6. 明かされざる真相
『スクワーロウさん、やりましたよ!!』
この危機一髪を回避したのはなんと、クレアだった。一体何が起こったのか、どうして私が助かったのか、皆目見当がつかない私に、電話を替わったアラン博士は、明快に説明してくれた。
『クレア嬢が裏技を使ったんですよ』
つまりだ。
『ブラック・フット』アプリは、あらゆる人間の『計画』の相談に乗るアプリだったと言うことである。つまり『計画』を上書きしてしまえば、実現可能なものから優先してアプリは処理を行うために、実現の難しいものは必然的に後回しになると言うわけだ。
「つまり、クレアは私が死んでしまっては『実現できない』計画を上書きしたわけだ」
例えば『スクワーロウと食べ歩きしたい』でも、『ブラック・フット』アプリは、犯罪計画として処理してくれる。何故なら、誰かに何かをさせる行為は、これを無理矢理させたのなら『犯罪』になりうるからだ。
クレアが私との予定を入れまくったせいで、私の『あつっ苦死』はどんどん遠退き、実質実現不可能になったわけである。
「…クレアの機転で助かったよ」
いやあ、今回はほとほと参った。あのあと、アラン博士がハッキングでランスキーの計画を削除してくれなければ今頃、一巻の終わりであった。
「しかし、とんでもないことを考える奴がいるもんだ」
とりあえず助かったので、ランスキーにはささやかなお礼をしておいた。奴はスマホを刑務所に持ち込んだ罪と、私の殺害命令、脅迫で刑期が加算されたのだが、ついでに移送を計らっておいたのだ。今頃奴は、ビッグサイズの連中がひしめく窮屈な刑務所で、あつっ苦しい毎日を送っているに違いない。これから暑くなるから、うちわでも送ってやるか。
「今回は危なかったですねえ、スクワーロウさん」
「まったくだよクレア。今回はぜひ、お礼をさせてくれ。一番行きたい店を予約していいからね」
クレアが入れまくった、私との予定は沢山あるらしい。まずは『スクワーロウさんの奢りで豪華ディナーに行きたい』を消化することにしよう。
「やった!えへへっ、スクワーロウさんとしたいこと、まだまだまだまあーだありますからねスクワーロウさん。来週は、スタジアムに連れてってくださいね?」
「ああ、もう仰せのままに」
命あるからこそのハードボイルドだ。あんな情けない最期を遂げずに本っっっ当に良かった。
「それにしても、あの『ブラック・フット』って言うアプリ、誰がなんのために作ったんでしょうかね…?」
「結局、何も分からなかったな」
私たちは、首を傾げた。アラン博士が言っていたが、アプリはバグを自己修正したあとは、ハッキングをブロックして、また活動を再開したらしい。今のところ、それを取り締まる方法はないそうだ。
「『ブラック・フット』か…」
私は、この街の治安を思った。またあのきな臭いアプリとはどこかでかち合うに違いない。
「参ったな。阻止不能率99.998%だったのに…」
これはスクワーロウたちが知ることのなかったエピローグだ。『ブラック・フット』アプリに残されたログを解析している誰かがいる。暗い部屋で、モニターをのぞくその男は、紛れもなく『ブラック・フット』の産みの親だ。
「クレア嬢のひらめきは、偶然によるものか…?」
白衣の男は、首を傾げた。さっきから何度、思考実験をしても分からない。スクワーロウがなぜ、あつっ苦死しなかったのかを。
「実地研究する必要があるな…」
と、つぶやいたのは、サバ虎柄の猫だ。
今はまだ、誰も知らない。
『ブラック・フット』を創り出したのは、アラン・リシュリュー博士その人だったことを。