた文官達だけだった。

 宰相や敵対心強い大臣達や裕福な貴族達は、粛清のもとに殺されたり財産を没収されていた。

 裏では奴隷に落とされた者もいるらしい。


 それ以外の貴族は、ラナンサラン側と言っても良いのだろう。



 コンルム側の諜報員達は、この国に残る商人ブレイクと協力してある計画を立てていたのだ。


 二年我慢し、三年目の年に王子ダールフからだと言って、高級ワインをラナンサラン国王に送ることだ。

 勿論、特別な物である。


 その依頼料は代々貯蓄されてきた、国が危機に陥った時用の隠し資金である。

 架空の商店を幾つか通し、流通経路を曖昧にすることも諜報員達が関わって動いている。




 そしてその日は、着実に近づいていく。





◇◇◇

「ああ、なんて可哀想に。サルフュー、サルフュー!」


 王妃のように振る舞う愛人サルフューは、もう三度の流産を経験していた。


「ごめんなさい、ダールフ。貴方の子を産んであげたかったのに」


「……謝ることなんかないよ。愛しているよ、サルフュー」


「ああぁ、どうして? どうしてなの?」



 泣きながら、息をしない我が子を抱き締めるサルフュー。

 その2人を掻き抱くダールフもまた、涙が止まらない。


 そして翌日、サルフューも出血多量で儚くなった。


「あぁ、どうして、こんな、あぁっ」



 この世の春の如く、全て思うままに過ごした二人。

 側室腹の第三王子の彼は、ラナンサランでは他の王子達に抑圧され不遇であったことから、反動のように贅沢をしまくった。

 サルフューもまた、男爵令嬢であり王子であるダールフとは結ばれない境遇だったが、ここではまるで女王のように暮らしていた。


 二年弱の短い栄華だった。



「あ、あぁ、泣かないで。私は幸せだったもの」

「嫌だ、嫌だよ。……置いて行かないで。サルフュー」



 彼女の流産の原因は、ワインに含まれたヒ素。

 その毒は、ワインを常用していた者の体を深く蝕んでいく。


 悲しみで伏せるダールフは、蓄積した毒の影響もあり、その僅か数週間後に儚くなった。

 だがその死は秘匿され、続々と彼の親であるラナンサラン国王に豪華な貢ぎ物が届くのだ。


 黄金のゴブレットや首飾り、見事な装飾を施した剣の鞘と黄金の剣、そして最高級ワインも。


 手紙にはこの国のワインはラナンサラン人の好みに合うもので、自分も毎日嗜んでいると記されていた。


「ほお、高級ワインを毎日か。あやつも贅沢を楽しんでいるようだな。第三子で男だったからあまり構うこともなかったが、まあ良くやっているな。後は世継ぎが出来れば磐石だが。今は黙っておくか」


