エラーコードシンドローム
この世の殆どは科学の方程式での解読が可能。故に、人は科学より上を行くことはない。根っから行けないのだ。行けない。しかし、化学の力を借りれば多少の対抗手段は備蓄可能。
それを用いて動じない現実に抗いを購えば何が起こるかは結果次第で過程からでは測定不可能。
人間はそれを目の当たりにすればきっとおっかなびっくり摩訶不思議な現象として非科学を唄うでしょう。
この世界が科学だけでない夢のある世界線だと信じたい。
私は猟犬の眼でシャイニングスターを観察する。さっきの高速移動といい、しなやかな急旋回といい、科学や化学を知らない私でもさすがに近未来の技術を懸念する。補足の感想を付け加えるなら、きっとあの機体は心理学にも精通してると思う。行動のひとつひとつに恐怖心を煽る扇情が纏わりついている。
しかし、完全に弱点が無いと言う訳でもなさそうだ。さっきの作理練を仕留めるために大雑把且つ、慎重な立ち回りを披露したシャイニングスターだったが体勢を正常に立て直すのにかなりの時間を費やすらしく、今も尚、動きにおぼつきがある。それは操縦士、すなわち作理織成もまだこの戦術に不馴れであるということを暗に示している。きっとこれが唯一の最大にして最難な弱点。立ち回り次第では上手くいくかもしれない。私は早速計画を画策する。
客観的に観て位置関係を微妙、良くもないし、悪くもない。
今、シャイニングスターは私から見て二時の方角にて体勢を立て直している。もし、私の逃亡ルートを知っていたならこっちに銃口を向けるのも時間の問題。
変な汗が流れる。
ここには撃墜可能な武器もろくに無く、さっきの練の反応を見る限りきっとあれから放たれる殺傷能力の低い無数の弾に当たると即刻退場という暗黙の了解があるのだろう。もし、それが事実なら防御力の高い遮蔽物が必要不可欠。所々に抉れ、盛り上がったアスファルト構造の床を盾に活用できれば勝機はあるが・・・。
再確認した。私が完全に不利であることを。
鬼ごっこの修羅場に立たされた私は諦めの溜息を吐く。大量に取り込んだ酸素が、血流を倍増させる。そんな時だった。
「・・・あ・・・。」
心強い味方が現れた。私はそれを机の下からこっちに引き寄せる。そしてさらに・・・・。
何かが倒れる音がした。一瞬、居場所がバレたのかと過度な早とちりが脳の頭頂葉を刺激したが目と前頭葉はそれどころではなかった。
錆びた机の幕版が倒れた音だった。そしてその後には道が開けていてなんと部屋の中央部の目指すべき亀裂目に繋がっていたのだ。
心強い味方、原形崩壊寸前の案山子と抉れたアスファルト、そして完全に意図的に創られた活路。私は頭の中で凪いだ水が広がっていくのを感じ、練の余白を埋める。
「おいおい、体勢立て直すのに時間かかりすぎではないですかぇ?織成の旦那ぁ。」
練が懐にしまっておいた段ボールの欠片の匂いを嗅ぎながら呑気に言った。
「おいおい、たかだかのこのゲームで初心者を前にして無様に序盤敗退をかました挙句、強がっちゃって悔恨誤魔化しちゃってる匂いフェチさんにはお口を謹もらいたいなぁ。」
そう貶すと練はそっぽを向き段ボールを鼻先に大きく深呼吸をした。生意気な弟だ。いつからこんな性格になったのだろうか。
「はぁ・・・。」
今はそんなことはどうでもいい。後で余分を埋めるほど扱けばいいだけの噺だ。
さて、今俺は絶賛船体復元に苦戦してるわけだが、その間一切の音沙汰がない。俺がシャイニングスターに対して超不慣れであるという事実を鏡神の眼に焼き付けさせて、襲わせたところを仕留めるつもりだったがそう易々とはいかないらしい。液晶パネルに映る光景が平衡を完全に取り戻す。勿論、散乱したガラクタ以外何も映らない。
「・・・。」
画面の右下に小さく問題の写真を配置し自分なりにシナリオを想像する。かなり不気味に写真写りが悪いがこの足と多分胴体であろう白い影の傾き具合を考えるときっと目先の赤錆びた机の下にいることはほぼ確定だろう。あそこ以外に隠れられそうな遮蔽物は存在しない。目的地に銃口を向け、万が一に備えて右往左往させながら進行させようとレバーを押す直前に歪な物音が聞こえてきた。
真上から砂埃がひらりはらりと舞い落ちてくる。俺はそれを鉤ぎ落すように頭を掻き、音の出所を見上げる。それにつられて練も指に10枚以上の段ボールを挟みながら匂いを嗅ぐという獣のような所業を止めて見上げる。
