一話:我が名は一般人
正義とは一体何だろうか。道徳的な正しさを象徴する魔法のような言葉。正義を利用し、自分の価値を高めようとする者たちがいるせいで、この魔法の台詞をよく耳にする。
「日本を守る五人の正義のヒーロー。彼らは今日も日本の治安を守っています!」
アイドルのように振る舞うキャスターの姿に苛立ちながら、高校生宮沢俊は虚ろな目でテレビを見つめ、朝食をとっていた。
「くだらん」
リビングの中で独り呟く。
「今日も平和だな」
宮沢は食パンを一口かじり、それを牛乳で流し込むと、家を出た。
人と車で溢れる大通りの中を、宮沢はダルそうにのろのろと歩いていた。
「あーー」
突然声を上げる宮沢に驚き、周囲の人の動きが止まる。それに気づくや否や彼は逃げるように近くの裏路地に駆け込んだ。
「あーーしんどー」
先ほどよりも大きな声で宮沢は再び叫ぶ。
「もうヒーローのことなんて聞きたくねぇよー」
(でもさー、ヒーローは君も含めてみんなのこと守ってるんだよー)
突然どこからか声が聞こえる。
「は?」
(ヒーローを神の子とか言って崇拝する人もいるし、戦いで犠牲になった一般市民の遺族たちがヒーローたちを刑務所に入れようと国に訴えたりしてるしねー。まぁ確かに君の思うようにヒーローが必ずしも全てのことでいい印象の与えているわけではないねー)
「えっ、ちょっ・・・」
聞き覚えのない女性の声が彼の頭に響く。
(でもでもでもー、ヒーローなしにこの世界の秩序は維持できないよー)
「おい!誰だ!」
「私は正義のヒーローです!」
真上から声が聞こえる。見上げるとベランダの手すりに腰掛けている人影が見えた。
「なんだお前!」
宮沢が叫ぶと、人影が彼の元に降りてきた。慌てて体を後ろに下げ、人影を避ける。
「白に染まり青に覆われる、この世のバランスを崩すものを倒すために現れたヒーロー、我が名はブルーブラン!」
「なんだよ、お前」
「だーかーらー、君の嫌いな正義のヒーローさんですよー」
「自分で言うんだな、ヒーローって」
「そうだよー、ヒーローは自分のことをしっかりアピールするんですよー」
目の前に現れた女は白いパーカーを着ていて、額になぜだか青色のバンダナを巻いている。身長から察するに子供、、小学生ぐらいか。などと話を聞きながら、目の前にいる不審人物を分析し始めた。
「小学生じゃないよ」
「は?」
「君と同い年ですよ」
急な発言に彼は動揺する。
「背が小さいからよく誤解されるけど、これでも18歳のお姉さんですよー」
「…それよりもお前、本当にヒーローなのか?」
「普通の人が三階のベランダから飛び降りて無傷でいられると思う?」
「…まぁそうだな」
彼女の日に照らされた海のような色の瞳が宮沢に向けられる。
「…もういい、俺は急いでるんだ」
彼は彼女を払いのけ、その場から立ち去ろうとした。
「ちょっと待って、あなたに頼みがあるの!」
それを聞いて宮沢は恐る恐る彼女に振り向く。すると彼女は額のバンダナとフードをどかし、ライオンの毛並みのような色をした髪を下ろしていた。
「行きたい所があるの…」
目の前にいる美しい少女に思わず宮沢は息を呑む。しばらく沈黙が続いた後、彼は再び声を発した。
「…どこに行きてぇんだよ」
「あなたが今から行くところ…そのー、学校に行きたいの」
「俺の学校に行きたいのか?」
「そう!」
彼女は明るい笑顔を見せる。
「あなたの学校に連れてって!」
「…なんでだよ」
「えっとー、社会科見学…かな」
「なんだよそれ、意味わかんねぇよ」
「とにかく、学校に行きたいの!」
「断る。なんでお前を連れてかなきゃいけねぇんだ」
何かに巻き込まれるのはごめんだ。宮沢はそれを口には出さず、行動で示すかのようにその場を離れようとした。
「断っても私は付いてくよ」
彼女は先に進もうとする宮沢の前に立ちはだかる。
「いい加減にしろ、通報するぞ!」
「通報、警察に?」
「そうだよ!」
「そんなことしても無駄だよ」
彼女の傲慢な態度に腹を立て、胸倉を掴む。
「いいか、ヒーローかなんだか知らんが俺はお前みたいな生意気な雌が大嫌いなんだ!」
彼女は何も言わず、虚ろな目で宮沢を見つめる。
「俺をお前の私情に巻き込むな!」
「あー、雌って言うのは男に抱かれたがってる女のこと?」
「お前…ブン殴るぞ!」
「まぁ確かに君の言う通り、私はあなたに抱かれたくて声を掛けたのかもしれないわね」
宮沢は握力を強める。
「でも勘違いしないでほしい。あなたに危害を加えるつもりはない」
「じゃあなんなんだよ」
「私はあなたの学校に行きたいだけ、正確に言うとあなたの学校に忍び込みたい。それにはあなたの協力がいるの」
宮沢は彼女から手を離した。
「協力?なんで俺なんだよ」
「この道を通る高校生が君だけだからだよ。通学路とかで待ち伏せしていきなり声を掛けたりしたら、警戒されちゃうでしょ?だから人通りが少ないここを通る高校生にしようと思ったの。そしたら二人きりで話ができるでしょ」
宮沢は怪訝な顔をする。
「とにかく、このまま普通に学校に行って、私はついていくだけだから」
宮沢はスマホの時計を確認する。後10分以内に教室に入らないと遅刻する時間になっていた。
「あーーもうわかった、行くぞ!」
時間がない宮沢は、先を急ぐことにした。
「そうこなくっちゃ!」
「時間ねぇから走るぞ!」
「オッケー、走るの大好き!」
こうして二人は、薄暗い路地から明るい大通りに足を進めた。