プロローグ
pcがぶっ壊れて、気力もなくしていました。
乾いた雪が降っていた。
それは手に当たるたびにパリパリとほどけて、いつの間にかすべて消えてしまった。
私はずっとこの雪を可笑しいと思っていた……雪っていうのは、もっとしけっていて、手に振ったらとろりと溶けて、運よく溶けないと、ずっしりと積もって、人の邪魔をする奴らなんだ。
なのに、誰もがその雪のことを普通に思っていて、むしろ、そんな雪が積もるのを毎年楽しみにしているのだ。
雪が降ったら、いらないものは、全部消えてくれるから。
「ヴィッキー!」
呼ばれた。
公爵令嬢、ヴィクトリア・ホープ・ド・ラ・プロミス・ヘルキャット……それが多分、私の名前。
でも、今でもうまく認識できない、もっと違う名前だったような気がする。
愛称で呼ばれると、なんだかそれはあっているような気がするので、呼ばれたときに気付いた方が良い人には、ヴィッキーと呼んでもらっている。
「ドーリー……お久しぶりですね、元気そうで何よりです。」
「大変なんだよ!……本当にあいつ、本当クソ!」
「私はドーリーが汚い言葉を使い始めたことが一番心配ですよ。」
「冗談できるようで何より!なぁ、ちゃんと聞いて!」
ドロシー・フェイス・ロードナイト。
可愛らしい名前だけど、彼は男だ。
確か、女の子が生まれてくると思われてて、考え直すのを面倒がられたとかなんとか。
しっかり考えてくれたらよかったのに……そのせいで、ドーリーは随分苦労した。
にしても本当にひどく叫んでいる、どうにもイラついているのか、せっかく立ち止まったのに、貧乏ゆすりをしてせわしない。
「……落ち着きなさい、ドーリー。」
「落ち着きたくても落ち着けるもんかよ!本当信じらんねぇ!」
「何があったのですか、騒いでも伝わりませんよ。」
「……。」
ここできちんと落ち着けるところ、彼は好ましい人間だと思う。
むすっとした顔ながらも、ぺい、と頭を下げる。
……実に素直。
「ジョシュ、が、婚約破棄を申し出たって……旦那様が。」
「そう……やはり、そうなりましたか。」
「信じらんねぇ!ジョシュ、小さい頃からヴィッキーのこと、ちゃんと好きだった!俺、何度も相談されたんだ!ヴィッキーが好きだってこと信じてくれないって……そうだよ!全部、ヴィッキーが言った通りになった。なんで、皆、ヴィッキーのこと……っ!」
なんで、と、ボロボロと泣きだしたドーリーを、安易に慰めることはできなかった。
だってこれは、起こって当然の出来事だから……なぜか、ずっと前から、こうなる事は分かっていたから。
家族に疎まれることも、大好きなジョシュア・ピース・ド・フォーサイスに婚約を破棄されることも、こうしてドーリーが泣くことも、全部、分かっていた。
何故かは、分からない。
「ごめんなさいね、ドーリー……本当は、泣かしたくなかったのだけど。」
「……ジョシュ……絶対ヴィッキーの言うようにはしないって……そんな話、絶対捻じ曲げるって……約束したんだ……なのに!」
「……捻じ曲げることなど、できませんよ。ごめんなさい。」
「謝らないでよ……。」
「謝らない訳にはいかないのです。怖くて、止めようとなんて思えませんでした……こうして、貴方が泣くこともわかっていたのに。」
でも、人のために泣ける、そんな彼が、そばにいてくれてよかったと、心底思う。
だってもう、私は、諦めていた。
「……潮時です、ドーリー。分かっているのでしょう?」
「知らない!そんなの!」
「でも、本当に、そうなんですよ、だって、もう、時間が、17時です、」
うまく言葉が並べられない……本当は、終わりたくなかった、負けたくなかった、奪われたくなかった、『ヒロイン』なんかに……。
……『ヒロイン』?
