試験勉強
代行者の襲撃から数日が経った。
あれ以降マルテウスの襲撃はないものの、ラビーの態度がすっかりよそよそしくなってしまった。
朝起きたら既にベッドは空、教室で話しかけても何かと理由を付けてどこかに消えていく。
昼食は食堂ではなく隣の購買で何か買って食べている様子で、夜も俺とコルネが寝るまで寮に戻ってこない。
「コルネ」
「なに?」
「ラビーのあれはやっぱり俺が原因だよな?」
あの夜図書室の片付けを済ませて寮に戻ったとき、ラビーは気絶するようにベッドに倒れて眠ってしまった。
未だ俺のことは詳しく話せていないが、今後自分の身に危険が及ぶ可能性を考えれば彼女が魔族の俺と距離を置きたいと思うのは当然のことだろう。
「半分はそうかもだけど、そっとしておいてあげた方が良いと思う……試験の勉強してるみたいだから」
「テストって来月じゃなかったか?」
「そうだけど、実技試験の内容が発表されてから本番までの二週間はそっちの対策しないといけないから、成績上位を狙うなら筆記の方はもう始めておいた方がいいころ」
「なるほどな……」
入学試験は散々だったからな……俺も少しは勉強しておくか。
ベッドの下に仕舞っている荷物の中から魔法道具に関する本を探すが見当たらない。
「あ……? どこにいった……」
魔法でベッドの下の荷物を全て引っ張り出して浮遊させ、その中から目当ての物を探す。
「なにしてるの?」
コルネが魔導書を読みながら尋ねてくる。
「魔法道具の本、この前持って帰ったはずなんだが見当たらなくてな……」
「それ一昨日授業で使ったあとまたロッカーに置いて帰ってない?」
「……あー、そうだったな……」
「貸そっか?」
「大丈夫だ、今から取りに行く」
浮遊させていた荷物をベッドの下に突っ込んで立ち上がる。
「いってらっしゃい」
「あぁ」
灯りの消えた教室棟は静かで落ち着く。
誰もいない廊下でひとりロッカーを開けた俺は適当に詰め込んだ荷物の中から目当ての本を探す。
「…………あった」
本を引っ張り出して扉を閉め、魔法でロッカーに鍵をかける。
帰り道、魔導書を読みながら廊下を進む途中でふと窓の外に目をやると、向かいの棟に周囲を気にしながら早足で歩く一人の少女がいた。
「あいつ————」
彼女の後を追い辿り着いたのは闘技場だった。
少女はステージに繋がる通路の陰から闘技場に誰もいないことを確認すると、静かに息を吐いてステージへと出て行った。
図書室の次は闘技場か……ラビーのやつ、七不思議の件で懲りたと思っていたがどうやら気のせいだったらしい。
「ファントム」
ラビーが短杖を振って魔法を詠唱し、周囲に幻惑効果のある霧を展開し透明化でその姿を消す。
そして彼女は、その魔法を維持し直立したまま微動だにしなくなった……。
知識も実力も周りの学年の中では上位の方だろうに、夜な夜なこんな場所で魔法の練習をしてるとはな。
その後俺はラビーに気付かれないよう完全に気配を消して観客席に移動し、持っていた本を読みながら練習が終わるのを待った。
練習開始から二十分が経った頃、魔力に限界が来たラビーは途端に魔法を解除し息を切らせてその場に座り込んだ。
「はぁ——! はぁ……はぁ……はぁ……!」
「その魔法、魔力の無駄遣いだぞ」
観客席の一番上から声を張って言うと、ラビーは驚いた様子でこちらに振り向いた。
「エルト……!? い、いつから居たの……!?」
「最初から、だな」
「ストーカー?」
「アランシアに報告するぞ?」
「ていうか、そもそも何で居るのよ……」
「寮に戻らないルームメイトを連れ戻しに来たって言えば納得するか?」
「ほっといて……」
「十分経ったら人避けの結界解くからな。早めに移動しろよ」
俺はそう言って席を立ちながら読んでいた本を片手で閉じた。
「見張ってくれてたの……?」
「テスト勉強のついでだ。先に戻るぞ」
「…………待って」
背後のステージ中央から微かにラビーの声が聞こえた。
その後彼女はおぼつかない足取りで俺の居る観客席へとやってきた。
空っぽの闘技場で肩を並べて座る俺たち。
何も言わず星空を見上げるラビーの意図が分からず俺はひとまず読みかけの本を開く。
「エルトには、さっきの透明化してるわたし、見えてたの?」
「あぁ」
「やっぱりわたしには魔法のセンスないのかなー……」
「魔王一族の俺と比べても意味ないと思うぞ?」
「……今なんて?」
星空を見上げていたラビーが目を丸くしてこちらを向いた。
「魔王一族の俺と比べても意味がないって言ったんだ。お前成績上位だろ、何を気にしてる」
「違う違う! 今わたしの成績の話なんてどうでもいいの。エルト、きみ魔王幹部じゃなかったっけ!?」
「表向きはな」
「どういうこと……!? わたし宮廷魔法士になれなかったら魔王の妃になるってこと!? 意味分からないちゃんと説明して!!」
席を立ち俺を指差しながら声を荒げるラビー。
「落ち着け、説明するって言ったのに避けてたのはお前だろ」
「そ、それは……! エルトには事情があるかもしれないのにずけずけ聞こうとしてたの、冷静に考えたらちょっと悪かったなって……それに、入学の時助けてもらったのに、あの夜わたしは何の役にも立たなかったのが悔しくて……どう接したらいいか分からなくなったの……」
口をとがらせながら胸の内を明かしたラビーは大人しく再び席に座った。
「俺は魔王の子、次期魔王のエルトだ。このことを知ってるのは学園長とコルネ、それと魔界のごく一部の奴だけで、魔王幹部はカモフラージュだ。別に俺に気を遣わなくても、この秘密さえ守ってくれるならそれでいい。まぁバレたところで、そいつの記憶を消せばいいだけの話だがな」
「怖いこと言わないでよ……ていうかなんでそんな大物がここに居るわけ?」
「魔王の命令だ。人間界を見て回れってな」
「それって、魔族が掲げるっていう人間との共存とかそういうのと関係してるの?」
「多分な」
「多分って、次期魔王がそんなふわふわした考えで大丈夫なの?」
「さぁな。血筋の力さえ思うように操れない俺に魔王の資格があるかどうか分からない」
俺はまともに読んでもいない本を閉じ星空を見上げた。
「ふ~ん……魔族にも悩みごとってあるのね」
「当たり前だ」
「魔族は魔物ってよく言うけど、エルトが魔王になったらそれも変わるかもね——”魔族は人間”って。わたし、エルトが魔王になるの応援する」
…………まさか、次期魔王の俺が人間に応援される日が来るとはな……。
「魔族は魔族、余計なお世話だ」
俺はそう言ってラビーの額を軽く指で弾いて席を立った。
「あいたっ——!」
「練習しないならさっさと戻るぞ」
「も~せっかく励ましてあげたのに……! エルトのバカ!」
今はまだ魔王になる資格がなくとも、俺はいつか必ずその資格を得て次の魔王になる。
そのためならどんな努力も惜しまない。
だから、応援すると言った彼女の気持ちに応えるのは、ほんのついでだ。
次回 『学年首席』