 国王はほくそ笑み、家臣に毒味をさせてからそのワインを口に含む。


「うむ、旨いな。また催促しても良い味だ」

「左様でございますね」


 家臣と共に会話を楽しみながら、共に二本のワインを飲んだ国王。


 そのまま眠り込み、体の異変に気づくことなく息を止めた。

 瓶の中には遅効性の大変な旨味成分のある猛毒と、睡眠薬が入っていた。

 生産者はコンルムの諜報員が協力依頼した、ブレイク商会である。


 その天井にはその諜報員が潜み、国王らの様子をじっと眺めていた。


「ああ、やっとだ。元凶は死んだよ、ブルチャスカ」


 ブルチャスカは諜報員である彼の妻だった。

 民衆の前で見せしめのように処刑されるのを、涙を飲んで見詰めていた。

 出来ることなら彼女と娘を連れて、逃げてしまいたかった。


「この国の宝である姫は生きていますわ。その為に私は命を賭けるのです。

 ………ごめんなさい、サムエル。愛しているわ」


 処刑前の牢で交わした言葉は、彼の今後を決定づけた。


「分かったよ。お前は頑固だからね。そんなところが好きなんだもの、しょうがないよな」


「好きよ、サムエル。泣かないで、アンジェルをよろしくね」


 僅かな逢瀬を抱き締め合い口づけて、最期の別れをした二人。


 強力な眠りの香を焚き、警備人を一人残さず眠らせたサムエル。

 逃亡の術を持つ彼が、愛する妻を置いて去った忘れることなど来ないあの瞬間。

 万感の思いで涙する彼の仕事は、まだ終わっていない。



「いろいろな憶測を与える為に、細工していくか」


 涙を拭い死した国王らを全裸にして、ベッドに横たえる。

 家臣が上に乗り、国王は胸の上で彼の頭を抱き締めるような姿勢で、家臣も国王の背に手を回しているように。


 あのワイン瓶には市販の毒薬を入れ、毒の小瓶もテーブルに残す。

 国王の親書などを参考に字を似せて、サムエルは遺書を偽造する。


「もう偽れない。愛する者と一つになる。

後は頼む」



 国王には以前から男色の噂があった。

 もしかしたら本当に、この家臣とそういうこともあったかも知れない。

 夜間に二人で酒を飲むなんてことは、守るべき護衛にはあるまじきことだ。



 発見した使用人は重臣に事を伝え、王妃は急ぎ訪れた。


「王はもう駄目なのか? 医師は呼んだのか?」


 焦り周囲に指示をとばすが、ベッドに眠る国王の死因を聞いて膝を突く。


 そこには共に死んだ家臣はおらず、国王一人が横たわっているだけだった。


 けれど遺書のようなメモ書きの内容で、瞬時に憤る彼女。


「汚い、汚い、なんで今なの? 死ぬなら此処で死なないでよ。何処まで私を馬鹿にする気なの……」



 悲しみは過ぎ去り怒りで動き出す王妃は、国葬を手配し出す。


「国務大臣よ、立派な葬儀をお願いね。すぐに成仏して、もうここに戻って来ないように!」

「はい。勿論でございます」


 その気迫で早口となる大臣は、王妃の相貌に恐怖を隠せなかった。



 王妃はこの国の元公爵令嬢で、常に夫の愛人達の散財や嘲笑に悩まされてきた。

  “愛されなくて可哀想な王妃” との屈辱も、国王が許すことで咎めることも出来なかった。

 加えて最期まで男色絡みなんて。



 ここに来て彼女は、最高権力者となった。

 まず彼女がしたことは、心中した家臣の家を潰すことだ。


「毒味役の任務が不十分で、国王が死んだ」として。



「共に亡くなったのは、遅効性のもの()だったのでは? せめてお慈悲を願いたい!」


 共に亡くなった家臣の親や子達は抗議をしたが、王妃はいっさい聞く耳を持たなかった。


「連座ではなく、その家だけぞ。文句があるならば、城を攻めるが良い。ふふふっ」


 扇子で顔を隠す王妃に、鋭い視線を向けられた彼らは、その気迫に怯え素直に従うことになる。


 家が潰され、チリジリになった者を系列家門で掬い上げることに、王妃が反対することはない。

 (愛人とされた)男の家門を潰し、何ともスッキリ出来たから。



 その後王妃は、国王の愛人達には絶縁状を送った。

 側室の子はコンルム国の国王になったダールフだから、利用価値でそのままの待遇で残されたが、彼女(側室)としては出来るなら逃げ去りたかった。


 いつ王妃から牙を向けられるか分からない不安が、常につきまとうから。


 彼女は国王の死因を知っていた。

 それなのに、王妃が家臣の家を潰したことを知り、次は自分の番だと思い込んでいたのだ。

(私は国王に優遇されていないし、王妃に礼も欠いていないわ。でも怖いのよ。近づくだけで魂が削られそうなの)



