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第1話 始まりの湖

 大きな湖のほとりでひとりの少女が釣り糸を垂らして、釣り竿を握っていた。

 赤毛を三つ編みにしている彼女は大きな欠伸をひとつすると、水面に目をやる。

 浮きはピクリとも動いておらずかれこれ半日こうしているが、お目当ての獲物は一向に釣れる気配がない。


「はぁ……退屈だなぁ。今日はもう無理かなぁ」


 少女はそう言うと、再び大きな欠伸をすると冷却保存機能のある箱から先ほど釣り上げたばかりの魚を片手で取り出し、がぼりっ!と音を立てて噛みついた。

 そのまま骨ごとバリバリと食べ終えると、また釣り竿を握り直す。

 そんな中、浮きが微かに動いた気がした。


「ん?今なんか……」


 少女は目を凝らして浮きを見つめると、確かに浮きが動いている。

 そして、次の瞬間には一気に水中に引き込まれていった。


「きゃあっ!?来た来たぁぁぁっっ!!!」


 突然の出来事に一瞬パニックになりかけるが、すぐに冷静さを取り戻すと竿を思い切り引く。

 中々の手ごたえ。大物は間違いないだろう。


「どっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 少女が渾身の力で竿を引くと、やがて水面から影が浮かび上がった。


「やった!大当たりぃっ!」


 少女は満面の笑みを浮かべてガッツポーズを取る。

 だが水飛沫を上げながら姿を現したのは……何という事でしょう。体長1.7mはあろう………男性であった。


「うえぇぇぇぇぇぇっっ!!?」


 あまりの驚きに思わず仰け反ってしまう少女。

 無理もない事だ。まさか魚ではなく人間を釣り上げてしまうなど誰が予想できただろうか?

 地面に水揚げされた男性はピクリとも動かない。


「ちょっ、ちょっと大丈夫?うぇ~、もしかしてボク、死体を釣りあげちゃったとか?」


 困ったことになったと少女は頭を悩ませる。

 警備隊に通報したら取り調べを受けることになるだろうがそれはちょっとまずい事情がある。


「うーん……とりあえず、元あった場所に戻しておこうかな。自然に返すのもありだよね」


 少女は割とろくでもない結論に至ると、男を引きずって湖にリリースしようとする。

 だが、ここで予想外の出来事が起こった。

 男の口に釣り針ががっつり引っかかっていたのだ。


「うえぇぇぇ、外さなきゃいけないやぁ」


 心の中で『ごめんなさい』と謝りつつ、少女は釣り針を外そうと手を伸ばす。

 すると次の瞬間、少女の腕を男がガシッっと掴んだではないか。


「ひゃあああっ!!??なっ、なにッ!?生きてるッッ!?この人生きてるのッ!!?」


 いきなり腕を掴まれたことに驚きつつも、慌てて男の顔を見る少女。

 男はわずかに目を開けて少女の顔を見つめている。


「うえぇぇぇぇっ、ご、ごめんなさい。自然に返そうとしてごめんなさぁぁぁい。これ、今すぐ外すから!!」


 釣り針を外そうとするが慌てているため上手くいかない。

 そんな中、男が釣り針を指でつまむ。

 すると釣り針が急に目の前から消滅してしまった。


「……へ?」


 何が起こったのか理解できず呆然とする少女は釣り糸を見る。

 仕掛けの先、釣り針だけがきれいさっぱり消滅しているのだ。


「え?え?何が………」


 釣り針が刺さっていた男の口からは血が流れている。

 やはり釣り針だけが消失しているのだ。


「……あ、あのぉ、起きてます?」


 恐る恐る男に声をかける少女。

 その声に反応したのか、男はゆっくり目を開くと上体を起こす。

 そして周囲を見渡すと一言呟いた。


「……ここは?」

「え?えーと……ここは『インダム湖』だけど……お兄さんは?」


 男は立ち上がり周囲を見渡す。


「何だ?俺はどうしてこんな所に?確か俺は……」


 思い出そうとすると頭がズキズキ痛む。

 まるで思い出すなと言わんばかりに。


「思い出せない……」


 頭を抱える男に少女が心配そうに声を掛ける。


「えっ、大丈夫?頭痛いの?」


 男はハッと我に返ると少女の方に向き直る。


「ああ、大丈夫だ。心配かけてすまない。君が助けてくれたのか?」

「助けたっていうか釣ったっていうか……捨てようとしたっていうか………まぁいいや、そういうことで」

「そうかなのか。それはどうもありがとう。えーと、君、名前は?」

「え?ボク?トリアっていうけど」

「鳥屋?」


 何故焼鳥屋の娘がこんな所に居るのだろうか。

 海鮮メニューの調達にでも来たのかと思ったがよく考えれば少女は日本人ぽい顔立ちでは無かった。

 それに海鮮メニューに淡水の魚が採用されるかは疑問の余地が残る。


「違う!トリアだよ。ト・リ・ア!!」


 少女の名を反芻する。

 そういえば先ほど彼女から聞いた地名も日本ぽくなかった。

 男は周囲を見渡し、状況を整理していく。

 

「おいおい。これってまさかあれじゃあないのか?」


 男の中で一つの結論が導き出されようとしており、彼はそれを確認すべく少女に話しかける。


「なぁ、トリアさん」

「ん?どうしたの?」

「俺って異世界転生してしまった感じと考えて間違いないかな?」

「はぁ??」

 

