五話:慣れない朝
何もない真っ白な天井の下で彼は目を覚ました。
「おはよー」
いつもなら静かな朝で始まるが、今日はいつもと違う。
「おはよったらおはよー」
目を覚まして最初に見えたのは、初々しい女の子の顔だった。
「……何してる」
「現在8時30分、いつもより30分遅いよー」
「……まじでお前気持ち悪いぞ」
「君の行動パターンは既に把握しています!」
勢いよく上げる彼の額を彼女は華麗に避ける。
「はぁ…」
「朝、君は3日に一度のペースでため息をつく。そしてその後、スマホを確認する」
彼女の台詞に合わせるように彼はスマホの画面を開いた。
「昨日のこと…話題になってないな」
「エレちゃんがあの惨状を全部隠蔽しちゃったからね」
「エレ…あぁ、あのガキか」
「エレちゃんの力は凄いよ。世界中の人間の記憶を操れるからね」
「そうか」
「…まぁ私はエレちゃんほどの力はないからね」
彼女は部屋から出ていった。
一階に降りると、彼女は台所で何かを作っていた。
「今日はちゃんと朝ご飯食べましょうねー」
彼女は机の上に彩り豊かな料理を並べた。
「料理ができるのも能力のおかげか?」
「違う違う、これは私の実力ですよー」
彼女が好き放題台所を使っていることに文句を言う気力もない彼は、何も言わずにいつも通りの席へ座った。
目の前に並ぶ料理の中からキツネ色に焼けた食パンを食べ始める。
「ところで、お前はいつまでここにいるんだ?」
「さぁ、戦いが終わるまでかな」
「…それはいつだ?」
「え?」
「いつになったら終わる」
「さぁねー」
彼女は卵焼きを手で取り、口の中へ放り込んだ。
「お前らは何と戦ってる?」
「この世の存在を脅かす者、人類を滅亡させる力を持つ者と戦ってまーす」
彼女はリモコンを取り、テレビを点けた。
「おー、クリックちゃんはやっぱり大スターだねー」
「……なんだよ、はっきり言えよ」
「クリックちゃん、通称魔法少女クリック。彼女は一般の人から絶大な人気を誇ってる。アイドル活動及びヒーローの宣伝活動をしてるんだよー」
「そのことじゃねぇ、この世の存在を脅かす者ってなんだ?」
彼女は視線をテレビに向けたまま答えた。
「えっと、昨日のやつみたいなのがそう」
「…他にも何体かいるのか?」
「そうだよーたくさんいるから大変なんだよー」
「あんなにデカかったらすぐに見つけるだろ?」
「それがさぁ、色んな種類がいるんだよ。小さいやつや大きいやつ、人と全く同じ大きなのもいるからなかなか探すのが大変なんだ」
宮沢は彼女の話を聞きながら、食パンを一枚を平らげた。
「で、俺の仕事は……お前の世話係か?」
彼女は彼に視線を向ける。
「その言い方はちょっと失礼だけど……まぁ、そんな感じかな」
「なんで力が使えないんだ?」
「……それはエレちゃんに訊いてー」
そう言いながら、彼女は立ち上がり台所へ向かった。
「まぁ、お前らのことを詮索するつもりはない。安心しろ」
「えー、なんかそれはそれでショックだなー」
「なんでだよ」
「私のこともっと知りたくないの?」
「……それはどういう意味だ?」
「なんだろう……もっと親しみを持ってほしいかな」
彼女は彼の皿を取り、それを食洗器の中に入れ、スイッチを入れた。
「よし、これで食洗器くんは今日のお昼まで綺麗に洗ってくれます!」
「お前はいちいちうるさいな」
「どんな物も大切に使う!小学校で習ったでしょ?」
宮沢は少し不愉快に思った。
「今日は…いや今日から学校はないわけだな」
「そうだよー」
「じゃあ俺は今日から毎日日曜日というわけだな」
「…そうだよー」
「それなら俺は今から寝ることにする」
そう言うと宮沢は二階に上がり自分の部屋に戻った。ベットに横たわり、スマホを開き、ヒーロー関係の記事について探してみる。しかしやはり昨日の事件のことはどこも報道していない。ニュース番組でも一切取り上げていなかった。
「やっぱり昨日のこと気になるんでしょ?」
彼女は上から彼の顔を覗き込む。
「…メディアは知らないだけなのか、それとも知ってて報道しないのか…」
「だからエレちゃんが全部証拠を消したんだって。気になるのー?」
「半年間一緒に授業を受けた奴らが死んだんだぞ…」
「ふぅーん、意外と他人思いだね」
「勘違いするな。別に仲が良かったわけじゃな。、ただ…あんな死に方を見せられると、なんか思うところがあるというか……」
俯く宮沢の隣に、彼女は座る。
「ヒーローはいつもバケモノを倒してくれてる。でも時には民間人を守れないこともある」
「……今回の死者は許容範囲とでもいいたいのか?」
「エレちゃんがあの辺りに現れると警告してくれたら、私は向かった。そこで君と出会って学校に行った」
「都合が良すぎないか?その話じゃ、お前があのバケモノをおびき出したみたいになるが」
彼女はしばらく黙ってから、静かに。
「そうだね…エレちゃんはそう考えて、私を向かわせたのかもしれないね」
「…どういうことだ?」
「私の元にバケモノが寄って来ると思ってるのかも…」
今度は宮沢がしばし黙り込む。
「まぁエレちゃんはあらゆる可能性を考えるからさ。確かめたかったんだと思うよ」
「もし彼女の仮説が正しいなら、俺の家にも現れるはずだろ。でも、来てない」
それを聞くと彼女は笑い出した。
「君って、ほんとにおもしろいね!」
「……なんだよ。気持ち悪いな」
「ごめんごめん、やっぱり君を選んで良かったよー」
彼女は涙を拭き取り、ベットに寝転んだ。
「君とならうまく戦えそう!」
宮沢は起き上がり、窓の外を眺める。
「なんで俺を選んだんだ?」
「別にー。行き当たりばったりって感じかなー」
彼女は天井を見上げながら、そう答えた。