 葬儀後に、王妃の第一王子ハルマンが王位に就いた。

 彼は国王と似た攻撃的な性格で、王妃と側妃、愛人がいた。

 コンルム国にも、さらなる国王就任祝いを要求し圧力をかけてきた程だ。

 そして国王が保存していた、コンルムからの猛毒入りワインを寝酒として二本嗜んだ翌日に、冷たくなっていた。



 国民は相次ぐ死に、呪われているのではないかと噂した。

 丁度その頃、コンルムにいるラナンサラン国王の重臣達が、次々に衰弱して亡くなっていった。

 そこにダールフ国王の死も伝えたのだ。


「ダールフ国王の愛人様が、産後の肥立ちが悪く亡くなった後、国王も体調を崩されておりました」


 ラナンサランの使者に、黒い服を着た王妃ユキファールムが答える。


「それに……風土が合いませんのか、王の重臣達も次々と体調を崩されておりまして。医師に見せてもはっきりと原因も分からず仕舞いで。

 でもそちらからいらした、下級仕官や使用人は何ともないようです。一度お帰りになった方が良いのかもしれませんよ」



 使者は驚愕した。

 風土病や感染症ならば、自分も感染したかもしれないのだ。


「あ、改めて、相談してきます」

「…………そうですか? でも亡くなった方はどうしますか? 只今は夏場なので、死人用の冷凍庫に入っております。

 解剖など必要ならば、自国へお運びくださいな」



 “冗談ではない” と使者達は震えた。

 もし感染症ならばかなりの確率で、輸送中に氷が熔け出し、自分達は罹患することだろう。


「お手数をおかけし申し訳ないが、どうかお待ちください!」


 そう言ったと同時に、駆け出して去っていった彼ら。


「まあまあ、お行儀が良くないわねえ。敗戦国には礼儀がいらないとでも。うふふっ」


 そこに残る王妃も侍女達も、彼らの後ろ姿を見て嘲笑うのだった。



 その話を聞いたラナンサラン王后(元王妃)は、コンルムからのラナンサラン国民への渡航を止めた。


 そして使者達も一か月間、病院で隔離処置をしたのだ。

 連絡内容はもっぱら手紙である。

 隔離室の入り口に箱を置き、その中に使者達の書いた手紙を置く。


 予防用の服を着て手袋をはめて、王国の文官がそれを読み、戸の外にいる文官がその内容を別に紙に書き記していく。 

 そうして王后に届けるのだ。



 その内容に王后は酷く怯えた。


「以前から呪いだと、誰ともなく嘯かれていたが、本当のことかも知れないな。若しくは風土病か。

 商人は何ともないので、長く留まることで感染するのかもしれない。……だが、はっきりした原因も分からず仕舞い。

 しかしコンルムは、自国で解剖しろと言う。

 毒などの瑕疵はないと、言いたいのか? 

