魔道具店の娘
入学式を終えたあと、俺たち1組の生徒はアランシアという名の担任魔導師の案内で学園内を見学して回った。
大量の魔導書で埋め尽くされた図書室、美術室と工房が合わさったような魔工室。
普通教室と訓練場しかない魔族の学校と違ってこの学園には目的や用途に合わせて様々な教室が備わっている。
「みんないるー? いち、にー、さん、しー………………」
ロビーに集まった生徒の数をアランシアがぼそぼそと数えていく。
「……あれ? 一人いなー……あ、ラビーって子か。なーんで入学式サボるかなー」
入学初日から良い度胸だ……。
「はーい、じゃぁ一応見学は終わり、今日はこれで解散ねー。最後に寮を案内するから、寮を借りた人は残って私についてきてー」
「エルトも寮で暮らすの?」
コルネが俺の足元を見ながら尋ねてきた。
「あぁ」
寮は2~3人の共同生活だ、できれば街で部屋を借りて一人で生活したかったが……ひと月の家賃代で丸一年食事付きの寮で暮らせると考えるとさすがに欲は言えず、俺は仕方なく寮での生活を選んだ。
「お前もか?」
「うん。屋敷からこの街に通うの、大変だから……」
「なるほどな」
さすが学園長の娘、それなりの暮らしをしてるようだ。
アランシアの案内で迷路のような園舎を進み目的地に辿り着くと、そこには学園の敷地内とは思えないほどに大きな中庭が広がり、それを囲むように風情のある三つの館が佇んでいた。
「ここが学生寮——いちばん大きな奥の北館は男女共同、東が男子で西が女子寮ね。寮内のルールはいちいち説明しないからちゃんとマニュアル読んでおくこと」
想像してたよりも豪華だな。
「部屋番間違えないようにねー、それじゃぁ今度こそ解散!」
アランシアの合図で生徒たちが散らばり始めた。
「じゃぁまた明日な」
「うん、また明日」
コルネと挨拶を交わしたその時、アランシアが生徒の間を縫って俺たちの元にやってきた。
「コルネ、ちょっといい? あとー、エルトも」
「なんだ」
「実は今年女子寮の希望者が多くてねー……ベッドの数的にひと部屋3人が限界なんだけど、今回何部屋か無理やり4人とかで割り振ってるの。で、女子寮を希望したコルネがその4人部屋に割り振られてるわけなんだけど、エルトがいる共同寮に変える気はない? このままだとベッド争いに負けて床で寝る羽目になる可能性もあるけど」
「………………エルトがいいなら」
彼女の台詞を聞いたアランシアが手帳を取り出しながらペンで俺を指す。
「どう? エルト」
「俺は構わない」
「じゃぁ決まりね。コルネを案内してあげて」
「あぁ、分かった」
「ちなみにその部屋もう一人は欠席のラビーって子だから、今日は二人っきりかもねー。でもイチャイチャするなよー」
アランシアは去り際にそう言って手帳を眺めながら園舎に帰っていった。
「……今の言う必要あったか?」
コルネは相変わらず他所を向いたままだ。
「いくか」
「……うん…………」
309号室——最上階の南側の部屋。
扉を入ると正面に窓が見え右側の壁沿いにクローゼットとデスク、そして奥に据え置きのベッドがそれぞれ一つずつ。
左側の壁は大部分がくぼみアルコーブベッドが部屋の奥に向かって二つ並んでいる。
「日当たり良いね」
「俺はできれば日当たりの悪い北側の部屋が良かったんだが……」
そう言って窓辺に向かった俺は眩い光に顔をしかめながら窓を開ける。
その瞬間、眼前に広がる中庭で吹く心地のいい風が部屋の中へと流れ込んできた。
太陽の暖かさと風に運ばれてくる芝生の香りや遠くで生徒たちの賑わう声。
「まぁ……これはこれで悪くないかもな」
「でしょ」
すると窓の外を眺め始めて間もなく、男三人組が大声をあげながら猛ダッシュで寮を飛び出していった。
「っしゃーメシいくぜー!!」
「おぉー!!」
「……この寮、食事付きじゃなかったか?」
「ついてるけど朝と夕方だけ。お昼は基本学園の食堂が開いてるから寮の方は出ない」
コルネは荷物を整理しながら淡々と答えた。
「なるほどな」
「私たちも食べに行く?」
「だな」
「そういえばエルト、荷物は? あっちから来たんだよね……?」
「財布ならあるぞ」
「…………」
あ…………?
このあとしばらく、部屋の中が沈黙に包まれた————
コルネのオススメのレストランに向かう途中、俺は彼女から学園生活に必要なアイテムの数々を学んだ。
「人間は必要な物が多いな」
「エルトが特殊なだけ。その服も」
俺の服は魔法で出来ているため着替えこそ必要ないが、授業で使うペンや魔導書、日用品などのアイテムは買っておいた方がいいらしい。
まさか魔法学園で魔法のない生活を学ぶことになるとは思わなかったな。
「お昼食べたあとに一緒に買いに行こ」
「あぁ、頼む」
「————離して!」
街のど真ん中で突然少女の声が響き渡った。
「いいから言うことを聞け!」
中年の男が桜色の髪の少女の腕を掴んで大声をあげる。
「イヤ! なんでわたしの夢も応援してくれないパパの言う事なんて聞かなきゃいけないの!?」
親子喧嘩か……。
近くを通る人々は誰も彼女を助けようとしないどころか距離を取って歩いている。
冷たい奴らだ。
「宮廷魔法士になんてそう簡単になれるわけないだろう!? いい加減現実を見るんだ、俺の店を継げ!」
「学園には合格したでしょ!? なのに入学式にも行かせてくれない——わたしが宮廷魔法士になれないのはパパのせいよ!」
入学式……あいつまさか。
「6年も時間を費やして夢が叶わなかったらどうするつもりだ! 俺の店を継げば確実に——」
俺が父親の腕を掴んだその瞬間、二人の親子の視線がこちらに向いた。
「……誰だあんた」
「お前、名前は」
父親の台詞を無視して少女に尋ねる。
「……ラビー」
彼女は少し警戒した様子を見せながらそう名乗った。
「誰だって聞いてるんだ、答えろ若造」
「クラスメイトだ。悪いがお前の娘は連れて行くぞ」
「ダメだ、娘は学園に通わせない、俺の店を継がせる。それが娘にとっていちば——」
「黙れ。たかだか数十年しか生きていないクソジジィが娘の未来を勝手に決めるな」
「宮廷魔法士なんて夢、応援したとして叶わなかったらどうする!? 父親の俺と違って責任すら取れない若者のあんたが、他所の家に口出しするんじゃない!!」
「誰が責任取れないと言った? 本人が望むなら俺はお前の娘を妃として迎える準備くらいはするつもりだぞ」
俺の後ろにいたコルネとラビーの父親が声を漏らす。
「……え?」
「はぁ……?」
その直後、ラビー本人の叫び声が街中に響き渡った————
「え……えぇぇぇえええええええええ!!!?」
次回 『魔法使い』