もう既に音は止んでいたが、俺たちは声が出なかった。さっきまであったはずのアスファルト創りの天井が枯渇寸前の骨組みを残して無くなっていた。
アスファルトの盾を完成させた私は次に干し草か藁か何かで造られた左腕の無い案山子を更に破損が広がらぬように静かに且つ、強引に扱い、私の羽織を着せる。これでへのへのもへじ面の身代わり人形の完成だ。髪の毛擬きは流石に用意出来なかったけど何とかなるでしょう。私はシャイニングスターの様子を確認する。すっかり体勢を取り戻して正常に虚空を浮遊していた。ただ一切の動きはない。大量の大気を取り込む時特有のあの嫌な音も一つない。となるとあの二人は今きっと抜き取られた天井を見て唖然としているとかそんなところだろう。
「結構、大きい音出ちゃったし。」
そう呟きながら私は机のエッジ部分にアスファルト性防御壁を二枚立てかけ、大きめのもう一枚は私が自力で前方に掲げ、身の安全を約束させる。そして一気に三階へ通ずる階段を駆け上がり、一時休戦。久しぶりに手の凝った戦略を企てたけど衰えがなかったことに私は安堵する。
ただ、一つ想定外のことが・・・。
私は軽く顔を顰めて、アスファルト性の盾を少し持ち上げる。
「お・・・、重い・・・。」
意外と重たかった。これに関しては密度を削る道具がない以上仕方がない。筋力自体は大昔から弱体化はしてはいないからどうにかなると思う。
私が不老不死の肉体を得てからもう何年が経過したかはもはや測定不可能だが、長生きしてるうちに分かったことがある。どうやら、私の身体は不老不死になった当初のままらしく、その間、成長も衰退もしないのだとか。それに加え、欠如した部位や傷は深度によるけど時間をあまりかけずに完治するようになっているという随分と都合が良い造りになっている。ちなみに経験上、痛覚や感覚の自己操作はできない。そして脳自体は普通の人間とほぼ同じ。身をもって経験したことはしっかり覚えてるし、時間が経てば忘れる。ただ少しの相違を挙げるならば、記憶力が普通の人間と違って桁違いに良いということだろうか。今瞬時に思い出せる限りの時間を先日、たまたま千光家で見た昔とは大きく原形を変えた暦や日本の西暦を基準に逆算していくと訳2000年になる。つまり、私は2000年、もしくはそれ以上の年を生きているということになる。
そう考えたら今までよく精神崩壊一つ起こさずに生きてきたねと自分でも思える。これも不老不死であるが故の「力」なのだろうか。
そんなことを考えながら私は戦闘配置につくのだった。
あれから時間という概念を忘れていた俺はただ茫然と天井の穴を眺めていた。そんな時、一段と強い脳波が俺をビンタした。
「・・・っは、しまった!畜生、あのガキぃ、この俺に精神攻撃を仕掛けるなどとはぁ。無礼千万!」
俺は急ぎ液晶パネルに我を集中させ、状況を把握する。そんな俺を嘲笑する奴が一人。
「あっ、ちなみに俺はとっくに我に返ってたけど。くく、あの呆然とした顔、見物だったなぁ。」
これは拳骨が必要のようだ。とはいっても俺より練のほうが報連相が長けているのは事実、太刀打ちできない。そんな時の暴力ときたらなんと便利なことか。
反論の余地を見出せなかった俺は色々と諦めて、獲物の狩猟に気を回す。こうなっては第三者は声出しできない。何も聞こえなくなる。声だけを遮断し音だけを感知するようになるのだ。よくこれで母親に叱られた。・・・姉にも。
俺はゆっくりとシャイニングスターを前進させ、鏡神がいるであろう机に銃口と標準を合わせる。
天板から徐々に現れる床に視点を一点に集中させて、己の眼球を血眼に変化させていく。
変な汗が流れる。
そんな時、鏡神の着ていた丈の長い羽織が目に入る。蹲っている体勢で何か作業をしていた。俺は口角を歪める。
「ははぁ!鏡神ぃ!どうやら作戦実行までに準備が間に合わなかった様だなぁ!」
「あぁ、鏡神・・・。仕方ないな、今回は。」
練が完全に諦めモードに入ったのを横目に内心罵倒しシャイニングスターを獲物に急接近させる。
依然、鏡神はこっちの存在に気づいてないのか、丸めた体を小さく震わせ何かをしていた。俺はそんなマ向けな鏡神の尻に幾千ものBB弾を集中砲火する。
傘に雨粒が当たるような清々しい音が画面内から聞こえてくる。
「勝った。」
