01.04.性徴期性反転症候群
突然再婚すると言い出した父さん。選んだ相手は、何と凜愛姫のお母さんだった。近くで見ると、凜愛姫がそのまま大人になったみたいな人で、よく父さんなんかがこんな綺麗な人と結婚できたな、なんて思ってしまう。
この日の凜愛姫はとにかく楽しそうで、彼女が笑うたびに胸に衝撃が走って……、勿論、嫌な衝撃なんかじゃなくて、寧ろ心地よいというか……
「ねえ、透って彼氏いないの?」
「だからそういう趣味はないって――」
「冗談よ」
「もう、止めてよね、そういうの」
「……じゃあ、彼女は?」
この日初めて見せた不安そうな表情。この日というか、こんな表情は始めて見たかな。
「いないよ」
「本当?」
目を大きく見開いて詰め寄ってくる。ち、近いって。
「彼女どころか友達だって居ないから」
「そっか。……私もいないから。彼氏とか」
「そう……なんだ」
「うん。同じだね、私達」
半年間、状況が変わってないかずっと心配してたんだ。だって、こんなに可愛いんだもん。でも、いないんだ……
「ねえ、初詣……一緒に行かない? 二人で」
「うん、行こうか、一緒に」
行きたい。凜愛姫と二人で。
でも、この約束が叶うことはなかった。
性徴期性反転症候群
この年の年末、首都圏を中心に、そして僕と同じ世代を狙ったかのように奇妙な病気が蔓延した。
最初はインフルエンザを疑われていたんだけど、高熱が5日間続き、解熱した時には女の子になっていた。女の子っぽくじゃなくて、本当に女の子に。外見は勿論だけど、体の中まで変わってたんだ。これは、僕みたいに患者が男子だった場合。女の子の場合は反対に男子へと変わってしまうんだとか。
大人は感染しても発症せず、小さな子どにも症状は現れない。ウィルス自体は変異を繰り返し、初期に感染した患者ほど症状が重く、2月になってから感染した人は殆ど症状が現れなくなったんだとか。それでも、男女を特徴づける部分が大きくなったり小さくなったりというのはあったみたいなんだけど。
僕は、パーティーの翌日に発熱が始まり、4日経っても解熱しないことから入院することになった。そしたら、血液中から未知のウィルスが見つかって、そのまま隔離。僕だけじゃなくて、同じ様な症状を訴える人からも同じウィルスが見つかり、みんな纏めて専用病棟に隔離されたんだ。
退院できたのは、1月の末。僕の中のウィルスが不活性化して、他人に移す心配が無くなったんだとか。でも、完全に消滅したわけでもなく、三叉神経? だったかな、なんかそんな所に潜伏してるんだって。だからなのか、女の子になったまま元には戻らなかった。
でも、その間暇だったなー。6日目には熱も下がってたんだもん。スマホの持ち込みは禁止されてたし、病室から出しても貰えないし。おかげで、凜愛姫と連絡を取ることもできなかった。
退院後に『入院してたんだ』って送ったんだけど、既読が付くだけ。返事は返ってこなかった。父さん、ちゃんと伝えてくれてたのかな……
退院後は、受験や引っ越しの準備と忙しい日々が流れ、凜愛姫の事を考える暇も無かった。ううん、考えないようにしてたのかな。僕とじゃ釣り合わないよね。返事が来ないのもそういうことなんじゃないかなって。
きっと、偶々なんだ。偶々他に誰も居なかったから。他に誘う人が居なかったから僕を誘ってくれただけなんだ。そう思うことにした。
そして3月の末、遂にこの日がやってきた。
新しい家族の為に、父は無理をして新居を用意した。丘の上に経つ3階建の戸建住宅だ。
凜愛姫よりも一日早く引っ越しを終えた僕は、不安と期待を胸に凜愛姫が来るのを待っていた。
前みたいに仲良くして欲しいけど……、嫌われてたらどうしよう……
僕の姿を見てどう思うんだろうか……
寧ろ、この体なら……。同じ女の子だったら仲良くしてもらえるんじゃ……
元々女の子だと思って声かけてくれたんだもん。
うん、きっとそうだ。だから、僕は……
インターホンが鳴り、凜愛姫のお母さんの姿が映し出される。凜愛姫はお母さんの影になっててよく見えない。玄関へと急ぎ、二人の姿、いや、凜愛姫の姿を確認する。
……天使の微笑みは失われていた。そこにあるのは只々尖った刃物のような鋭い眼光。でも、凜愛姫の面影も残ってる。
「凜愛姫、久しぶりだね。これから宜しく……」
凜愛姫は無言で僕の横を通り過ぎた。
「荷物、持とうか。部屋まで案内しよう」
「お世話になります」
そして、そのまま父さんと家の中に入ってしまった。
「ごめんなさいね、透ちゃん。こんな事になって本人も混乱してるんだと思うの。だから、凜愛姫の事、悪く思わないであげてね」
凜愛姫は変わってしまっていた。
性徴期性反転症候群
厄介な奇病は、僕だけじゃなく凜愛姫までをも変えてしまっていた。その性格までも……