***
「なぜあそこまで、分からなかったのですかねぇ……。」
いつだったかのことを思い出して、ため息をつく。
もう心底どうでもいいことだけど、思い出したら思い出すだけ、呆れの一言だ。
「何がだ?」
「いいえ、フェイス……少し思い出していただけなのですが……やはり、己の愚かさが身に染みて……。」
「ヴィッキー?」
「こら、今は『ナズナ』です。」
「あぁ……すまん。」
「いいえ。」
身を隠すため、ミドルネームで呼び始めたドーリーに、ふ、と思わず乾いてしまった笑みを返すと、今までのことをもう一度思い返した。
『ヒロイン』この言葉を思い出した瞬間に、私は、自分がなぜ未来を知っているかの理由を自覚した。
それは本当に単純な話で、私はどうやら、別世界……『チキュウ』の『ニホン』と言うところから、転生してきたらしかった。
そこでは私は『ホカユリ・ナズナ』と言う女の子で、いわゆる『オーエル』というやつで、どうやら『オトメゲーム』と言うのが大好きらしかった。
そしてその『ナズナ』が『プレイ』してきたたくさんの『オトメゲーム』の中の一つが、この世界『ヒカリノオトメにシュクフクヲ』略して『オトフク』とかいう、ふざけた『クソゲー』だったのだ。
どうしてあんなに『カミゲー』好きで『サーチ』も抜かりない『ナズナ』が、そんな変な『ゲーム』を『プレイ』していたのか、最初は不思議だったが、どうやら、私の存在が原因らしかった。
私のその『オトフク』での立ち位置は『アクヤクレイジョウ』というやつで、これが、小説とかではよく出てくる存在らしかったが、本当にある『ゲーム』では全然出てこないもので、へんてこな嫌がらせをする、典型的と言われる『アクヤクレイジョウ』が、本当に出てくるものと言ったら『マンガ』でも『キャンディ○ャンディ』の『イ○イザ』くらいなものよ、と、『ショウワショウジョマンガオタク』でもある『ナズナ』が言っていた。
でも、そんな『アクヤクレイジョウ』が、本当に出てくる『ゲーム』が、やっと開発されたのだ。
それが『オトフク』ってわけで。
『ナズナ』はそれが『クソゲー』であることは分かっていたのだけれど、
『「『イ○イザ』に会うために!!!」』
と何度も繰り返して、謎に狂ったように『オトフク』に挑んでいた……えぇ、私は全然『イ○イザ』ではない。
そして『オトフク』の『クソゲー』っぷりを見る為に、滝のような涙を流していた。
やめればいいのにと、何度思ったことか。
この『オトフク』、話題性を出したいのか、どうにも『アクヤクレイジョウ』への扱いがひどいのだ。
『アタマオハナバタケ』な『ヒロイン』が、初対面の殿方にべたべたとくっついて、それを注意する『アクヤクレイジョウ』に、めそめそと泣きじゃくり、それに怒った殿方たちが『アクヤクレイジョウ』をいじめ始める……という、いわゆる『ムナクソテンカイ』なのだ。
でも後半、そこまでおとなしく注意しかしなかった『アクヤクレイジョウ』が、その殿方たちを想い、急に嫉妬に狂い始める……という、所謂『コウシキガマッキ』状態になったのだ。
いや、本当にどうした『コウシキ』。
そして、どのエンドでも『アクヤクレイジョウ』への扱いはひどいものだ。
『オウタイシエンド』では、『アクヤクレイジョウ』の幼馴染で婚約者だったジョシュア・ピース・ド・フォーサイスが、本当は王太子で『アクヤクレイジョウ』に許可を取らず勝手に婚約破棄し、『ヒロイン』と学園を卒業した瞬間秒で結婚したことで、『アクヤクレイジョウ』は気を狂わせ、自殺未遂を繰り返し、発狂、引きこもりになる。
『「なんだよこいつ全然『イ○イザ』じゃない!こんなの『ガラ○ノカメン』の『タカミ○シオリ』だ!なんだこいつ!」』
と、二徹目の『ナズナ』が叫んでいた。ちゃんと寝てほしい。
『マジュツシエンド』では、魔術師団長を『ヒロイン』の後に好きなってしまった『アクヤクレイジョウ』が、婚約者がいるからと、でも少しだけ……なんてこっそりアピールしようとしたら『ヒロイン』といちゃいちゃしているところを目撃してしまい、ダメだと思いつつも、あんな子より、と思い、病気のフリをしたりして、興味を引こうとし(『ナズナ』は『「『ピンクナキミに○ルーナボク』の『キャ○ット』みたい!」』と興奮していた。)失敗。
魔術師に嫌われてしまう。
