魔法使い
「ちょちょちょちょちょちょ、何言ってるの!?」
父親に入学式への出席を妨害されたラビーを助けるため俺は二人の仲裁に入ったものの、婚姻の話を出した途端に彼女は慌てふためき始めた。
「お前が望むならって言っただろ、そんなに驚くな」
「いや驚くでしょ!! ていうかキミ、貴族じゃないの? わたし貴族の窮屈そうな生活に憧れとか無いんだけど……」
「安心しろ、俺と父さん以外は好き勝手やってるぞ」
「——待て! 勝手に話を進めるんじゃない!」
すると、ラビーが父親の手を振り払い俺の後ろに体の半分を隠した。
「こらラビー、何を——」
「わたし、家出て行く」
「なっ……!? 冗談はやめろラビー!」
「本気だからわたし。たまには帰ってくるつもりだったけど、これ以上わたしの邪魔するならパパとは縁を切る」
父親は拳を握り必死に怒りを堪える。
「っ…………勝手にしろ!」
彼はそう言い残し早足で人混みの中へと消えていった。
さすがに折れたか。
ラビーの方は少し寂しそうな顔をしているが、夢を追うためには耐えるしかないだろうな……。
「出るなら荷物まとめてこい、ここで待ってる」
「分かった……」
店の扉を開け中に入っていくラビー。
「途中で気が変わったなら、それでもいい」
「うん……ありがと」
それからラビーの荷造りを待ち始めて間もなく、店の扉がゆっくりと開いた。
「……気が変わったか?」
コルネと共に壁際に立っていた俺は扉越しにそう尋ねる。
「あのー……」
聞き覚えのない声——扉の向こうから顔を覗けたのは、ラビーと同じ桜色の髪に似たような顔立ちをした女だった。
ヴィシニアと名乗った彼女はラビーの母親で、顔を合わせるなり店の二階にある住居へと俺たちを招き入れた。
「家の事情に巻き込んでしまって本当にごめんなさい……」
「気にしないでください」
ヴィシニアの謝罪にコルネがテーブルの端を見ながら返す。
「後継ぎ候補なら他にもいるだろうに、あそこまでラビーに拘る必要あるのか?」
リビングの端にはラビーの年の離れた姉妹らしき小さな子が二人いる。
魔法で動く魔女のぬいぐるみで遊んでいるようだが、まだろくに魔法が操れずそのぬいぐるみは床に倒れたまま手足をばたつかせている。
「えっと……その二人は主人の弟の子です。うちの子はラビーひとりだけなので、ラビーが店を継がなければその二人のどちらかが店を継ぐことになります」
ヴィシニアは困った表情で親戚の子たちに目を向けて話を続ける。
「普通五歳くらいの子ではあんな風にぬいぐるみをまともに動かせません……ですがラビーは三才の時点であのぬいぐるみを二本の足で歩かせていました。だから主人のナットはどうしても魔法の才に恵まれたラビーに店を継がせたいみたいで……。個人的にはあの子の夢を応援したいところですが、母親としては国を背負うような責任の重い宮廷魔法士や冒険者のような危険で稼ぎの少ない魔法使いになるよりかは、魔工士として主人の店を継いで安定した生活を送ってほしいかなと……。まぁ、エルトさんが娘を貰ってくれれば話が早いですよ……!?」
「そんなに焦るな。まずはあいつが学園に通わないと何も始まらない」
魔法の才能……いくら人間の魔力の感覚が鈍いとはいえ、魔力を込めてぬいぐるみを動かすのにそんなもの必要あるのか?
