前奏:一匹狼
一匹狼とは、弱くて群れから追い出されてしまった狼の事を言うらしい。
つまり、本来俺の様な人間に使われるべき言葉な訳だ。俺、大紙率仁は警察官である。組織犯罪対策部、番号で言うと四課の所属だ。
「先輩!会議始まりますよ!」
と言いながら一人の男が近づいてくる。
こいつは後輩の宵友瑠偉同じ所属で現在バディを組んでいる。腕っぷしだけの俺とは違い、頭を使って行動出来る優秀な奴だ。
(なんでこいつが俺と組んでんだか…)
もっと上にいけそうなものだが、組織ってのは難しいな。
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現在、組対は最近多発している薬物事件の捜査に乗り出していた。
「今月だけで、既に四件の報告があった。科捜研によれば容疑者の症状から見るに、全て同一の薬だそうだ。」
課長である琴弦始が言う
(そこで俺らに回って来たわけか)
同じ薬物となれば組織犯罪の可能性が高い。
この件の発端は一ヶ月前、一件の事故から始まった。自動車の暴走事故、死者は出なかったものの、繁華街な上に休日だったため負傷者20人と大きな事故となった。車に乗っていた容疑者を確保後、言動が不自然だったので薬物検査をした所結果は陽性、事件は薬物使用者による暴走事故、と断定され、捜査は終了した。
だが事件はそれで終わりでは無かった。暴走事故から一週間後に起きた強盗事件だった、宝石店二店に侵入、店員を脅し金品を奪って逃走したが、二時間後逮捕された。そしてその容疑者からも前回の暴走事故の容疑者と同じ薬物が検出された。その後発生した殺人未遂、窃盗の二つの事件の容疑者からも同様の薬物が検出され、組織犯罪の疑いがある為、率仁達組織犯罪対策部に回されたのである。
(どれも同じ薬ねぇ…)
資料によれば、既存の薬物とは合致しない、いわゆる"新薬"らしい。
「今回の事件の共通点は、取り調べ時の容疑者の発言である、百木」
最初の暴走事故の容疑者の担当の百木和海が答える。
「はい、容疑者は口を揃えて、『自分は、自らにおいて、最善の行動を取った』と供述しています。それ以外はバラバラです」
「との事だ」
(最善、ね…)
何言ってんだか、薬の影響か?どんな薬なんだか
「では引き続き、捜査に当たる。大紙、宵友最後に起きた窃盗事件の容疑者の取り調べを頼む」
「はい」「はい!」
「それでは解散!各々の捜査に戻れ!」
「はい!」
捜査員の声が会議室に響いた。
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「誰から薬を買った?」
俺らは言われた通り、窃盗事件の容疑者の取り調べをしていた。
容疑者は赤成交、28歳。去年仕事をクビになり、現在無職。その後はSNSで知り合った奴らと遊び歩いていたらしい。『理不尽なリストラだったらしいですよ』と瑠偉がここに来るまでに話していた。『聞き込みによれば、自分が無い、と言うか、人の意思に流されやすいタイプらしいです。』とも。
「………」
当の赤成は黙ったまま何も話そうとしない。
三回目の取り調べだが、今まで答えたのは『どうして犯行に及んだか』に対する『最善の選択』のくだりだけ。今までの担当が折れて俺達に担当が来たわけだ。『聞き込みによれば、自分が無い、と言うか、人の意思に流されやすいタイプらしいです。』とも。
「瑠偉、変わる」
「どうぞ」
俺はじれったくなって取り調べを変わってもらう。
(さてと…)
かと言って何も話さないんじゃ聞きようが無い。
(う〜ん………あ)
「なんで"最善の選択"だと思う?」
「………」
「自分で考えたのか?」
「………」
「薬のお陰か?」
「………」
「それとも…"誰かに言われた"のか?」
「違う!」
そう言った途端、赤成は机を勢いよく叩きそう叫んだ。
「自分で!自分で考えたんだ!誰かに言われてなんかない!」
そこまで喋った後にハッとした様子で赤成はまた椅子に座る
(掛かったな)
薬物使用者は自分の弱い部分を忘れる為、隠す為に薬に走ってしまう事が多い。
(こいつもその一人だった訳だ)
「喋れるじゃねぇか」
「………」
「今更黙っても無駄だ。さぁ」
率仁は赤成の隣に移動し、机に手をつき前かがみで近づく。
「包み隠さず、話して貰おうか」
大紙はニコリと笑いそう言った。
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そこからはすぐだった、一度負けだと認識させれば人間はそいつに従わざるを得なくなる。