 ならば…………」



 王后はコンルムとラナンサランとの国交を、状態が落ち着くまで断絶とした。

 既にコンルムにいる重臣達は亡くなったか病に付している為、王妃ユキファールムに文書で連絡し少なくない見舞金を送り、埋葬等を任せることにした。


 さらに、ラナンサランによるコンルムの統治権を放棄し、コンルムに統治を戻すことにしたのだ。


 コンルム的には得しかないが、他に条件はないのかとラナンサランに問うユキファールム王妃。


 何度かの書簡をやり取りし、王后からは “何もない” と記された後、「我が国の国王が申し訳ないこと」をしたと認められた文書が届いた。


 その後王位に就いた第二王子は、王后と共にコンルムの物を全て山で燃やした。

 食物から豪華なアクセサリー、剣や武器に至るまで。


 そして裏で奴隷に落としたコンルム人を救い出して、コンルムに送り届けた。

 今までの不遇な環境下にあったことを詫びるように、莫大な慰謝料も渡したのだ。


 彼らは少なからずコンルムの呪い説を信じており、出来る限りのことをしようと思ったらしい。


 たった一人残された大切な王子の命を守る為に。





◇◇◇

 コンルムで、病に倒れた最後のラナンサランの重臣が亡くなった後、氷付けにされていたラナンサランの民も一緒に火葬されることになった。


 山を切り開いた広い大地に、遺体毎にたくさんの木々が積まれて燃やされていく。

 その後個別に容器に移されて、故郷に帰る日を待つのだ。


 王の灰は、とびきり豪華な黄金の容器に移された。

 コンルム特産の金で彩られた、細工も素晴らしい逸品である。



「短い間でしたが、どうか安らかにお眠りください」


 仮も仮、王妃の身代わりのアンジェルは、ダールフの冥福を祈った。

 同衾し、任務上ダールフに操も捧げてしまったアンジェル。


 彼が善良で自分(偽りの王妃)だけを大事にする人なら、今回の作戦はこんなに上手くいかなかった。

 彼女は避妊薬を飲み続け孕むことはなかったけど、サルフュー達のことを思う度に切なくなっていた。


 毒のせいで、三人もの幼い命を亡くしていたから。

 どんなに馬鹿にされるより、死産に落ち込む彼女(サルフュー)を見る方が辛かった。

 この国について来なければ、ダールフの愛人でなければ、今頃良い母になっていた可能性もあったのに。


「貴女も安らかに眠って」


 コンルム国はラナンサラン国によって国王を殺され、王妃となったブルチャスカも断頭台で死を迎えた。

 たくさんの民も、同僚も、たくさん死んだ。


 殺されなくても、身を汚された女性もたくさん存在する。無理やり奴隷とされた者達も同様に。





「ユキファールム様の執事と侍女の、アーントとバタフライも亡くなってしまった…………」


 彼らはアンジェルの母であるブルチャスカと父サムエルにとっても、親のような人だった。


 二人は孤児でずっとアーント達に育てられてきたから。


 そして私アンジェルも、厳しくも孫のように育てられのだ。

 私はそれぞれの任務を全うした彼らを誇りに思っている。


 ……でももう会えないのは、どうしたって辛いのだ。


 父が戻ったら思いきり泣こう。

 それまでは、自分の出来ることをしなければならない。





◇◇◇

 知らないうちにこの国の王妃になったユキファールム様には、今も諜報員の護衛が交代で付き従っている。

 東国エスタールに行き、パン屋で働いているそうだ。


 その国に慣れ、自由を謳歌しているユキファールム様には、辛い報告をしなければならないだろう。


 しかし彼女は王族だ。

 その責を負う義務がある。

 それがみんなで繋いだ、彼女の命の対価なのだから。





◇◇◇

 諜報員達と共に、城に戻ったユキファールム。


 彼女に甘かった祖父母のようなアーントとバタフライは、当時の彼女に前国王(父親)の死さえ伝えていなかった。


 ただ国が不穏な状態だったことだけは、肌で感じていたそうだ。

 そしてエスタールで暮らし、少ないながらもこちらの情報を得ていた。

 父親である国王と義母であるブルチャスカが、既に亡くなったことや、この国の情勢も。




 彼女はその後、アンジェルに全てを聞いてから涙を一滴頬に落とした。


「皆には苦労をかけました。そしてこの国を守ってくれてありがとう。これからは私がその責を全うしましょう」


 そう言い切った後の彼女は、顔つきが凛々しく変わり、王者の覇気が溢れ出しているようだった。

 彼女はこれから国を背負い、その為の政略結婚をし、子をなして戦い続けていくのだ。


 その一部でも役に立てるように、(アンジェル)は彼女の侍女となる。

 そして彼女や生まれてくる子らを守っていく。

 彼女を逃がす為に、最期まで戦った祖父母のように。



 ただ時々素に戻り、(アンジェル)にアップルパイを焼いてくれるユキファールム様は年相応の少女で、ますます愛おしさが増すのでした。


「アンジェル、私を迎えに来てくれてありがとう。いつまでも私のお姉さまでいてね」


