終演:類は友を呼ぶ
類は友を呼ぶとはよく言ったものだ。趣味や考えが合えば、必然的にその人達は仲間になる。自分と先輩もそうだと思っていた。
「先輩!!」
先輩は違ったのだろうか、いつも『お前は俺と違って優秀なんだから、もっと上へ行けるだろう』と言ってくれていた。僕からすれば、先輩だって優秀な刑事だし、尊敬している。ずっとバディとして事件を共に解決して来た。
「はぁ…はぁ…」
でも先輩は一人で行ってしまった。分かっているのは中央区ヘ向かった事だけ。
(必ず…追いつきますから…)
そう決意し、瑠偉は再び走り出した。
……………………………………………………………
一段一段ゆっくりと階段を降りていく。
(…ここか)
階段を降り終わると一枚の扉が目の前にあった。
(この先に…今回の事件の黒幕が…)
或いは何も無いか。率仁は拳銃を抜き、警戒しながら扉を開けた。閉まるときに少し普通と違う音がした。
「………」
(誰もいない…)
拳銃を構えながら、周囲を見渡す。コンクリート打ちっぱなしの見渡す限り灰色な部屋だった。
(やっぱ、ハメられたか…)
「お待ちしてました」
「!!」
(しまった!)
緊張が緩み、油断していた。率仁は急いで声のした背後を振り返る。
「誰だ!」
振り返ると真っ黒のスーツを着た一人の男が立っていた。
「まぁまぁそう焦らずに」
男は言葉を続ける。
「僕は神重始と言います。部下からはレオナルド、と呼ばれています。まぁコードネームの様なものですが」
「部下…お前が最近の薬物事件の黒幕か」
「えぇ」
(なんだこいつ…)
腹の底が見えない…こんなにあっさりと認めるとは…
「ここへ貴方が来たということは、南田さんは望みが果たせたのですね」
「…あぁ?」
望みだぁ?
「何が望みだ!人ひとり死んでんだぞ!」
「南田さんが望んだことです、しかし薬のケースに入っていた住所を頼りにここへ来るとは、優秀な刑事さんですね」
「………」
(聞いちゃいねぇ…)
だが自白したような物だ、このまま連れていけばいい。
「とにかく、署まで来てもらおうか」
「まぁそう焦らずに、少し話をしませんか?」
「犯罪者と話すことなどない」
「釣れないですね…」
そうだなぁ、と男…神重は続ける。と次の瞬間、神重は拳を振り上げ、俺の前まで移動してきた。
「―――!」
(…しまった!)
反応が遅れる。がその拳が振り下ろされることはなかった。
「なるほど…」
神重がニヤリと笑う。
「貴方は幼い頃、虐待を受けていた。違いますか?」
「!!!!」
な、何で…
「まぁそれはどうでもいい。それより、話をする気になってくれましたか?」
「………」
(どうする…)
気は進まない、さっきと言動からして、俺の過去を深く知っている訳では無さそうだ。ここで話さなくても署で聞けばいい。
「あ、ここで話さないのなら署に行っても黙秘します」
「…てめぇ」
(聞くしか…なさそうだな)
……………………………………………………………
「ここに居る間は何でもお答えしましょう」
と神重は言った。だったら…
「お前たちは何者だ?あの薬はなんだ?何を企んでる!」
「一気に聞かなくても大丈夫ですよ、ちゃんと答えますから。まず、僕達は『ダ・ヴィンチ』と言う組織です。私はリーダー、レオナルド。数はおよそ100人ですかね」
「ダ・ヴィンチだからレオナルドってか」
「えぇ。知っていましたか?『レオナルド・ダ・ヴィンチ』というのはフルネームではなく『ヴィンチ村のレオナルド』と言う意味なんです」
(知るか)
雑談など興味は無い。
「それで、あの薬は何なんだ?」
「僕の目的の為に必要なものです」
「は?」
「人は毎日、小さな嘘を吐いています」
「何の話だ!」
「貴方もです」
怒鳴る率仁に構わず神重は続ける。
「何故でしょうか、それは自分を守る為です」
(自分を…守る…)
