1. いかれた武装強盗
私がその『ブラックフット』のことを知ったのは、小さな雑貨店強盗に出くわしたときであった。とある張り込みの最中、ふとピーナツが食べたくなり、助手のクレアにその場を任せて、五分ほど持ち場を離れたのだった。よく知らないブロックの、よく知らない雑貨店である。
入店するなり、店主がじろりと睨んできた。明らかによそ者を歓迎しない顔だ。
「バタピーを探しているんだが」
と、私が要望を言うと、ブルドッグの店主はしばらく黙っていた。このよそ者め、と言いたいようだ。しかし、せっかくの客だと思い直したのか鼻を鳴らしてあごだけをしゃくってきた。あの薄暗いコーナーにあるらしい。しけた店だ。
「なんだよ、ナッツあれだけか」
いらだちを抑えながらも教えられた通りにいくと、私の好きなナッツ類がやたらに邪険にされている。おつまみコーナーの小さな一角にしか売っておらず、しかも一品しかない。
「麻辣ピーナツだと!?なんだこれは?どうして普通のバタピーを置かないんだい?」
私は思わず、憤慨してしまった。
ハードボイルドとして、当然のクレームである。いついかなる場合も、ハードボイルドは黙ってバタピーなのだ。このスクワーロウくらいになると、柿ピーだって本来は許せない範疇なのである。
しかし店主は、私のあからさまな愚痴を聞いていなかったのか、聞き流したのか、じっと黙ってこっちを見ている。このよそ者めととにかく言いたいのだろう。いっそ言ったらいいのに。つくづく最低な店だここは。
「もういい、分かった。…これでいい、包んでくれ」
と、私がしぶしぶ言ったときだ。黒いジャケットを着たリスザルの男が、入店してきた。なんか、怪しい。明らかに目が泳いでる。その男は夢遊病者みたいな足取りでこちらに来ると、懐から何か取り出した。まさかこの男、強盗か。
「かっ、金を出せえいっ!」
上擦った声で、サルは叫んだ。ぶるぶる手元が震えている。持っているのは銃かナイフか。いずれにしてもこんだけへっぴり腰じゃ、何も出来そうにない。
「ほっ、ほっ、ほっ、本気だぞう!もたもたするなっ!」
「君ねえ、ちょっと落ち着きたまえ」
振り向きかけて、私はぎょっとした。ん、何かがおかしい。あいつが持ってる武器、黄色くないか。やたら、でかいけど。
「君…それひょっとすると、バナナじゃないか?」
「そっ、そうだが!!!」
サル男は目を剥いた。何がそうだが!!!だ。紛れもなく、バナナじゃないか。こいつ、バナナで強盗しようとしているぞ。
「思わぬお手柄だったなあ、スクワーロウ」
ダド・フレンジー部長刑事が嬉しそうに言った。当然ながらバナナの武装強盗は簡単に捕まった。警察の到着を待つまでもない。と言うか私じゃなくても取り押さえられるんじゃないかと思ったが、まあ、怪我の功名である。
「しかし、犯人はなんでバナナなんかで強盗を…?」
「分からん」
私とダド・フレンジーは揃って首を傾げた。犯罪捜査に関わって数十年だが、こんな間抜けな武装強盗は見たことがない。よもや武器を出し間違えたのかなと思ってダドはサル男の身体検査を実施したが、奴はあのバナナの他はヘアピン一本持っていなかったのだ。
「なんだよっ、ちいっ、余計な真似しやがるよなあ…!」
聞こえよがしの嫌味が聞こえた。いらっとして振り向いたら、例の店主だった。なんだあいつ、せっかく助けてやったってのに。やっぱりバタピーを売ってない奴は変わり者だ。相手がバナナだから命拾いしたものの、あれが銃だったら、今頃大変なことになっていたってのに。
「チキショー!なんでだウキイイイイ!バナナでオッケーって言ったじゃねえかよおお!」
サルが憤慨している。バナナでオッケーってどう言うことなんだ。
「おいあんた!おれっ、弁護士を雇うぞ!おれ武装強盗じゃねえから!持ってるのバナナだからあ!」
あれだけバナナ持って粋がってた癖に、サルは浅ましく持論を主張する。
「そんなことは弁護士雇ってから弁護士に相談したまえ。それより、バナナを武器にした理由を話してみろ」
「いっ、いやだ!バナナが好きなんだ!バナナが好きだから、武器にしたんだ!」
「バナナで、オッケーって誰に言われたんだ?話さないとこのまま、武装強盗で懲役食らわすぞ!」
「きっ!きいいい!話します!話すから、バナナで許してえ!」
ダド・フレンジーが胸ぐらをつかみあげて脅すと、サル男は目を剥いて白状した。