六話:初仕事
それからしばらくしてお昼の時間になった。家に籠っているのもどうかと思った宮沢は外食することにし、彼女は後を付いてくるように同行した。
街の中心部にある商店街へ向かう道中、彼女は通り過ぎる建物について色々と質問してきた。宮沢の適当な返しを彼女は真剣な眼差しで聞いていた。
「じゃあ、ここからコンビニまでは歩いて五分ぐらいなんだね」
「そうだ」
「スーパーも結構近くにあるんだね」
「まぁな」
「住みやすいところだねぇー」
そんな他愛のない話をしながら、気が付くと二人は商店街を歩いていた。
「色んなお店があるねぇー」
「そうだな」
「何か食べたいものでもある?」
「安けりゃなんでもいい」
「…もっと会話しようよー」
通り過ぎる人達に怪訝な目で見られながらも彼女はスタスタと足を進め、雑居ビルの前で立ち止まった。
「ここだねぇ」
「ここがどうした?」
二人は目の前に聳え立つ廃墟ビルを見上げる。
「ここの四階から悪い子の反応があります!」
「…なぁ、それって昨日見たデカいバケモノのことか?」
「うーん、昨日の奴とは違うタイプのやつかな」
「おい、今から何する気だ?」
宮沢は鋭い口調と視線を向けるが、彼女は淡々と話を進める。
「多分一人かな。前回より楽に倒せそう!」
「倒すって…」
「裏口はないみたいだね。正面から入って階段で上まで――」
彼女は鉄製の銀色のドアノブに手を置き、恐る恐る扉を開けた。その奥にはさび付いたテーブルや欠けた木製の椅子が床に転がっており、カウンターのような細いテーブルも見えた。
「ここからは何が起こるか分からない……私から離れないで」
彼女が先陣を切り、暗闇の中に入った。
「暗いな、何か明かりがほしいな」
すると彼女の手の平に青色の炎が現われた。懐中電灯と変わりだろうか。その炎はお化け屋敷によくある火の玉のような不気味な光を漂わせており、その光が逆に周りの雰囲気を嫌付かせた。
「あの~殺人鬼さんいらっしゃいますか~?」
お化けを呼ぶ時のセリフと似たようなことを言いながら、俺たちは暗闇の中を、ゆっくり不気味な明かりを頼りに進んで行く。
足元が全く見えない中を歩き、厨房のような場所に向かった。フライパンやガスコンロがうっすらと見える。 彼女は声を響かせながら再度、お化けを呼ぶセリフを言った。
「おーい、誰かいませんかー?」
「電気……つくかもな」
宮沢は壁際にあった照明のスイッチを押した。
すると電気が付くのと同時に、黒い影が鉄のテーブルを降りる姿が見えた。
「発見!」
彼女は黒い影の後を追った。黒い影は厨房を一周した後、宮沢の所へ近づいてきた。
「宮沢くん!」
彼女の言葉に反応し俺は咄嗟に受け身の姿勢をとり、黒い影に挑もうとした。だか黒い影は宮沢の横を通り過ぎ、入口へ向かった。
「まずいーーー!」
突然、彼女の手のひらから白いロープが現れる。彼女はロープを両手で掴み、大きな輪を作って黒い影に向かって投げた。ロープが黒い影に巻き付き、動きが止まる。
彼女はそれを引っ張り、厨房の方へ寄せてきた。カーボ―イのようにロープを操る姿を宮沢は呆然と見ていた。。
「これは中々の大物ですよ~」
黒い影を目に前まで引き寄せると、彼女は黒い影を踏みつけた。
「さあ、姿を見せなさい!」
彼女がそう言うと、黒い影が一瞬で吹き飛んだ。するとそこには小さな子猫の姿があった。
「これが・・・殺人鬼か?」
「そうだよー。君にはどう見える?」
「は?」
見たところ、茶色ベースの黒い縞模様がついた子猫にしか見えない。
「私は子供の柴犬に見える」
「俺はキジドラの仔猫に見える」
黄色い瞳の子猫は唸りながら彼女の足を引っかいている。
「こいつをどうすんだ?」
「もちろん、ちゃんと退治しなきゃ!」
彼女の手の平に、突然あの小型包丁が現われる。
「……殺すのか?」
「そうだよ~。こんな可愛い見た目してるけど、この子は立派な殺人鬼だからねぇ」
包丁を仔猫に近づけた瞬間、彼女の表情が変わった。
「……愚かな生き物だね」
その声と表情を見た瞬間、不吉な予感が走った。俺は慌てて声を掛ける。
「おい!ちょっと待て」
だが、時すでに遅し。彼女は見たことない目をしながら、勢いよく包丁を振り下ろした。
