八話:閉園準備
先ほどまでの平和な園内は一瞬で壊れ、辺りは奇声を上げながら逃げ惑う民間人たちで埋め尽くされていた。何か状況を打破する方法はないのか、宮沢は考えたが自分の隣にいる人物を見てすぐ思いついた。
自分は彼女の管理者だ、そう思いすぐ行動に出た。
「赤嶺!」
「…はい!」
「民間人の安全を確保しろ!」
「了解サー!」
赤嶺は能力を発動した。すると暴れていた来園者たちが突如静止し、皆、列になって出口へ向かった。
「…何をしてる?」
「何って…出口に誘導してるんだよ」
「お前…そんなこともできるのか」
軍隊の行進のように一列で歩いている来園者たちを眺める赤嶺の横顔を、宮沢は恐る恐る伺った。
そこには優しく彼らを見守る赤嶺の姿があった。
「…よし、赤嶺、あのマッチョと魔法少女を援護しに行け」
「急に命令するようになったね…でもその必要はないよ」
すると突然、巨大なピエロが観覧車に向かって倒れた。上空には小さな少女が浮かび、地上ではホウキをピエロに向けたマッチョ男がいた。
「おー、倒したみたいだよ」
彼女がそう言った瞬間、巨大ピエロから血しぶきが飛び散った。ピエロが観覧車に倒れ込むことなく、木っ端微塵に吹き飛んだのだ。赤い血の大波がマッチョ男と魔法少女にかかる。だが彼らは微動だにしない。赤嶺はその光景を誇らしく眺めていた。その三人を見て宮沢は動揺する。
「…容赦ないな」
「言ったでしょ、あの二人は別格なんだって!跡形もなく殺しちゃうんだよ。すごいよね~」
宮沢は赤嶺に同情できないまま、近づいてくる血だらけの二人を見る。
すると魔法少女が何かを引きずっているのに宮沢は気付いた。よく見ると彼女が歩いていた背後には、赤いクネクネの一本線が引かれている。宮沢達の元まで来ると、魔法少女は引きずってきたモノを投げつけた。
「赤嶺さん…」
「…あー、ごめん…見落としてた」
「こういうことにならないようにするのが、あなたの仕事のはずよ」
「うん…わかってる…ごめん」
「これ以上、私たちの邪魔をしないで頂戴」
魔法少女は赤嶺を横切り、その隣にいた宮沢のことを見ないまま、どこかへ行ってしまった。
マッチョ男は二人に軽い会釈をした後、魔法少女を追いかけて行き、その後ろ姿を宮沢は呆然と眺めた後、再び赤嶺に振り返り、彼女に声を掛けた。
「おい…それ…何だ?」
赤嶺は赤い塊を大事そうに抱きかかえていた。そこからは錆びついた鉄の匂いがする。
「この子…きれいな目をしてるね…」
宮沢は彼女の言ってることが理解できなかった。
「本当にごめんね…」
宮沢はゆっくりと彼女の抱えているモノを見てみる。そこには目を半開きにした子供の亡骸があった。それを見た宮沢は、その場に蹲り今朝食べた朝飯を吐き出した。
しばらくすると、大勢の警察官が遊園地へやって来て、パークの安全確認や民間人の生存確認をしていた。宮沢はベンチに座り込み、その光景を呆然と眺めていると、マッチョ男が話しかけていた。
「お手柄でしたよ、勇者さん」
「宮沢だ…勇者なんて柄じゃない」
「あなたが赤嶺さんに命令してくれたおかげで、ほとんどの民間人を避難することができました。本当にありがとうございます」
「…俺は何もしてない。礼なら彼女にするんだな」
宮沢は遊園地のマスコットキャラクターの看板と写真を撮る赤嶺に目を向ける。
「何言ってるんですか。彼女が能力を使って来園者を誘導できたのは、あなたが彼女に許可を与えたからですよ」
「俺が…許可を出しただと?」
宮沢はマッチョ男に目を遣る。
「はい。エレベーターさんんがおっしゃってたように、彼女の能力はあなたが許可を出さないとつかえないんですよ」
「あぁ、そういえばそうだったな」
「そうだったなって…それがあなたの仕事ですよ?何のためにあなたが私たちと一緒に行動できてるとお思いで?」
宮沢は言葉を詰まらせる。
「いきなりヒーローたちと仕事をするようになって混乱しているのはわかっています。でも、申し訳ありませんが、もう決まったことなんです」
マッチョの男は話し続ける。
「できる限りの配慮は私たちもしますが、あなたに構っている時間はあまりないんです。早いところ覚悟を決めて、行動してください」
宮沢が思わず言い返そうとすると、遠くから聞き覚えのある声が聞こえた。
「みんなお疲れさまー」