魔術師は実はヤンデレキャラで、謎に世界に病が広がり、最後は魔術師と『ヒロイン』と『アクヤクレイジョウ』だけという謎の状況に陥り、魔術師はやっと開発した病を治す魔法を『アクヤクレイジョウ』にだけかけ(「せっかくだから、あんなにつらそうだった病気を治してやるよ」と皮肉を言いながら)、世界に一人置き去りにするという、結構ひどすぎることをする。
『「やってること『ボクノチ○ヲマモッテ』の『シュウカイド○』じゃんか!辛いわ!なんだこいつ!」』
と、三徹目の『ナズナ』が叫んでいた。だから寝ろよ。
『チャラオエンド』では、チャラ男を好きになり、愛人となってしまっていた『アクヤクレイジョウ』が、『ヒロイン』と仲良くするのに嫉妬してしまい、『ヒロイン』を無意識に呪ってしまう。それをチャラ男が気づき、『ヒロイン』をチャラ男が庇護し、己を律するため『アクヤクレイジョウ』はチャラ男から離れ、出家するが、そのまま若くして亡くなる。
『「なんか『アサキユ○ミシ』の『ロクジョウ○ミヤスドコロ』ぽいじゃんか!なんでそんなたひぬんだよ!なんだこいつ!」』
と、四徹目の『ナズナ』が叫んでいた。本当寝て欲しいし、そこは『ゲン○モノガタリ』にして欲しい。
『キシエンド』では、騎士団長の息子を好きになってしまった『アクヤクレイジョウ』が、彼が自分の義姉になった『ヒロイン』のことを好きになったと知り、もうその頃には義姉と仲良くなり、自分も義姉のことが好きだったため、どうしていいか分からなく、それでも好きなままでいてしまう自分や、『ヒロイン』と違って全然素直になれない自分が、嫌で、辛くて、しかも、そこで幼馴染で自分の従者のドロシーに告白され、心がぐらぐらとする自分にも、分からなくなってしまう。
そして、そんな自分に耐えられなくて、自殺の道を選ぶ。
『「なんか『ナナ○ロマジック』の『サイトウ○ナコ』に似てると思ったら、最後全然違うじゃん!ひどい!なにこのバットエンド!『アクヤクレイジョウ』に何の恨みがある『コウシキ』!なんだこいつ!」』
と、五徹目の『ナズナ』が叫んでいた。寝て欲しい……死ぬ気?
『コウシャクレイソクエンド』では、自分の義弟を大切に思っていた『アクヤクレイジョウ』が、跡継ぎなのに、平民の『ヒロイン』と結ばれようとしているのを見て呆れ、けがなどの痛手は与えないような緩い邪魔をするが、そこで、義弟の手で殺されてしまう。
『「『イザ○ラ』に似てると思ったら!全然違う!なにこれ……あれ?もしかして『コウシキ』、『ショウワノショウジョマンガ』、嫌い……?」』
と、六徹目の『ナズナ』が叫んでいた。
そして、そこで、彼女の意識は途切れていた。
ちゃんと寝ていなかったからだ。
おそらくここで、『ナズナ』は死亡している。
そして、何の因果か、『アクヤクレイジョウ』に転生した……でも、私はこうして生きている。
『オウタイシルート』かと思ったが、自殺未遂なんてしていない。
おそらく、ここは、『ギャクハーレムルート』の世界。
『ナズナ』が、『ゲーム』を始める前に、友人に聞いていたのだ。
『「このゲームには今有名だけど、めったにない、『ギャクハーレムルート』があって、まぁそれも、まぁまぁ『ムナクソ』で……多分あった瞬間あんたは耐えられんくなるから言っとくけど、『アクヤクレイジョウ』、これで、処刑されんの。しかも、義弟以外の家族と、彼女を大切に思ってくれていた人と一緒にね。」』
……まぁ、最悪だ。
だから無意識に家族を避けていたし、大切な人を作らないようにしていた。
フェイスだけは避けられなかったけど。
こうして転生を自覚した瞬間、私は、その場から逃げだした。
いや、逃げたいってわけじゃない。
取りあえず死を逃れるために、身を隠したかっただけだ。
私は、この世界と戦わなくてはいけない……逃げたいんじゃない、戦うんだ。
フェイスとか、大切な人たちを巻き込みたくない。
今までこんな辛い人生を送ってきた私を、これ以上辛い目に合わせたくない。
『アクヤクレイジョウ』は、こんなのじゃない!もっと愛すべきキャラクターなんだって、『ナズナ』も、私も!
処刑なんて、絶対されたくない。
表に出るなんて、いろんな結末を知ってるんだから、怖い。
でも、
「それがなんだ!知るか!私は!『ダイスキ』を侮辱するこの世界を!ゆ・る・さ・な・いいいいいいいいいいぃぃっ!」
フェイス(以下『フ』)「ど、どうした?」
ナズナ(以下『ナ』)「な、なんでもねっす( ˙▿˙ ; )」
フ「言葉遣いが変だぞ?」
ナ「n、なんでもないですよ、フェイス。それより、これからの作戦について考えましょう。」
フ「……(´¬_¬)」