俺は無言で席を立って姉妹のところに向かう。
「エルト……?」
「二人とも、名前は?」
姉妹の傍に腰を下ろし、背中を丸めて二人の顔を交互に見る。
「……シター」
「サーフ」
揃って大人しい姉妹は小さな声で答えた。
「シターにサーフだな。じゃぁサーフ、ぬいぐるみを立たせてみるか」
「サーフにもできるの?」
「あぁ、できるようになる。ほら構えてみろ」
サーフがぬいぐるみに両手を伸ばし魔力を込め始めた。
「っ……」
微々たる魔力がぬいぐるみに込められ手足がピクピクと動く。
「上手い上手い」
俺は魔力支配の力を使いサーフの魔力コントロールを手伝う。
すると間もなく、ぬいぐるみが徐々に体を起こし始めた。
「その調子だ」
真剣な表情でぬいぐるみで動かすサーフ。
やがてそのぬいぐるみは魂が宿ったかのようにゆっくりと手足を動かし、二本足で立つことに成功する。
「わぁ……!」
「おねーちゃんすごい……!」
姉妹たちは揃ってキラキラとした表情を見せた。
「やったな。上手いぞサーフ」
「わ~サーちゃん上手ね~!」
ヴィシニアが手を叩いてサーフを褒める。
「よし、そのままひとりで動かしてみるか」
「うん……!」
「じゃぁ、離すぞ——」
俺が魔力支配を解くとぬいぐるみは背中こそ丸めてしまったものの、サーフ自身のコントロールのみで立った姿勢を維持していた。
「ぅぅっ……!」
「上手い上手い。疲れたら止めてもいいからな」
「もうちょっと……!」
「あのー、コルネさん……」
「はい……」
ヴィシニアがテーブルに身を乗り出しコルネに耳打ちする。
「エルトさんは一体何をしたんですか……? 魔法を使っているようには見えなかったんですが……」
「あ——」
コルネは俺の魔力支配の力について誤魔化すため冷静に思考を巡らせる。
「あれは……エルトの特技、催眠術を応用したもの、らしいです……。簡単な魔力の操作は手足を動かすのとほとんど同じで魔法の才能とはほとんど関係なくて、小さな子でもあんな風に手を添えてあげれば、ぬいぐるみくらいならすぐに操れるようになります。だからといってラビーさんに才能がないわけではないと思います。あとこれは、母から言われた言葉なんですけど……”あの学園の試験は才能だけで突破できるものではない”と……」
「ママ、準備できたから出る——」
大きな鞄を担いだラビーが廊下から顔を覗かせた。
「騒がしいと思ったら……居たのね」
「あぁ。早かったな」
「……何やってるの?」
シターを膝の上に乗せた俺にラビーが目を細めて言う。
「見ての通りだ」
「——あれ? サーちゃんそれ動かせるようになったの?」
まだ動きはぎこちないがトボトボとぬいぐるみを歩かせるサーフを見たラビーは驚いた表情を浮かべる。
「ついさっきな」
「……キミ、意外と面倒見良いのね……」
「年の離れた妹がいるからな」
「へぇ~。見境のない女たらしかと思ったけど、勘違いで良かった」
「置いてくぞ?」
「ごめんごめん……冗談よ」
「——ラビー、ちょっといい?」
「なに……?」
席を立ったヴィシニアがラビーを手招きし、どこかに連れて行く。
「お二人とも、少し時間をください」
「……あぁ」
俺の返事に合わせてコルネも頷いた。
その後、ヴィシニアはラビーを連れて自室へと入った。
「ねぇ、なにママ」
無言でタンスを開け、中から古い革袋を取り出すヴィシニア。
そして彼女はラビーの手を取り、そこへ重い革袋を乗せた。
「持って行きなさい」
それを受け取ったラビーは困惑した様子で袋の中を覗いた。
「…………なにこれ……!?」
「ママのへそくり」
ヴィシニアは笑顔でそう言った。
「この日のためにできるだけ貯めておいたの。学費は別でパパに払わせるから安心してね」
「ママ……」
「途中で諦めたりしないって約束できる?」
「うん……絶対諦めない……!」
「じゃぁ、約束ね」
二人は小さな部屋で約束を交わし、静かに抱き合った。
しばらくしてラビーが部屋から出てきた後、俺たちはヴィシニアと親戚姉妹に見送られながら店を出た。
「いってらっしゃーい!」
「ばいばいラビーおねーちゃーん」
「エルトおにいちゃん、また魔法教えてね~!」
「行ってきまーす!」
静かに手を振る俺とコルネの真横でラビーは声を張り上げて手を振り返した。
「ラビー、悪いが寮に戻る前に昼食べていいか?」
「ちょうどよかった……今日はずっとパパと喧嘩してたから朝から何も食べてないの……お腹空いて死にそう……」
「奇遇だな、俺もだ」
今にもラビーを押しつぶしそうな鞄を彼女から預かりながら俺は言う。
「あ、ありがと……」
「コルネは大丈夫だったか?」
「……ちょっとだけ」
「急ぐか。コルネ、早速案内して——」
そう言いかけた時、正面にラビーの父親のナットが現れた。
俺たち三人は何も言わず彼の様子を伺う。
「………………ラビー……」
「……なに……」
ラビーが警戒しながらも反応を示すと、父親はゆっくりとした足取りで彼女との距離を詰める。
「っ……」
警戒心を強めた彼女が僅かに俺の方に近寄る。
すると父親は思っていたよりも手前で立ち止まり、ひとつの縦長の木箱をラビーへと差し出した。
「……もうウチにお前の寝床はない」
不安そうに俺を見上げるラビーにその木箱を受け取るよう相槌を打つ。
恐る恐る父親の前に立った彼女は差し出された木箱を受け取りその中身を確認する。
「夢を叶えるまで戻ってくるな、分かったな?」
父親はラビーの返答も聞かずその場を離れ、こちらへと向かってくる。
「——勘違いするな、婚約を認めたわけではない」
俺の横に立った彼はそう言い残し早足で店に帰っていった。
そして、道の真ん中にうずくまったラビーはひとり涙を流しながら、箱の中に入っていた黒く艶やかな短杖を両手で握りしめていた。
「パパ……ありがとう…………ありがとう……!」
次回 『学園七不思議』