「これは大きな進展ですよ!」
琴弦課長に報告に行く途中、瑠偉が言う。
「そうだな」
今まで何も喋らなかったから、喋らせただけで進展だ。
「報告します!」
意気揚々と瑠偉が言い、それからこちらを見る。
(…あぁ、俺が言うのか)
「えぇ、聞けたのは大きく二つ。先ず一つ目、赤成は『ルネサンス』と言うバーで薬を購入したそうです。」
「場所はこちらです」
瑠偉がタブレットを琴弦課長に渡す。
「うちの管轄内だな…それで?」
「二つ目ですが、当時赤成は路頭に迷い遊び歩いていたそうです。バーもたまたま入ったらしくその時声を掛けてきた男に薬を進められたと証言しています。」
「それでその男は?詳細な情報はあるのか?」
(まだ途中だっつうの)
「んんっ、酒に酔っていた為、定かでは無いのですが薬は『ヨハネ』と言う名前で一度しか服用していないらしいです。なんでも、一回飲めば効果は継続するようで…効果の方は『飲んだら嫌なことも心配事もモヤがかかったように頭の中から消えていき、とてつもない多幸感で満たされた』と供述していました。それからも何度かバーには通ってその男ともあっていたそうです。男はというと仲間がいるのか、複数人でいることも多く、その際は一緒になって飲んでいたそうです。」
「なるほどな、しかし『一度しか服用していない』か…」
そこは俺も疑問だった、薬物っていうのは中毒性がつきものだ、それを一度しか服用していないとなると…
「嘘の供述をしている?」
「いや、嘘をつくほどの余裕は無かったはずだ」
なら中毒性が無い薬?うーん…
「とにかくその『ルネサンス』と言うバーについて他の捜査員にも伝えておこう」
「「ありがとうございます!!」」
「大紙」
「はい」
その場から離れようとすると課長から声をかけられる。
「今回は見逃すがあの事情聴取のやり方は後々問題に成りかねない、注意してくれ」
「はい」
バレちまったか…今後気をつけるか。
その後、他の捜査員へと情報が回り、被疑者全員がルネサンスと言うバーへと言っていたことが分かった。更に居るのはいつも水曜日で『尾桐』と名乗っていた事も分かった
「これらの事から、尾桐と名乗る男とその仲間と思われる奴らは今週の水曜日、つまり明日もバーに居ると考えられる。よって明日、現場に踏み込む!」
すぐに逮捕状が出され、明日踏み込み調査をすることになった。
(なんだか話が上手く進み過ぎだな…)
少しの違和感を覚えたがすぐに忘れ、その日は自宅へ戻った。
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「ただいま」
「おかえり率仁。お風呂、沸かしといたよ」
そう言って出迎えてくれたのは現在同棲中の恋人、高根波奈。中学校からの幼馴染で付き合ってかれこれ四年程になる。
率仁は風呂に入ると、今日の事を振り返っていた。
(しかし、またあんな取り調べ方しちまったな…やっぱ瑠偉の方が向いてんじゃねーのかな)
それはさておき、問題は明日の捜査だ。
(どうも上手く進み過ぎな気がするんだよなぁ瑠偉は『捜査が順調なのはいいことじゃないですか』つってたけど…)
風呂から出ると波奈が声を掛けてきた。
「大丈夫?なんかあった?」
「んん、あぁ大丈夫大丈夫」
「そお?ならいいけど、なんかあったら言ってね」
波奈はそう言いながら率仁に少しの間抱き付き、夕食の準備に戻っていった。
「あ、明日の夜大きな捜査になるから先に寝ててくれていいぞ?」
「うん、分かった」
波奈は鼻歌交じりで返事をした。包丁とまな板が小気味良いリズムを奏でる。
「率仁くん、一人にすると心配だから」
「俺のどこが心配なんだ」
「今も怪我してるでしょ?」
「う…」
「だから、私が付き合ってあげる」
「…そうか」
俺達はこんな調子で付き合い始めた。今思えばあの時の波奈の台詞は照れ隠しだったのかもしれない。(少なくとも俺はそうだ)
夕食を食べ寝室へ行く。
(明日、売人達を一掃できれば、事件解決に大きく近づく)
そんなことを考えながら、率仁は眠りについた。
大紙率仁
本作の主人公。幼い頃、父親から虐待を受けており、それ故に単純な力ではなく、言葉の力で生き抜いてきた。しかしそれが狡く、卑怯な手段だと認識しているため、周囲とは距離を取ることが多い。
宵友瑠偉
率仁のバディ、優秀な警官で出世まっしぐら。だが本人は『率仁さんは自分にないものを持っている』とバディを組み続けることを望んでいる。
高根波奈
率仁の恋人。率仁が過去を唯一打ち明けた人物。
その為率仁の事をよく心配している。