そう思い、体が飛躍しそうになるのを塞き止めるように俺はあることに気付く。
「・・・なんだこれ・・・?」
「ぁん?」
練も俺の変に閑静な態度に疑問と好奇心を抱き、顔を食い入る。
「これって・・・おいっ。」
シャイニングスターが俺たちに見せてきたもの、それは、
影武者だった。
ー欺瞞ー
填められたと気付いた時にはもう遅かった。
カメラを三時の方向に回すと、そこには、抉り取ったアスファルトを盾に背中に担いでこの領域から走り去っていく鏡神の姿があった。
「・・・っ!?待てっ!!」
私の存在に気が付いたシャイニングスターが無理矢理角度を捻じ曲げて、お得意の猪突猛進を披露する。肉体に着弾しない限り勝利は約束されないと知っているのか、乱射はしてこない。
ただ、速度に理性が籠っていない。まさに、怒れる獅子。
無防備な側面を狙っているらしいが、環境が入り組んでいるせいで中々回り込めないと奮闘している。
「押し通る!」
私は体が露わにならないように盾を真横にやや屈みながら階段を駆け上がる。壁がある死角に入ることができたら今度は盾を背部に展開し、そのまま捨て、落石へと転用する。そして私は三階の扉をこじ開ける。
俺はシャイニングスターの機関銃を階段を駆け上がる鏡神に標準を合わせてトリガーを引く。っが、あろうことか鏡神は背中に盾を構えていて全弾弾かれる。しかもあいつはそんな防御壁をも身代わり人形のように捨て、反撃をしかけてきた。回避に成功した頃にはもう鏡神の姿は無く、扉が強く閉められる雑な音だけが響くだけだった。俺はあまりにも緋想天外が過ぎる鏡神の作戦に絶句し、結果、そのまま逃がしてしまった。
「っぬっ、やられたっ!」
思わずコントローラーを放り投げたくなる程の激動をなんとか理性で押し殺し、代わりに近くにあった小さな炭を踵で潰し、円を描く。二階の戦場を掻い潜られるのは初めてではないが、今のはあまりのも惜しすぎる。悔しさが脳裏を襲う。手の握力に自然と力が加わり、手の中のコントローラーが軋む。
この心情に練のあの忌々しい、ニヤニヤした顔が空想に霞んで現れ、脊髄反射的に振り返る。
・・・っが、練は観戦にも飽きたのか、絵にもならない顔で寝ていた。
「そうだ・・・こいつ、長期戦、苦手な方だったな・・・」
特に思うことはない。むしろ好都合。集中を紛らわす奴がいなくなって快適だ。俺は深く深呼吸をして次なる案を考える。三階に逃げ込まれ、おまけに扉まで閉められてしまってはシャイニングスターでは対処不可能。とびらを開閉できるほどの握力と馬力を兼ね備えたアームなどこれに搭載してない。故に、
「逃亡者はここの領域内のすべての開閉物には触れてはならない」というルールが本来、第二条としての記載があるのだが鏡神には説明してなかった。今回は目を瞑るとして、大問題が一つ。今までこんな展開になったことがない。だから、こんな時の対処法も知らない、ていうか作ってない。
俺の集中力は未だ全然有り余ってはいるが、かなりの時間、直立したままだったから貧血で目眩がする。
練の寝ているクソ汚いソファーに腰掛けようと向き直る。
「古臭い廃墟だなぁ、まったく。」
苦笑交じり溜息を吐いていると、視界に割れた窓ガラスが目に映る。そして、周囲一体を見渡す。壁に取り付けられた窓という窓が全て割れていた。頭の中心部分に今にも孵りそうな卵がある感覚が生まれる。記憶の宝物庫の引き出しを鉤漁り、その暗記物の山から
「親父に告げられた取り扱い説明の記憶」を思い出し、空中にCGを映し出し、一部分の映像シーンを切り抜き再生する。
「・・・well,The range of this "Shining Star" is 100 meters.」
(ぇえと、シャイニングスターの射程範囲は、えーと、100mだ。)
そして次に俺は、つい最近まで壁に貼られていたが今はなくなってしまったこの建物の構造図を同じように引っ張り出し、眼中に投影させじっくりと見る。
「筒状構造。横幅30m。縦幅60mの四階建て。」
俺は全てを引き出しに戻して我に返る。そして、今回だけで何回作ったか分からない邪悪な笑みを浮かべる。
「すべての情報が定まった。これならいける・・・!!くっくっくっ。」
「はぁ・・・」
私は疲労で衰弱しきった体を今にも二つに折れそうな扉に預け、溜息を吐く。
