4. アプリとの苦闘
「さて、スクワーロウさん。あなたがおっしゃる通り、ランスキーの余計な注文のお陰であなたに即死の可能性はなくなりましたが、ここから少なくとも60時間は一睡も出来ませんよ」
「60時間も!?困ったな…」
私とクレアは顔を見合わせた。命には代えられないが仕事しながらの徹夜は、きつい。
「もちろん、巻き添えを避けるためにクレアさんとも別行動して頂きます。その上であなたに気をつけてもらいたいのは『死因』です」
「『死因』!?」
私はさすがに声が強張った。
「そう『死因』。ランスキーが注文をつけたお陰であなたが死ぬ確率はある程度、限定された。なのでまず、即死はないです。故に『爆死』やら『狙撃』又は『突発的な事故』などの死因は、確率から除外していいと思います」
「なるほど、で、確率が高いのは?」
「まず『圧死』が妥当でしょうね。太陽光や熱気による脱水、窒息死や大食いによる『爆食死』なども考えられますが条件が特殊なので…」
「圧死に脱水、窒息死で爆食?…何だか暑苦しい死に方ばかりだな」
私が不満を口にするとアラン博士は、目を丸くした。
「当然ですよ。ランスキーはあなたにこうやって死んでほしいみたいですから」
と、アラン博士は自前のスマホを見せてくる。ここにはなんと、こう書かれていた。
『スクワーロウを、あつっ苦しい目に遭わせて殺せ』
「なんだこの『あつっ』ってのは」
ランスキーはそんなこと言ってなかったぞ。
「音声AIの誤認識じゃないですかね」
と、専門家のアラン博士は言った。
「…例えば、ランスキーが途中で噛んだとか」
「あっ」
そう言えば、ランスキーのやつ、コーヒーで火傷したとか言ってたな。
「あの野郎、コーヒー飲みながら私の殺害依頼したな…」
これだから、ながら族は困る。大事なとこ噛んだせいで、私は『あつっ苦しい』死を遂げることになってしまうのだ。
「まあ、いずれにしても即死は回避してますから。後は時間稼ぎです。これから僕が、『ブラック・フット』の音声AIに攻撃を仕掛けます。バグによってAIが既存の命令を打ち消す誤作動を起こしたら、僕たちの勝ちです」
アラン博士は言うと、私に専用スマホを渡して、クレアを連れて離れた。
「守ってくれないのか!?」
「そのスマホは、ジャマーが搭載されてます。目標を誤認させて、あなたへの攻撃を多少反らすことが出来る仕組みです。しかし、屋根があるとこでは効果を発揮しないので、屋外でまず四時間。逃げ回ってください」
「四時間もか!?」
「最初の四時間が勝負です。ここで上手く行かなければ、作戦変更です。戻ってきて下さい。…幸いここはベガスです。屋外でも観光客のふりをすれば、四時間は時間をつぶせるでしょう。人が多いところの方がオススメです」
「くそっ…!」
なんてことだ。なんで私がこんな目に。四時間も外でぶらぶらしろだなんて、ハードボイルドにも無理だ。どうみても格好がつかないじゃないか。
『食糧や飲み物は、早めに確保しておいてください。一ヶ所にじっとしてないこと。移動しながらの補給がオススメです』
「分かりました博士…」
イヤホンで指示を聞いているが、げんなりである。住み慣れたこの我がリス・ベガスで、この私がホームレス生活だ。思わず泣けてくる。
「とりあえず何か食べておこう…」
次の四時間までに、クレアが必要なものを整えてくれるらしい。それまでは手持ちでしのがなくてはならない。確か、ピーナッツ持ってたな。それを食べようとしたら、口の中がピリッと痺れる。
「ぐえっ!これなんだ!?辛いじゃないか」
まさかの麻辣ピーナッツである。あのいけすかない店で買ったやつ。不意打ちで食べたので、咳き込んでしまった。なにか私に恨みでもあるのか。水だ。何か飲み物がいる。私が自販機を探しに広場へ出たときだった。
「あっ!ぶないゾウ!」
たっぷたぷのゾウが、尻からこっちへ落ちてきた。なんとローラーブレード履いてやがる。危なかった。麻ピー食べてなかったら、圧死である。偶然、位置を変えて助かった。
「まさか今のが、『ブラック・フット』の仕業か…?」
今のは完全なる事故である。しかし、その確率をAIが分析して、私を被害者にしていたら。あつっ苦しい死にかたを勝手にしたのは私だ。法的に誰の責任も問えない。
私は、とっさに狭い路地に隠れた。こいつは困るぞ。圧死も窒息死もごめんだ。ランスキーのやつ、偶然でとんでもない依頼をしてくれたものである。
出口を探そうとすると、通りへの右側の建物がなんと、レストランの厨房のようだ。何か事故が起きたのか、猛烈な蒸気が吹き出してきた。
「わーっ!ボンベが爆発した!厨房が火事だーっ!」
今度は、熱気か。蒸しリスになるのは、ごめんである。あと、二時間もあるじゃないか。先行きが、限りなく不安だ。