守護者
代行者————自らをそう呼び、勇者に代わって魔王一族を滅ぼそうとする陰の魔法使いたち。
目的のためなら手段は問わず、人間界で禁忌とされる魔法にも平気で手を出すような連中だ。
彼らは基本的に単独行動で互いの素性を知らなければ仲間意識もない。
なぜ”魔王一族を滅ぼす”という共通の志があるにも関わらず協調性に欠けるのか——それは彼らの所有する武器と絶対不変のルールに関係している。
”代行者は所有する聖剣の欠片が完全に修復されるまで魔王一族に挑んではいけない”
彼らの使用する武器は、複製を目的にかつての勇者から奪った聖剣の欠片を元に魔法で創り出したものだ。
複製最中の不完全な欠片を持った者同士が一か所に集まれば、時間をかけて育てた自分の武器が他人の武器と融合し歪な物になってしまう。
そんな繊細な欠片を、魔力支配の力を持つ魔王一族の前に持ち出せばどうなるかは言うまでもない。
だからこそ彼らは己の理想を実現させるために常に単独で行動しながら欠片が完全修復する日を待っている。
つまり————突然襲撃してきたこのマルテウスとかいう名前の代行者は、俺が魔王一族ではなくただの魔族だと思い込んでいるということだ。
「エルトが……魔族……?」
さすがにラビーも混乱しているが、今はあの代行者をどうにかするのが先だな。
「二人とも、手は出すなよ」
「エルト!? ちょっと待って——」
俺はラビーの制止を無視して屈んでいた四階の柵から飛び降りマルテウスの前に立つ。
「最近運動不足だったからな……手加減できるか分からないぞ?」
「お構いなく。こちらも手加減する気はありませんので」
「あぁ————その方が身のためだろうな」
そう忠告した直後、俺は奴との距離を一気に詰めその鎧に右の拳を叩き込む。
「うぐっ!?」
俺の放った一撃はその衝撃で周囲の本棚をなぎ倒し、マルテウスを窓の外へと弾き飛ばした。
自身の張った結界に勢いよく叩き付けられ障壁にヒビを入れた彼は怯みながらもこちらに剣を向ける。
「っ……その圧倒的な速さ、拳の重み…………あなた、魔王幹部エルザードですね……?」
「ご名答だ」
このやりとりを聞いたラビーは当然ながら驚きの声をあげる。
「ま——魔王幹部!?」
それに対して俺の正体を知っているコルネの表情はほとんど変化が無かった。
俺には二つの顔がある——学生の顔を含めれば三つになるが、主に魔王の子と魔王幹部の顔だ。
そして俺は今まで魔王の子として魔界の表舞台に立ったことが一度たりともない。
表舞台に立つ時は常に正体を隠し魔王幹部『エルザード』を演じてきた。
次期魔王の情報は生まれた瞬間から王位を継承するその日まで極秘であり、魔界でも顔と名前を知る者はごく一部。
だから変装さえしてしまえば魔力支配を使うまで俺を魔王の子だと見抜ける者はそういないだろう。
「逃げるなら早めにしろよ?」
再びマルテウスとの距離を詰め赤い雷を纏った蹴りを繰り出し空中戦を仕掛ける。
彼は咄嗟に大剣で俺の蹴りを防ぐが不完全なその刃はいとも簡単に砕け散り内部の聖剣の欠片が露出する。
「ぐっ——!!」
「俺相手に剣を振り回すなら軽い方がいいぞ?」
「そのようですね」
マルテウスの剣が光を放って形を変え、聖剣の欠片を包み込むように細長い刃を形成する。
その後のマルテウスの剣捌きは別人のように鋭くなったが、それでも彼は俺の動きにほとんどついてこられなかった。
「しぶとい奴だな……」
体力を消耗しすっかり動きが鈍くなったマルテウス。
攻めに関しては救いようがないが、奴の鎧は魔法で護られているのか俺の攻撃を何度受けてもヒビひとつ入らなかった。
手加減しているとはいえ正直驚いている……。