考えに考え抜いたこの渾身の一撃が果たして今世代の技術力相手に有効だったかは判断できなかった。
けど、無事に窮地を切り抜けられた。
しかし、いつまでもここで呑気しているわけにもいかない。彼のあの強引な性格のことだ、またすぐにでも次の手を打ってくる。と思えども体が動かない。息も全く整わない。何故だろう。
そんな問い止めの無いことを考えながら重い体を起こし、辺りを見渡す。
「嘘・・・」
絶望が襲う。死に物狂いで駆け上がった三階、本来ならばひと時の安心感を煽る、そんなエデンの園のはずの三階、しかし、そこに広がっていた光景は・・・
「何も・・・無い・・・!?」
この部屋には物がなに一つ無かった。あるのは灰色のアスファルト創りの四角い空間のみ。
変な汗が頬を伝う。心拍数が一気に跳ね上がり、一瞬膝から崩れ落ちそうになる。子供の考えた遊びだったとは言えこんな方法で絶望したのは初めてだった。私は軽く頭を抱える。ここで負けたくはない。そう思った。私は鼻で大きく呼吸をし、改めて周りを見渡す。依然、変わらず何もない。
「・・・ん?」
悔しさがこの現状のありさまに壊死し、完全に諦めかけたそんな時、私は目先に聳え立つ茶色い箱の存在に気が付いた。目を凝らさないと視認できないくらいに影薄くそれは立っていた。私はそんな隅にて動かざる山へ歩み寄り、埃を払いのけようと手を水平に撫でる。段ボールだった。私は灰被りの段ボールを両手で掲げ、幾通りの未来図を想像する。
「・・・。」
(鋏があれば変化自在なこの段ボール。しかし、ここにはそれはない。攻撃手段にしてみようかな?摩擦で俊敏な動きができない。それだと改造に時間がかかるし・・・。防御手段っ!これを全身に取り巻いて防具に・・・これも時間がかかる・・・それに一人で製作するには腕が足りない。)
私は来た道を振り返って夕日が照らす四角い部屋に眺む。
「・・・。」
(そもそもシャイニングスターは一体何処から現れてくるのだろうか。あの大きさじゃ単独での扉の開閉は不可能・・・。他の侵入可能な回路は・・・窓・・・。・・・っはっ!?)
私は窓を無くして空を映す窓枠の数を数える。
「1、2、3、4、・・・10枚・・・。」
次に私は段ボールの山に向き直り、上から順に崩しながら数える。
「1、2、3、4、・・・12枚・・・。」
そして最後に私は窓枠と段ボールを翳し大きさを図る。段ボールは思いの他大きく、窓枠の大きさと完全に一致した。そのまま小枠に段ボールを引っ掛け、外を遮断する。そこからの行動力は我ながら凄まじいものだった。
「おいおい、なんだよこれ・・・。」
三階へ通ずる扉が封鎖されやむを得ず迂回して三階の窓から侵入するつもりだったのだが、新しく立ち入り禁止区域が生成されていた。10枚の窓全てが段ボールで覆われていて侵入不可能な状態になっていた。
「こんな奇策・・・普通じゃ思いつかないぞ・・・。」
感嘆と驚愕の苦い吐息が出る。いつの間にか目を覚ましたらしい練も液晶パネルに顔を覗かせている。
「いやぁ、たまげたなぁこりゃぁ。あいつでもそこまではしなかったし、そもそも三階に到達できた参加者今までにいないし・・・、流石にこれは同情するわ。」
練は肩に優しく手を添える。感情と性格の起伏が激しいこいつは時に優しさも見せてはくれる。いや本来はこの性格こそが正真正銘の練だったのかもしれない。
いつからそうなってしまったんだお前は。
俺は溜息を付き、目を閉じて、再び天下の宝物庫に身を投じる。
「おっ、お得意の・・・」
練の健気な声がするが鼓膜より先へは行き届かない。
ジャンル分けされた記憶の引き出しの間を図書館に居るときのように静かに歩く。別に音や騒音が許されない訳ではないが、そもそもこの空間には音の反響がない。真空かもしれないし、そうでもないのかもしれない。そもそもここでは音が鳴るのかも自分が呼吸をしてるのかさへ分からない。何も感じない、何も見えないが、眼中にはしっかり図書館に似た風景が見えている。上を見上げれば、名も知らない惑星が海中であろう空間を自由気ままに右往左往し、時に惑星同士がぶつかることもあるが超新星爆発一つ起こさずにまた何事もなかったかのように彷徨い舞う。目的の代物の入った引き出しを見つけて歩み寄る。
引き出しを開け、暗記物「十一か条の憶え」を引っ張り出す。そして自分の制定したルールを再確認する。