遠くから聞き覚えのある子供の声が飛んできた。
「大分暴れたみたいだね」
白衣を羽織った少女が、宮沢の元へ近づいてくる。
「…あなたは確か」
「あー、うん、久しぶりだね。あれからどう?つゆきちゃんとは仲良くやってる?」
宮沢は無言で頷く。
「今回の敵はクリックちゃんやクリーンライダーが殺ってくれたみたいだけど、民間人の避難は君の指示だったみたいだね」
宮沢は俯きながら頷く。
「まあ来園者が五人亡くなったのは残念だったけど、他の2103人の職員と来園者は守れたんだから、結果的には大成功ってことだよ?」
「…五人?五人も死んだのか?」
「聞いてなかったの?君が見た遺体含む、他四人の遺体が見つかったんだよ」
宮沢はその場でしゃがみ込んだ。そして白衣の少女は彼を見下ろしたまま話を続ける。
「いいかい?犠牲は付き物なんだよ。もちろん、私たちは常に被害者ゼロを目標に動いているけれど、それでも救えない命があるの。いちいち他人の死に反応してたらおかしくなっちゃうよ?」
宮沢はゆっくり立ち上がり、彼女に冷たい視線を向ける。
「今回はこの程度の被害でよかったわ。本当にありがとう」
すると、そのセリフに合わせるかのように、黒いスーツの男がこちらに近づいてきた。
「そうそう、実は会わせたい人がいるの。」
20代後半ぐらいの男性、パーマ頭で丸眼鏡をかけている。おしゃれをしてるつもりなのか灰色のメンズスーツを着て、黒い革靴を履いている。
「えっとー、初めまして。ヒーロー委員会の監視官、山本です」
宮沢は軽く会釈をする。
「…初めまして。監視官…ですか?」
「はい。ヒーローの監視…特にあなたが管理してる、赤嶺つゆきさんの行動を見張っています」
山下は周囲を見渡しながら話を続ける。
「うーんと、現場は混乱してるみたいだけど、園内の安全確保はできた感じかな?」
山下はエレベーターの方を見る。
「はい。既に対象は討伐済みです。被害状況は、園内の建物が数軒損傷とけが人は数百人いますが、死者は五人です」
「…誰も死なせたくなかったんだけどなぁ…まあわかった。とりあえず園内の修繕費については、こちらで対応しますので、エレベーターさんはいつも通り記憶の改ざんを頼みます」
「わかりました…ところでどうして今日は現場にいらっしゃったんですか?」
エレベーターは山下に鋭い視線を向ける。
「新しく入った管理官とやらに、ご挨拶をと思ったんだよ。心配しなくとも、君たちの活動に口出ししたりしないよ」
山下は宮沢に手を差し出した。
「これからよろしくお願いします」
「…よろしく…お願いします」
「また何か困ったことがあれば、遠慮なく僕に連絡してください」
山下は自分の電話番号が書かれたメモ書きを、宮沢に差し出した。
「…わかりました」
「じゃあエレベーターさん、後はよろしくお願いします」
山下はそのまま黒い車に乗り込み去っていった。その後ろからも黒い車が三台ほど続き、蟻の群れのように列をなして移動していった。
「…監視官の彼、気に入りませんね」
「まあ、うまくやっていってね」
エレベーターはそう言った後、園内の入口へと向かった。するとそこから入れ違えるように、赤嶺が出てきた。
「おまたせー」
「…何してたんだ?」
「埋葬のために、あの子の肉片を集めてたんだよ」
「……ここに埋葬するのか?」
赤嶺は園内から立ち上る煙を指差した。
「もう燃やしてるよ。一時間もすれば灰になるかな」
「…あの子の遺体も燃やしたのか?」
「うん…ちゃんと皆を埋葬するつもりだよ」
「殺人鬼もか?」
彼女は無言で頷く。
「うん…あの子も一応…生き物だからね」
赤嶺は前回の廃墟レストランに現れた殺人鬼はめった刺しにしたのに対し、今回の殺人鬼には丁重に扱っている。この行動に宮沢は不審に思った。
「後のことはクリックちゃんとライダーくんがやってくれるから、私たちは帰ろう!」
「そうだな。ところでさっき、監視官と名乗る山下という奴がここに来たぞ」
「へぇー、そうだったんだ。宮沢くんに挨拶しに来たのかな?」
「ああ。そう言ってた」
「そっかあ。彼も忙しいねー」
赤嶺は宮沢の手を引いて歩き出す。
「さあ帰りましょう!ほんで今日は早く寝る!」
宮沢は一瞬、横たわる観覧車の方へ振り返る。園内は完全に荒れ果てた光景になっていた。