「勿論ですよ、ユキ。大好きです」



 (アンジェル)は何度も頷き、彼女を抱きしめたのでした。私の腕の中で微笑むユキファーツム様は、肩を震わせ泣いていました。



 彼女の逃亡劇は、漸く終わりを迎えたのです。







◇◇◇

《商人ブレイクの幸せ》



 私はコンルム王国のお抱え商人ブレイク。


 商人は本来根無し草のようなもので、有事の時はある程度の物を持ち、他は切り捨てて安全な国に行くのが鉄則でした。


 コンルムは大きな国ではないですが、資源豊かな場所です。

 幼少期から此処で育った私が言うのだから、間違いありません。


 敗戦国となり多くの商人が他国に逃げる中、私は此処に残り、『水面下で国の奪還に力を尽くした…………』と、世間では称えられました。


 それは貴族にも平民にも満遍なくで、大変ありがたい評価です。


 でも私は、見捨てられなかっただけ。


 国の為に仮初めの王妃となったブルチェスカ様。

 見せしめのように、愛されない王妃になったアンジェル様。

 家族と共に国に忠誠を示したサムエル様。


 他にもたくさんの貴族が、平民が、諜報員が国の為に戦い命さえ落としました。


 正しい商人なら、踏み込まない領域。

 明らかな負け戦側に付くこと。



 けれど私はアンジェル様を愛していたから、両親を他国に逃がし、捨て駒のようになったこの国の商会を財産として貰い受けて残りました。


 私一人がいなくても、弟妹がいるから商会は安泰だと思って。



 私は此処で死んでも、アンジェル様のお役に立ちたいと思いました。

 実際に敵と偽りの善意(詐欺)が蔓延る中で、諜報員らの信頼を得てお力になれたことは、とても法外な幸せでした。


 作戦は功を奏し国を取り戻すことができ、アンジェル様とサムエル様は私に感謝を述べてくれました。



「そのような言葉、私には勿体ないです。頭をお上げください」


 そう言う私に、満面の笑みを返してくれたお二人。

 本当にそう思いました。

 愛する人が生き残ってくれたのですから。



 後日私は、アンジェル様に交際を申し込まれました。


 諜報員の調査は綿密であり、当然の如く私の気持ちはバレバレでした。

 そこも含めて協力の要請をされたのだと思うと、今更ながら羞恥で顔が熱くなります。


「出戻りでは、相手にして頂けないかしら?」

「まさか、そんなことある訳がないです!」


 慌てる私にアンジェル様は、微笑んで下さいました。

 幼い時と同じ笑顔で。



 私とアンジェル様は、下町の同じ学校で共に過ごした幼馴染みです。

 アンジェル様は多くの味方を作る為、諜報員のスカウトをする為に通われていました。

 彼女の家の事など、何も知らずに友人となっていた私ですが、もうそこで調査は済んでいたのでしょう。


 私が彼女の家の仕事を知ったのは、敗戦国となり協力を要請されてからでした。

 彼女の父親が諜報員の中でも高い地位にあるということを知ったのも、その時です。


 黄緑の髪で黄金の瞳のアンジェルが今、美しく微笑み私の手を握りました。 

 掌に何か握らされています。

 おもむろに開くと、そこには懐かしい品が現れました。


「ああ、これ。持っていてくれたのですね」

「忘れたなんて言わせないわ。貴方が最初に言ったんだから」


 そこには小さい玩具の指輪が。

 お小遣いを貯めて我が商会で購入した、アレキサンドライトの指輪。

 小豆粒くらいの小ぶりだけど本物の宝石。


 幼い私は、既にプロポーズしていたのです。

 それは子供の約束で、普通は無効でしょう。


 その時彼女は、見極めるまでもう少し待って欲しいと言っていたのです。

 すっかり振られたと思っていました。



「貴女が望んでくれるなら、喜んで盾として生きましょう」


 すかさず私の頬にキスを落とし、逃がさないと微笑むアンジェル様。

 こんな幸福が来るなんて夢のようです。


「幸せにします。いつまでもお傍に」

「じゃあ、私が貴方を幸せにするわね。ブレイク」


 私の黒髪をかき上げ、額にまたキスをするアンジェル様。


「返事が遅くなってごめんね。待っててくれてありがとう」


 私は彼女を抱きしめて、自らの唇をゆっくりと彼女のそれに重ねました。



「私は重いですよ。ずっと貴女一筋でした。貴女が死んだら跡を追うつもりでしたよ。アンジェル」 


 そのまま抱き合う姿は、きっと観察されているでしょうが、もう今さらです。



 こうして私の、いろいろな意味での孤独な戦いは、終わりを告げたのでした。



8/20 11時 日間ヒューマンドラマ(短編) 46位でした。

ありがとうございます(*^^*)


8/21 1時 日間ヒューマンドラマ(短編)13位、11時、8位、19時、7位でした。ありがとうございます(*^^*)


8/22 9時 日間ヒューマンドラマ(短編) 3位でした。

ありがとうございます(*´▽`*)♪♪♪

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