「十一か条の憶え」
・第一条「シャイニングスターへの攻撃は言語道断」
・第二条「逃亡者は全ての開閉可能なオブジェクトには触れてはならない」
・第三条「途中離脱禁止」
・第四条「フィールド及びオジェクトへの破壊行為禁止」
・第五条「被弾したら往生際良く結果を認める」
・第六条「火遊び禁止」
・第七条「仲間同士の喧嘩禁止」
・第八条「前もっての武器・火器の転用禁止」
・第九条「逃亡者同士の肉弾戦及び喧嘩禁止」
・第十条「首謀者に激動当たり禁止」
・第十一条「血涙は人の内の中で」
自分で考えた掟ではあるが毎日を過ごしているといつかは忘れてしまう。何故だか、忘れてはならない記憶が消えて、忘れたい記憶だけが永久的に残り続ける。それが人間。
この掟は裏を返せばほとんど首謀者である俺だけにメリットがある構造になっている。面倒ごとは避けたい。得たいのは勝ちだけ。そんな邪な考え方から出来上がったこの掟。想定外なことも、不測の事態も、何から何まで全てを見透かし、全てに対応できるようになっている。今回のライオンですら度肝を抜かす程の鏡神の戦術にも使い方次第では挽回可能。逆に今まで挽回できなかったことは一度たりともない。あいつにすら打ち勝ったんだ。簡単に覆されてたまるかってんだ。
俺は現実世界に戻り、液晶パネルに視線をよこす。
「お帰り。対策法は見つかってかね?」
練は俺と瓜二つな顔を歪めて微笑んだ。
「あぁ・・・これで挽回する。」
「よっ、さすがは一級フラウ建築士!言うことが違いやすねぇ。」
「・・・」
俺は集中していて聞いてないを装い後で絶対処すと宣戦布告をする。
おいつがどこまで、何里先の未来を見据えているか全く見当はつかないが果たしてこれに敵うだろうか?俺は封鎖された窓も前に沈黙していたシャイニングスターを浮上させる。目指すは最終地点の屋上。
「腹がダメなら、頭から土に埋めればいいのだ。」
人としてかなり難儀な苦肉の策ではあるが関係ない。そう俺は勝ちを目前に捉えた。
「ギリギリだった・・・。」
行動力お大幅に消費した私はその場にヘタレ込んだ。最後の窓を遮断する瞬間、シャイニングスターが丁度顔を覗き込んできたのだ。後一瞬遅ければやられていた。
「はぁ・・・息が整わない・・・へぁ・・・」
深呼吸が儘ならない。あまり過激な運動はしていないはずなのにどうして・・・?
私はゆっくり顔を上げる。3階。鉄製の文字盤はそう記していた。織成に虐められていたから疎覚えでしかないがこの建物、外見的に4階建てだった気がする。
「だとしたら・・・」
私は右斜めに口を開けている階段を見る。
「あれを駆け上がれば・・・」
私は壁を伝って体を持ちあがらせる。直立できたその時、私の眼に一縷のか細い光が照らす。
「眩しっ、なに・・・。」
段ボールの窓の隙間のおかげで成り立っている影の中に微量の光を反射させた何かがあった。
歩み寄り、それを拾おうと手を伸ばした瞬間、私の右手の甲に痛覚が迸る。
「傷・・・?いつついたんだろう・・・」
切り傷ができていた。負傷からかなり時間が経過してるのか血が雫となって手から滴り落ちている。それに加えてこの出血量、かなり深い。今この場に応急処置ができるような救急セットはない。私は何度も刺突されるような痛みに顔を顰めつつ光るそれを拾い上げる。
「硝子・・・の破片・・・?綺麗・・・」
私の人差し指の末節骨程の大きさのそれは一見では随分と歪な形に粉砕した破片そのもの。しかし、見る角度を変えてみれば見えてくるものがある。
「・・・鳥の脚・・・かな?」
亀裂一つ入ってない趾が確認できる。なんの種類の鳥だったかは判別できないが、鳥だってことには間違いなさそうだ。
私は意図的に光を帯びさせた鳥の脚を眺める。
綺麗だな・・・ここに置いていくには惜しいな・・・。
しばらく、と言ってもほんの数秒足らずだけどそれを眺め、私はポケットの中に脚をしまう。
段ボールで視界もろ共明度まで遮断されてすっかり暗くなりきった部屋を進み、階段を上る。
ドアノブに手をかけて、ゴールを目前に控えて時、私はフと思い出す。
「あの後シャイニングスター・・・どこに行った・・・?」
脈動が強く打ち付ける音で聴覚が鈍化していたがシュアイニングスターは侵入不可能と認識したあと音を消してどこかに去って去ったところは私にも認識できた。じゃあ、その後は・・・?