「さっき何故貴方が虐待を受けていたと分かったか、お教えしましょう。貴方は僕が拳を振り上げ近づいた瞬間、目を瞑った。これは過去に虐待や暴力を日常的に受けていた人物に見られる特徴です、反応を見る限り、暴力を振るっていたのは父親でしょうか」
「………」
(やっぱ、まだだめか…)
振り切ったつもりなんだがな…
「そこで僕の開発した新薬です!」
しまった、相手のペースに飲まれるな!スキを見て確保しなければ。
「新薬は現状三種、『モナリザ』これは使用者の中にある負の感情に制限をかけ、思考をプラス方向ヘ向かわせます。中毒性がありますが。そして『ヨハネの黙示録』通称ヨハネです。これは嫌な記憶、忘れたいことに蓋をして頭から綺麗さっぱりなくしてしまいます。中毒性もありません。そして、自分の判断を『最善の選択』として、盲目的に信じる、例え間違った選択でも」
(ここ最近の奴らは『ヨハネ』ってのを飲まされたってことか)
「そして僕の最高傑作『最後の晩餐』。食事前に服用し、食事時に胃酸の酸度が変わることで中の成分が体内に広がり、死に至ります。ただ生産が非常に難しく、現状全部で十三錠しかありません」
「死に至る…それを南田が望んだってのか!」
「えぇ、彼は疲れていたようですから」
「それでも止めるだろ!人として!」
死を後押しするなんてどうかしてる。
それを聞くと、神重はまたもニヤリと笑う。
(…嫌な顔だ)
「へぇ…この世に絶望し、終わらせたいと願うものに、『生きて頑張れ』と言うのが正義なのか?『もう頑張らなくて大丈夫』こそが求めている言葉じゃないのか?」
「それは…」
例え望んでいても見殺しには出来ない。
「貴方だって、一度くらい、『死んでしまいたい』と思ったことがあるでしょう?」
その言葉に一瞬思考が遅れる。
「………ある」
一度じゃない、何度もあった。
「だったら…」
「でも俺は死なずに生きている!生きていればいい事だって必ずある!」
生きていたから、波奈にも瑠偉にも出会えた。その出会いを良かったと思えた。
「結果論でしょう、それでも救われない人はいます。世の中には死にたい人、死んだ方が良い人がたくさんいる」
「それでも…」
俺は拳銃を強く握る。
「僕は、生きることも死ぬことも平等な世界、『生きやすく、死にやすい世界』を創りたいんです」
「生きやすく、死にやすい?」
「えぇ、だって、産まれる事は自分では選べない、基本、死ぬことも。でも死なら選ぶことが出来る。生と同じく死を身近にする。それが僕の目的です」
「ふざけてんのか」
「本気です」
「だったら逮捕する、今までの会話も録音させてもらった」
そう言うと神重は少し驚いた顔をした。
「過去を思い出させれば動揺して、まともな判断が出来なくなると思ったんですが…優秀な刑事さんですね」
ですが…と神重は続ける。
「もうここからは出られません」
「何?」
「この部屋は今ガスが充満しています。入口は細工してあるので、内側からは開きません」
(…入った時の変な音はそれか)
確認するべきだったな。
「そして仕上げです」
神重はおもむろに拳銃を取り出す。
「今から貴方を殺します。もちろんボイスレコーダーも破壊します。まぁ、引き金を引けば、その火花で着火し、この部屋は大爆発でしょうが」
こいつ…自分ごと証拠を吹き飛ばすつもりか
「そうなる前に、お前を撃つ」
「そうなれば貴方も大爆発です」
「だろうな」
「貴方と、貴方が出会えた人との明日を失う事になります」
脳裏に瑠偉、波奈、そして他の皆の顔が浮かぶ。率仁に迷いが生じる。
(だがここで破壊されるより、外に情報が出る確率は上がる。情報さえあれば瑠偉が…あいつらがなんとかするだろう。)
「このボイスレコーダーには、多くの人の可能性が掛かってる。その可能性を守る為なら」
もう迷いはない。率仁はゆっくりと引き金に指を掛ける。
「俺は明日を諦める」
(じゃあな)
最後に瑠偉の声が聞こえた気がした。
……………………………………………………………
雨が降り出した。
「先輩!」
(何処だ!何処にいる!)
