学園七不思議
————入学から一週間が経った。
授業は退屈だ……。
分かり切っていたことだが、俺に人間の魔法の基礎知識なんて必要ない。
机に向かって魔導書を眺めていると眠気が襲ってくることもある。
魔法の訓練は比較的退屈しない気もするが、安全に配慮された訓練では準備運動にもならない……。
学園で唯一の楽しみと言えば——この昼食の時間だ。
大勢の生徒たちで賑わう大食堂、四人用のテーブルにつき料理の目の前で腹を抑えるラビー。
「訓練疲れた~……お腹ペコペコ……」
俺は彼女の向かいに座るコルネの隣に料理の乗ったトレーを置きその席へ座る。
「うわ……今日も盛り盛りね……」
「寮じゃこんなに食べられないからな」
「それにしたって他の男子の倍くらい盛ってない?」
「そうか?」
おかわり無しで全員に同じメニューが出る寮の食事と違いこの大食堂はバイキング形式の食べ放題。
それとまだ一度も食べたことはないが大食堂の隣にある購買のランチもなかなかの評判らしい。
昼食を食べ終わった直後、何かを思い出しテーブルに身を乗り出したラビーがヒソヒソと話し始める。
「ねー、聞いた? 学園七不思議」
「なんだそれ」
「ここカーミレイ王立魔法学園に伝わる奇妙な噂のことよ。空飛ぶ魔導書、魔工室の鼻歌に女子寮の隠し部屋でしょ。魔女の料理、見回りゾンビ……あとー、廊下に佇む影」
「どうせ生徒のいたずらとかそういうのだろ……それに”七不思議”なのに一個足りないぞ」
すると隣で大人しく紅茶を飲んでいたコルネが口を開く。
「七つ目は誰も知らない。噂を全部知ると良くないことが起きるとか……」
「ねぇ、七不思議が本当かどうか調べてみない?」
「コルネの話聞いてなかったのか?」
「七つ目を見つけなければ大丈夫よ。ひとつふたつ検証するだけ」
「まぁそのくらいならいいが……コルネはどうする」
「ちょっと気になるかも」
「じゃぁ決まりね——夜になったらこっそり寮を抜けだそっ」
そしてその日の夜————
寮が静まり返り難なく寮を抜け出した俺たち三人は、七不思議のひとつである”空飛ぶ魔導書”を探すため園舎へと忍び込み、大量の魔導書が保管されている図書室へとやってきた。
フロアの中心から六階まで続く大きな吹き抜け。
南側の壁は大部分がガラス張りで、カーテンの開いている今は図書室全体が月明かりに照らされている。
「魔導書といえばここよねー」
見た感じ魔法的な何かの気配はないな。
「何かヒントとかないのか」
「ん~とね——ない」
ラビーは平気な顔でそう答えた。
「だろうな……」
入口で立ち尽くしていたその時、コルネが右手に見える螺旋階段へと向かい始めた。
「上の階探してくる」
「あ——じゃぁわたしもっ」
二人が上の階を探すなら、とりあえず俺はこの階を探すか。
しばらくして————
「なさそうだぞ」
「こっちも~」
「私の方も」
上の階から二人の声が響く。
一階には行儀よく本棚に並んでいる魔導書しか見当たらなかった。
年季の入った本をいくつか手に取ったりもしてみたが、どれも何の変哲もない魔導書ばかりだった。
「他の噂を調べた方が楽じゃないか?」
長テーブルの端にもたれかかった俺は上の階を見上げながら、未だ空飛ぶ魔導書を探す二人に提案する。
「え~魔導書が一番怖くなさそうだったのに~……」
「はぁ……怖がりなら最初から七不思議の話題を持ち出すな……」
はじめはコルネが怖がらないか心配だったが、案外ラビーよりもコルネの方が肝が据わってるかもな。
「やっぱり女子寮に忍び込んで隠し部屋探してみる? わたし透明化できるポーション持ってるけど」
ラビーがそう言って四階から身を乗り出し青色の液体の入った小瓶を俺に見せたその時——突如俺たちのいる図書室全体が何者かの結界によって隔離された。
「あ?」
「——エルト避けて!!!」
ラビーの大声が図書室に響き渡った次の瞬間、月明かりに照らされていた俺の視界が大きな鎧の影に覆われた。
背後の窓ガラスを割って現れたその人物は容赦なく俺に大剣を振り下ろす。
数秒前まで静かだった図書室に破壊音が鳴り響き、あちこちに石畳と木のテーブルの破片が飛び散る。
「エルト!? エルト!!」
「隣にいる。安心しろ」
「い、いつの間に……!?」
大剣が振り下ろされた直後、俺は間一髪攻撃をかわしてラビーのいる四階へと移動することに成功した。
「大丈夫? エルト、怪我はない?」
ひとつ下の階からコルネが現れ鎧を纏う人物に杖を向ける。
「少女のお二人、彼から離れてください」
鎧の中から若い男の声が聞こえた。
「お前、『代行者』か」
鎧の男は大剣を胸の前で構えその刃を太陽のように光らせてみせる。
「いかにも。勇者代行——『守護者』、マルテウス。勇者に代わって二人の少女を守るため——魔族であるあなたを殺します」
次回 『守護者』