今日初めて会ったことだから確証はないけれど、織成の性格を軽く分析してみると、こう。
双子の兄弟同士の会話とシャイニングスターの操縦力から見て人当たりの強い横暴で時と場合によるが人にせよ物を扱うにせよ乱雑。けど学習能力は高く、故に順応も早い。これは今日の道徳の時間で筆跡したあの一文を読んで私への距離感と若干、応接対応とが変わったことを見て得た情報、自己完結型の結論。狡猾。といったところだろうか。昔のモンゴル団体兵を彷彿とさせる性格だね。このゲームのルールは少なくとも私は知らないし教えられてもない。しかし、この性格だ。有利な状況をいつでも展開されていてもおかしくはない。すなわち、先回りも可能。
私は未だに荒れている息を押し殺し、扉に耳を近づける。
「・・・。」
シャイニングスター特有の音はない。聞こえてくるのは、この建物全域に空いている穴からの隙間風の音のみ。
私に一つの策が脳裏を過る。しかし、理性が待ったをかける。
「よく考えてみろ死無き少年。これだけの分析をした貴様は薄々気付いてるであろ?あいつは行き当たりばったりではなく、どんな窮地からも脱せられる柔軟な頭を持った人間だと。思い出してみろ。長年の畢生ですっかり研磨された貴様の戦略術をこの短時間で何度打倒されかけた?第一、そんな行動にでりゃ貴様、一定時間身動きが取れなくなるんだぞ?」・・・っと。合点はいく。織成は今まで戦ってきたどんな強敵とも比肩できる程の実力、知能を持っていた。思い知らされた。この一時間足らずで。
「確かにそうかもしれな。けど、結果って結局・・・、やってみなければ分からないじゃん。私は未来を確実に当てるほどの超能力は持ってないよ。理性、君は見えるの?」
私の容姿を真似た理性は長い髪をいじる。癖まで同じ。
「見える?見るのではなく想像するのだ。今までの経験を糧に、よりよい功績を叩き出せるか。危なっかしく、先駆者のいない道を、想像の及ばない道を、進んで・・・自滅するのは目に見えてるだろう?最後まで何があるか分からないんだ。そのまま進んだ方が身のためだ。」
まるで失敗に失敗を重ねた人の言う台詞。利にはかなっているかもしれない。お先真っ暗な世界は結局最後の寸前まで先暗し。そこから先は・・・。約2000年、死に絶えることなく、休む間もなく半永久的に稼働してきた体と脳、そして私自身は得体の知れないそれをそう認識してきた。決して光の灯らない大道理は後ろへ後退しようが前へ前進しようが永久に暗いまま。ただ、選べるならば私は・・・。
「後ろへ進みたい。」
私はドアノブから手を放し、来た道を戻り始めた。進むにしろ戻るにしろ、結局のところ同じところを当てなく彷徨っているだけ。しかし、立ち止まっているよりはマシな選択だ。
理性はそれ以上何も言ってこなかった。
「・・・?私は今まで誰と話していたんだっけ?」
「・・・馬鹿・・・。」
俺は表情筋が狂乱状態に陥ったらしく、さっきからまともな表情に戻らない。夕日が照り付け、まるで遠い昔の記憶を観ているかのような感覚を彷彿とさせる光景が何とも快也。
そう、俺は今まで散々てこずってきた「後ろを取る」をついに成功させたのだ。迂回に迂回を重ねてようやく・・・嬉しくない訳ないだろう。銃口は常に一本道に伏せている。ここ以外に来ることなんてあり得はしない。
ー自信過剰ー
「・・・。」
念のため銃口を反転はせ、辺り周辺の様子を伺う。この建物の屋上に来たのはこのゲーム開催前の戦場の下調べの時以来ですごく新鮮味がある。新鮮味はあるが不可解なものもそこにはあった。
「・・・あの時はこんなものなかったが・・・。」
山吹色の日光をたんと浴びてほとんど蒸発しているのに未だ潤う深紅の色を帯びている水面跡。
一目瞭然、血痕だ。
辺り360度に陣を描くようにして飛び散っていたそれはいつからか現れた。ていうか、今初めてこの存在に気が付いた。ミステリーサークルとか言うやつだろうか。これを追って考えていると俺は他の怪奇現象をこの場で見たことがあると思い出した。独りでに物が勝手に動くだとか、突然照明が消えるだとか、写真に人型の生けぬ者が映り込んだだとかそいう類のものではない。何というかその・・・。何かしらを暗示するようなそんな怪奇。一階の部屋の片隅のとある壁に刻まれたダイイングメッセージ。二階のとある壁の大きな魔物にでも穿たれような壁の欠陥と神の道のような中央部に位置する家具の亀裂目。いずれも俺たちが以前三人で遊んだ時にはなかった痕跡だ。そして何より気掛かりなのが・・・。