無我夢中で大笑いしながら、彼女はか弱い生き物に何度も何度も包丁を突き刺した。その光景を、宮沢はただ唖然と見ていた。
「何なんだよ……」
独り言を漏らしたが、彼女の笑い声で自分でも聞き取れない。
「これじゃあ、まるで……」
その続きを声に出そうとしたが、彼女に聞こえたらまずいと思い、俺は心の中で言った。
(これじゃあまるで、ヒーローじゃなく、殺人鬼だな・・・)
それから数十分…いや数時間は経っただろうか。彼女はあの仔猫の原型がなくなるまで刺し続けた。時には踏みつける音さえ響いていた。
宮沢はフロントの椅子に腰かけ、テーブルに肘をついて、呆然と窓の外を眺めて待った。
今さらながら気づいたが、厨房やフロントにたくさんあるテーブルや椅子からして、ここは元々レストランだったのかもしれない。
「お待たせ~」
白かったズボンと袖が赤く染まっり、彼女がにやつきながら戻ってきた。
「ごめん、ごめん。ちょっと遅くなっちゃって」
生臭い匂いが辺りを漂う。
「おなかすいたな~。ごはん、何食べる?」
さっきまでの出来事をなかったかのように、彼女は晴れ晴れとした顔で入口の扉を開けた。
「何やってるの~?ファミレスにでも行こうよ!」
彼女は青い瞳を輝かせながら、宮沢を待っていた。
「……今行く」
扉へ向かう途中、宮沢は一瞬厨房へ目をやる。少ししか見えなかったが、子猫はもう、固体ではなくなっていた。
「ファミレス、久々だな~」
宮沢は彼女の言葉に耳を傾けることができず、コップに入った水を呆然と見ていた。
「何食べる?」
彼女はメニュー表を開き、料理の写真を見る。
「パスタとかグラタンとかピザとか色々あるよ」
宮沢は今日、巨大な目玉怪獣や、ガラスの破片が刺さった生徒たちよりも、記憶の中で過去一番酷いものを見てしまい、食事をする気にはなれなかった。だが彼女は空腹に飢えていた。
「お~い。聞いてる?」
彼女は俯いている宮沢の眼前で手を振る。
「何食べますか~?」
顔を上げると、彼女の輝く青い瞳と目が合う。
「お前……何者なんだ?」
少しでも動揺を紛らわすために彼女に問いただす。
「え?」
「お前は、本当にヒーローなのか?」
彼女はゆっくりメニュー表を閉じ、俯いた。
「私はヒーロー…の見習いかな」
「見習い?」
「私、今は他のヒーローたちより強くないの……」
宮沢は、再度問いただそうと思ったが、俯く彼女の態度を見て、話題を逸らすために他のことを尋ねた。
「殺人鬼って……一体何者なんだ?」
彼女は肘をつき、奇妙な目つきをしながら話した。
「昔、人間には怒りという他人の悲観的な行動に対して反抗する感情があったの。でもある日それが人間から取り除かれて一つの生き物となった。それが殺人鬼、言わば感情を具現化した物だね」
「人間の嫌な感情が具現化し生き物か……だが何故俺たち人間を襲うんだ?」
「そこらか先は私もよく知らない、続きはエレちゃんに訊いてくださ~い」
彼女は店員を呼び、ハンバーグとパンケーキを頼み、宮沢はドリンクバーを注文した。
「君もなんか食べなきゃだめだよ~。何か頼んだら?」
「いい……何もいらない」
しばらくして彼女のテーブルにデミグラスハンバーグが届いた。フォークナイフを上手に使い、ハンバーグを切り分ける。そして一口サイズのものを宮沢に差し出した。
「一口でいいから食べて」
「いらん」
「食べなさーい!あなたは私の管理者として、健康管理をしっかりしてもらう必要がある!あなたが倒れたら私は能力が使えなくなっちゃう!そうなったら私は何もできないただの凡人になっちゃうよー」」
彼女は肉の塊をさらに前に突き出した。
「私を管理するならもっとちゃんとしなさい!」
やむを得ず、宮沢が彼女のフォークを奪い取り、恐る恐る口に入れる。
「お味はどうですか?」
「……肉の味だ」
彼女から貰ったハンバーグは、本当に味のない、肉の塊だった。
「どっちが管理されてるんだか……」
彼女は宮沢の言葉に耳を傾けず、ハンバーグに意識を集中していた。
「お前…名前は?」
彼女は手を止め、宮沢のの顔を見る。
「…やっと名前聞いてくれた!」
彼女は漫勉の笑みを浮かべた。
「私の名前は、赤嶺つゆき!改めてよろしくね!俊くん!」