「そろそろ結界が解ける頃でしょう……今回は退かせてもらいます」
「だったら次は死ぬ覚悟で来い、いいな?」
「えぇ、それはあなたも同じです。最後に、少女のお二人……」
マルテウスは月を背に浮遊しながら図書室の中にいるコルネとラビーを見つめる。
「もう一度言いますが、彼は魔族です。魔人のあなたはそれを知った上で交流を持っているようですが、早めに距離を置くことをお勧めします。私と違って他の代行者は、あなたたちを魔族と見なすかもしれませんので——」
彼はそう言い残し、月明かりに包まれるように姿を消した。
直後に図書室を囲んでいた結界が解除され、辺りに夜の涼しい風が吹き始める。
「はぁ……やっと帰ったか」
「ね、ねぇ……エルトが魔王幹部ってどういうこと……? コルネは知ってたの……?」
図書室から微かにラビーの声が聞こえる。
「後で話すから安心しろ。今はとにかくここを片付けてさっさと寮に——」
するとその時、図書室の出入り口の扉が勢いよく開いた。
「おーい誰だー! こんな夜中に図書室で騒いでるのはー!」
まだ窓の外で浮遊しているというのに、突然図書室に入ってきた担任のアランシアと目が合ってしまった。
「あ……」
「……なにしてんの?」
「いや、これは……」
まずい……魔族だということを隠したままどうこの状況を誤魔化せばいい……。
「上にも居るでしょ? 降りておいでー」
アランシアに言われるがまま、俺たち三人はガレキの上に並んで座らされた。
「で? なーんでこんな時間に図書室にいるのかな? 夜はここ使えないの知ってるでしょ?」
しばらく沈黙が続いたあと、最初に口を開いたのはラビーだった。
「……え~っと……七不思議の空飛ぶ魔導書を探そうと思って、それで……」
「それで?」
「それで……」
言い逃れ出来ないな、これは……。
アランシアの記憶を消して図書室を修復すれば済む話だ、さっさと片付けて寮に戻ろう。
そう決めた時、アランシアの口から予想だにしない台詞が飛び出す。
「——あのー、その様子だとラビーも知ってるみたいだから言うけど、私学園長からエルトのこと聞いてるから」
「あ?」
「魔族なんでしょ? なんでこうなったのかも大体予想ついてるから、さっさと話してくれない?」
「そういうことは早く言えよ……」
「学園長から口止めされてるし、なるべく本人の前でも知らないふりしてろって言われてたんだから仕方ないでしょ。あ~怒られたくないな~……ほら、さっさと話して……」
その後俺たちは洗いざらい今回の出来事を話した。
「代行者ねー……大体事情は分かったかなー。一応今回のことは学園長に報告させてもらうよ?」
「え——それはちょっと……」
途端にラビーの表情が引きつった。
「報告するなとか無理言わないでよ? 仕事なんだから」
「だって……入学式の次の日にブローチ貰いに行ったとき、式を欠席したこと結構キツめに注意されたといいますか……」
「親に内緒で試験なんて受けるからそうなるの、自業自得。とにかくこの件は学園長に報告します、寮に戻る前に図書室をちゃーんと元通りにすること、分かったねー」
アランシアはそう言って後ろ頭を掻きながら図書室を出て行った。
「そんなー……」
「ほら、さっさと片付けて帰るぞ」
「その前に説明して。魔王幹部ってどういうこと!?」
「後で説明するって言っただろ。先に片付けろ」
「イヤ! エルトのせいでこんなことになったんだから!」
「そうを言うならお前が七不思議を調べたいなんて言い出したお前にも原因がある」
「エルトだって話に乗ってきたじゃない!」
「二人とも、声が大きい……」
コルネが仲裁に入ったことですぐに冷静になった俺とラビーは、そのあと渋々図書室の片付けを始めた————
次回 『試験勉強』