 少女の目が点になる。

 それはそうだろう。唐突にそんな事を言われたら誰だってそうなるに違いない。

 だが、男は至って真面目だった。


「やはりそうか。つまりここは、憧れの異世界!現代の知識を駆使して無双できる世界ということだな!?」


 興奮気味に語る男に対して少女は冷めた目を向けていた。


「……なんかお兄さんって変な人だね」

「おっと失礼。つい興奮してしまったよ。だが……そうか、ここが異世界かぁ」

「お兄さん、マジで何なのかな?どこかの監獄から逃げ出してきた人?」

「だが名前については思い出せないのがネックだな……そう、敢えて言うなら俺は『多くを知る者』、という事か」

「うぇぇっ、監獄から逃げ出してきた頭のおかしい人だ」

 

 どうやらこの男は記憶喪失らしいということが分かった。そして頭がおかしい。

 ならばあまり深く関わらない方がいいだろうと判断したトリアは早々に話を切り上げようとする。


「そ、それじゃあボクはこれで……」

「待て待て待て!」


 去ろうとする少女の腕を男が掴む。


「な、何?変な事するならボクも実力行使するよ?」


 鋭い目つきで睨む少女に若干怯みつつも男は話を続ける。


「いや、そうじゃなくてだな。俺この辺の事はよく知らないんだよ。だからさぁ、人が居る所まで連れて行ってくれないか」

「えー」

「頼むよ。俺の知識はきっと君達の文明レベルの向上に役立つから」

「何か意味わかんない事言ってるんですけど。このお兄さん怖いんですけど!?」

 

 この男の知識とやらに興味が無いわけではないが、これ以上関わると碌なことにならない気がする。

 そんな予感がしてならない少女は男を置き去りにしてその場を立ち去りたかった。


「俺にどんな能力が宿っているかは知らないがまだきっちり把握してないからな。まあ、定番通りなら始まりの地にいるモンスターなんかは雑魚と相場が決まってるんだがな」

「じゃあお兄さんひとりで行ってよ」

「いや、君みたいな女の子を残していって何かあっても寝覚めが悪い。ここは一緒に行こう」


 ほぼ勝手に決めて男は歩き出す。

 トリアは小さくため息を付くと仕方なく男の後について行くことにしたのだった。

 変な男を釣り上げたものだ。


「あ、お兄さん。一応言っとくけどそっちは危ないよ」

「足元がぬかるんでいるとかかな?なるほど、冒険ぽくなってきたなぁ」

「いや、その辺はさ……ツルギクマの縄張りなんだよね」

「……何だって?」

 

 トリアの言葉に歩みを止める男。

 その表情には焦りの色が窺える。


「ほら、あそこ見てごらん」


 そう言ってトリアが指さした先には、体長2mほどの大きな熊の姿があった。

 辛うじてクマとわかる見た目だが全体的に鎧のような皮膚に覆われていた。

 背中に巨大な刃物のような角が生えており明らかに雑魚とはいえない風貌だ。

挿絵(By みてみん)

「ぬおぉぉっ!!?」


 男にとって予想外の展開であった。

 出会う獣などせいぜい角が生えたウサギやキツネくらいのものと思っていたらクマに出会ってしまった。

 しかも明らかに殺意マシマシである。

 これはまずいと思った男は一目散に逃げ出そうとするが、時すでに遅し。

 目の前には既にクマの姿があり、その獰猛そうな眼光を男に向けていた。


「い、いや待て。俺には秘められた力があるはずだ。そう、神から授かったであろうチート能力で切り抜けられるはず!例えば全属性適応Sとか通常攻撃が全体攻撃とか、驚異的なステータスを持っているとか」

「何か変な事言ってるよこの人……」

 

 呆れかえるトリアを尻目に男は必死で己の力を確認する。


(思い出せ、自分の能力を……そうだ、確かあの時―――)


『ねぇ、お兄ちゃん』

『なんだい?』

『もしね、私が死んじゃっても泣かないでね!』

『何を縁起でもないことを……』

『えへへ……』


 そんな過去回想をしてみたが……正直、男の妄想もいいところであった。

 湧き上がってくる力も無さそうだし妹も多分いない。

 はっきり言って『詰んだ』気がしていた。

 ツルギグマが咆哮を上げ男を屠らんと腕を振り上げた。

 

 このままでは確実に死ぬ。だが、男はまだ諦めていなかった。

 生き残るために必死に頭を回転させるのだ。

 そして男はある結論に至る。


「……うん、やっぱ無理だなこれ」


 あまりにも早すぎる判断に思わず笑ってしまうくらいだが、事実なのだから仕方がない。

 そう、現実とは決して優しくはないのだから……

 男が死を覚悟した瞬間、ツルギグマとの間にトリアが割って入った。


「たぁぁぁぁぁあぁっっ!!」


 嵐のように拳の乱打を浴びせるトリアにツルギグマは怯み後退する。

 トリアはバックステップで男の元まで下がると少女の者と思えない力で男を抱え上げた。


「逃げるよ!!」


 だがそれは無謀な事だと男は思った。

 例えばヒグマの走る大体時速60km程と言われている。

 となれば同じ熊、尚且つモンスターであるツルギグマの走る速度も決して遅くはないだろう。

 男一人抱えて少女が逃げられる道理がないのだ。

 案の定、ツルギグマは驚くようなスピードでトリア達を追跡すべく駆けだす。

 だが、突然『ぎゃんっ!』と鳴き声を上げ動きを止めると足を引きずりながら撤退していく。


「え?何で……ッ!?」


 その時トリアは見た。

 ツルギグマの前脚に深々と『釣り針』が刺さっていた。

 それは先ほど男を釣り上げたもの。

 そしていつの間にか消失していたあの『釣り針』であった。


「な、何が起きたの?」


 これは異世界に転生した少年と家出少女が出会い世界を旅しながらハーレムを作ろうと夢見る物語である。

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