俺は足元に転がる炭を足で潰し、弧を描く。
「火事跡・・・。」
つい先日、こんなニュースを聞いたことがある。早朝、食事を取ってるとは言え頭は未だ夢の中。そんな朝だった。
「今日未明、市内の身元不明の建物から「火が出ている。」と119番通報がありました。火はおよそ一時間後に消し止められ、焼け跡から数人の遺体が全身を強く打った状態で発見されました。火災原因は酷く損傷したガスタンクと視られ、警察は人為的な力が加わっていると視て捜査を進めています。」
疎覚えではあるが確かこんな感じのニュースだった。当初はまさかここだとは夢にも見てはいなかったが、こうして現実に露わになっている以上、ここには何かがあったのだ。つい最近まで。突如現れた怪奇がまるでそれらを物語っている。
俺は全身の震わせる。恐怖からではなく武者震いに近いものから。もしあの件に忌むべきあいつが関与していたのならば・・・。姉と親父の大切な誇りを奪い去ったあいつが。
「・・・。」
神々しい夕日が次第に夜へと変貌していく中、俺は嫌な予感に苛まれるようになってきた。
「遅すぎる・・・」
ゴールへの一方通行の扉から鏡神が一向に出てこない。ここに来て待ち伏せに鎮座してからもう随分経つのに音沙汰一つない。不意に、コントローラの左上のLEDライトが赤く点滅し始める。稼働限界が近くなってきた。シャイニングスターは内部にオーバーテクノロジーと呼ばれるに等しい機関を装備している。それらを稼働させるためには充電に約半日を費やす程の膨大な電力がいる上にそれ相応の電力を消費する。故に最大稼働時間は約二時間。そして残された猶予は後三分。夕日が建造物の隙間から辛うじて見える水平線の向こう側に消えていく。一部の空色が紫色に代わる頃、俺は咄嗟に後ろが気になった。
気配がしたのだ。
「マジか・・・。」
光の角度の事情で色々な影が無理矢理引き延ばされる。そんな数ある影の中、明らかに不自然な動きをする影があった。俺に寄っかかるような体勢で観戦していた練が変に睫毛の長い瞼を震わせながら多少興奮気味になる。
「すげぇ、すげぇぞこいつは・・・。前人未到の快挙を成し遂げた・・・!」
練は一二歩後ずさり、鏡神に戦果報告をするために屋上へと駆け上がっていった。俺はシャイニングスターを着陸させ全システムの電源を切る。俺は今まで練の座っていた小汚いソファーに腰を下ろし、溜息を吐く。
「・・・はぁ、負けた・・・。」
鏡神の戦術にはとくと驚かされるものばかりだったが。最後の戦術には流石に肝を貫かれる。なんとあの後、そのまま扉から出ることを寸のところで踏みとどまり、後退して、段ボールで塞いだ窓から壁を攀じ登って屋上にまでたどり着いたという。一歩間違えれば命の保証はない無謀な作戦、誰も思いつかないし、仮に思いついたとしても実行しようとは到底思わないだろう。多少の躊躇はあっただろうけど最終的に行動し、馬鹿兄に勝った。想像しただけでも手に汗握る。彼には、可能性がゼロでない限り思いつくことはやってみるという凄味がある。
「いやぁ、滾るなぁ・・・、興味が沸くなぁ・・・。」
俺は帰路を辿る鏡神の背中を眺めながら興味を口から出す。氏曰く、姉たちが心配するから帰るとのことだった。
織成は顔面を過度に俯かせながらシャイニングスターを収納する。
「まぁ、まぁ、そう悲観すんなって。「勝」もあれば「負」もあるんだ。それぐらい受け入れろよ連勝してたんだしさぁ。」
人によっては煽情、侮辱の一点張りに聞こえるかもしれないがこれでも一応褒めてはいる。
「・・・うるさいっ。」
織成の棘のように跳ねている髪の毛の間から威圧を帯びた眼が覗く。一瞬圧倒され、全身が震える。
「・・・何かあったか?」
織成と双子の兄弟といて人生を歩み始めて12年。それだけの時間行動を共にしていて段々知れてくるものがある。その一つがこれ。