瑠偉は率仁を探していた。未だに手がかり何一つ掴めていない。それが瑠偉を焦らせていた。
(恐らく先輩は事件の真相に迫る何かを見つけたんだ、それで中央区に来た)
誰にも伝えず、一人で。
「ックソ!」
(何で言ってくれなかったんだ…)
思考がぐるぐると巡り、どんどん苛立ちが募る
(落ち着け!先輩が言ってただろ!俺は『優秀な刑事だ』って!)
そう言い聞かせ、自分を律する。
(恐らくここまでは車で来ている。そして呼び出された訳ではない、と思われる。遺留品から手がかりを見つけたとすると、よく見ないと気付けないサイズ…紙か!となると住所が書いてあったのだろう…隠れ家にしている場所であれば……雑居ビルだろうか)
「よし、捜索再開だ!」
先輩!今行きます!
………数十分後…………………………………………
(…まだ見つからない)
数十分は経っただろうか、雑居ビルと思われる場所を回っているが先輩はいない。
(………ん?)
あの車…瑠偉は目に止まった車に近づく。その車のナンバーは率仁の車と同じだった。
(やっぱり!先輩の!)
つまり…瑠偉は目の前にある雑居ビルに目を向ける。ツタに覆われ、よく見えない。
(ここに先輩が…)
入口を見ると、地下へと続く階段だけツタが払われている。
(この先だ!)
瑠偉は急いで階段を降りる。少し降りると扉が見えてきた。瑠偉は残りの段をジャンプで飛ばし、扉を勢いよく開いた。
(!!)
中を見ると先輩と見知らぬ男が向かい合っていた。
「先輩!」
そう叫ぶのと、率仁が引き金を引いたのが同時だった。瑠偉は爆風で後ろへ吹き飛ばされ、部屋の中は炎に包まれた。
「率仁先輩!!」
燃え盛る炎と降り注ぐ雨の音だけが、辺りに染み渡った。
……………………………………………………………
雑居ビルの爆発から、半月が経った。あれから、先輩は目を覚ましていない。科捜研などによれば、僕が扉を開けた時、室内のガス濃度が下がり、即死は免れたらしい。回収されたボイスレコーダーを頼りに、『ダ・ヴィンチ』のメンバーは半数程か逮捕された。他も時間の問題だろう。先輩と居た男…本名神重始は、その場で死亡が確認された。後に発見されたアジトからは、新薬が大量に押収された。
「先輩…何で一人で行ったんですか」
分かっている、先輩の事だ。確証が無い情報で周囲を振り回したくなかったのだろう。
(それでも…)
それでも言ってほしかった。迷惑なんかじゃない。
「こんにちは」
「あ、こんにちは」
扉が開き、一人の女性が入ってくる。先輩の恋人の高根波奈だ
「毎日すいません」
「いえいえ、自分がついていればこんな事には…」
「率仁、一人で突っ走るタイプだから、遅かれ早かれこうなってたと思う」
波奈さんとは何度かここで会っているが、しっかりと話すのはこれが初めてだ。
「また何も言わずに行ったんでしょう?」
「はい、伝えてくれれば…」
二人がそんな話をしていると、率仁の指先が微かに動いた。
「先輩!」
「率仁!」
ゆっくりと率仁が目を開く。
「ったく、うるせぇんだよ、楽しそうに話しやがって」
自分の事を誰かが楽しそうに喋っている。口にはしなかったが率仁にとっては限りなく嬉しい事だった。
「…ありがとな、瑠偉」
「!!はい!」
感極まって瑠偉が泣き出す。
「ちょっと!私は!?」
「分かった分かった、ありがとう、波奈。おい瑠偉、泣きすぎだ」
「ずびまぜん」
三人の楽しそうな笑い声が部屋に響いた。
神重 始
薬物密売組織『ダ・ヴィンチ』の首領。人を見る目に長けており、それにより率仁の過去にも気付いた。『生きやすく、死にやすい世界』を創ることを目的に活動していたが、死亡。高校の時に母を庇って父親を殺害している。