5. ハードボイルド存亡の危機
『時間が足りません!アラン博士の対応も、後手に回ってます』
どうやら、人力では追いつきそうもないみたいだ。サイバー攻撃が失敗したら、次の対策を考えるとは言ってくれたが、余命はよく保って60時間。いや、そんなに逃げ回るのは無理だ。どんなタフガイでも参っちまう。
「あーっもうやんなったあ!どうして私がこんな目に…!」
このままでは、私の死因はあつっ苦死だ。何が来るか分からないが、どうしたって、絵になる死に様じゃない。少なくともハードボイルドな私に待ち受けている最期ではない。どうせ探偵業に殉じるなら、もっとまともな死に方したかった。なんじゃこりゃあ!
私はクレアからの荷物を取りに、大通りに出た。私の大好物のバタピーが、ウイスキーと入っていたが、嗜んでいる暇はない。バリバリ、ぐびぐびとやっつけた。飲まなきゃやってられん。
『あと30分で一旦回収します。合流地点をGPSで送るそうです』
クレアからやっと、連絡があった。もう昼過ぎだ。ここで保護してもらえれば、まとまった休息がとれるらしい。移動ばかりで疲れた。そろそろ、横になりたい。
ふらふらになりながら、私が立ち上がったときだ。
「…キングバイ…キン…バイ…キン…!」
地を揺るがすような轟音が、突如沸き上がってきた。なんだ。この振動と騒音は。嫌な予感に駆られながらも、私が振り向くと彼方から砂埃が上がっていた。
(なんだ…!?)
初めはなんだかよく分からなかった。轟音と共に沸き上がるこの合唱が、何を求めているのかを。
「「「バイキング!バイキング!バイキング!」」」
「げえっ!」
私は、あらぬ悲鳴を上げてしまった。彼方からやってくる、たっぷりとした集団。あれはリス・ベガス名物、食べ歩きツアー軍団だ。食べることに命を懸け、食べ放題にしか生き甲斐を見つけられないこの巨漢集団は、リス・ベガスのホテルバイキングを食べ尽くすべく、市内を大移動している。まさに食の略奪者たち。
あっ、と気づいたときには、通りを埋め尽くす、たぷたぷの連中たち。
「焼き肉、焼き肉、焼き肉!」
「寿司、寿司、寿司、寿司!」
全員はち切れそうなお腹に、ぼってりとしたゾウ足。ぱつんぱつんのシャツに描かれた『たっぷりたぷたぷ食べ放題』の文字。
「カレー!チャーハン!パスタたっぷり大盛りわっしょい!」
「デザートデザートォォォッ!ケーキ爆盛り食べ放題!」
奴らが通った後には、カナッペ一つ残っていない。眠らぬ街の眠らぬ胃袋、こいつらの目には食べ物しか映っていない。さまたげるものは、ダンプカーでも押し退けていく。食の暴動。
「圧死か…!」
私は愕然とした。連中とぶつかったら最期、私はのしリスになるだろう。あの分厚い肉と肉の間に挟まれて、どすどすゾウ足で踏まれたら。
(絶対死ぬ…!)
悲惨すぎる最期だ。さすがにそれは、予想もしなかった。私は急いでクレアに連絡を取った。
「助けてくれ!」
私は状況を説明した。食べ歩き軍団は、道路を占有する勢いで走っている。通行車両も止められ、辺りは渋滞だ。歩行者の私が逃げる術はない。
「どうすればいい?」
『えっ!いやっ、そんなの無理ですよう!』
「アラン博士はどうしてる!?」
『ハッキングはやってます!』
だが、眼前に迫るたぷたぷどもを、退ける術はない。と、言うことは。
(終わった…!)
ついに、私のハードボイルド人生も幕を下ろすときが来たか。確かに、ベッドの上では死ぬまいと思ってたし、いっそハードボイルドに殉じてその名に恥じぬ最期を遂げたいとは思ってはいた。もちろん、この街の正義の礎として果てるのは本望だ。だがしかし。しかしだよ、本当に。
「もっと他にっ…!なんかあるだろおおおおおおおおおーっ!?」
納得いかない。なんだよこれ。こちとら全てをハードボイルドに捧げてきたんだぞ!?もっと、渋い死に方あるだろ!?こんなのいやだ!!!
「くっそおおおおっ!どしゃ降り雨の中、ずぶ濡れで口笛を吹いて死にたかったああああッ!」
だがそれも叶わぬ夢だ。私を悼むものはこう言うだろう。スクワーロウは、デブどもに轢かれてあつっ苦死したと。いい笑い物である。
「ビビンバビンバ!爆盛りメガ盛り!」
もはや逃げ場はない。正面衝突を避ける術はない。私が圧死を覚悟したときだ。
「あっ、バイキングあっちだあーーーっ!!!」
誰かが、何か言った。その瞬間、食べ歩き軍団は90度方向を変えて違う方向へ爆進しだしたのだ。私は無傷、たった一人、ぽつんと取り残されているだけであった。
さすがに腰が抜けた。だが、
「たっ、助かった…!?」
しばらく、何が起こったのか分からず、茫然としてしまった。