織成がこんな黒い空気を出す時は大抵かなり深刻な話がしたい時だ。何かを俺に訴えかけている時だ。
織成は刺々しい前髪をやや強めに引きながら、かなり小さくなった鏡神の後姿を狙撃するかのような鋭利な眼差しで見据え立ち上がる。
「お前気付いたか?」
「何を?」
「お前があいつを屋上から引っ張り戻した時、あいつの右手の甲の部位に出血する程の深い傷があったんだ。」
織成は右手の人差し指を鏡神の背中に向けて左手で右手の甲に傷を意味する曲線を描く。
「確かに出てたな。血。そのことは鏡神には言ったけど別に気にはしてなかったぞ?」
「気にしてるか気にしてないかはどうだっていい。問題はな、」
強い風が俺たちを包む。それに煽られた髪が目に入りかけ反射的に目を閉じる。次目を開けた時には織成は俺に向き直っていて、角膜スレスレの所で揺れているクセ毛の一部をもろともしていない。
「あいつ、さっき帰る時、後ろ向きながら右手で手ぇ振ったろ?あん時にはもうその傷はなかった。」
「・・・は?」
一瞬、処理が追い付かなくなり軽く放心状態になるがフと過去の記憶が蘇り愕然とする。
「はっ、ははぁ?そんなっ、えぇ!?嘘だろ・・・。なっ、なぁ、もう一度、あいつの特徴を、もう一度聞いてもいいか?」
正直こんなこと、信じたくない。織成は無表情の顔に怪訝を深めて語る。
「・丈の長い黒い衣服で全身を覆っている。
・背は150㎝前後。
・長髪。
・声色が若干高い。
・瞳が赤い。
・日本刀を所持。(鞘に固定されていて抜刀はできない模様)
・人間離れした自己治癒能力。・・・っだ。」
俺は片目を片手で抑える。葛藤を抑えようとする。「身長150㎝前後」・「長髪」・「声色が若干高い」は特徴通り。その他の「瞳が赤い」・「日本刀を所持」に関しては素人でもカモフラージュ可能。
そして決定的な証拠・・・。
「「人間離れした自己治癒能力」・・・これが決定的証拠・・・。」
織成は憎悪と憎しみに歪んだ真顔を空を見上げる。俺はただただ信じたくない。今日だけで強烈なインパクトを俺たちに残した鏡神が、俺を一日で惚れさせるに至った鏡神が、俺たちの、
姉の命と父親の名前を奪っい去った張本人であるかもしれないということを。
鼻息を荒くしている俺を横目に織成は一瞬強く目を閉じて、大きな溜息を吐く。
「はぁ・・・、まぁ、もしかしたら俺の見間違いかもしれねぇし、第一、あいつは俺の顔を知っている。覚えているならこう、ノコノコ再び顔を出すことなんてないしな。俺ならしない。」
そう言いながらシャイニングスターを収容した「空母」と命名されたランドセルを肩に担ぎ、立ち上がる。そして疲れ切った顔を俺に見せながら言う。
「帰るぞ。帰ってコーヒーの一杯でもやろうぜ。」
馬鹿兄は歩き出す。こういうところだけはまともなのだがな。俺は俺なりに納得をつけ安堵の意を込めた息を吐く。そして馬鹿兄の背を追う。
「それ以外もこうであれば好かったものを・・・。」
すっかり暗くなった夕空の下、私は一人帰路をたどる。歩いている最中、身代わり案山子に着せた際に刺さった矛先の尖った藁が肉体にも浸透してきて掻痒感を煽る。
あの後、練には
「お前に惚れたぁ!!」
と懐かれ、織成には
「俺の完全無欠の戦略を超える存在がいてはならぬ!」
と私の行った苦肉の策の構造を根気強く徴収してくるものだから疲労が半端じゃない。しかし楽しかった。そして嬉しかった。現代に至ってようやく設定上の同年代の子達と友達になれて本当に嬉しかった。横社会の関係。心強い仲間、いざとなれば心の拠り所になる友達ができて嬉しかった。
明日もまた会える。そう考えると胸が熱くなる。憂鬱と思える日々も友達と与太話をしていればいずれ忘れられる。昔の私の教え子たちが満面の笑みで友達について語っていたあの時の気持ちがわかった気がする。私は胸の前で両手を握りしめ、空を見る。
「・・・大切にしていきたいな。」
紫色の空には一番星が輝いていた。
「ん・・・、傷が癒えてる。」
「全生物の持つ「核」に迂闊に触れるとペナルティーが・・・」
どうも、最近プラモデル作りにハマっちゃって生活リズムがゲシュタルト崩壊し始めている
有機物の轆轤輪転です。身体は大切にしたいです。
お久しぶりです皆様。そしてまた逢う日まで。