03.07.ライバル出現
待ちに待ったこの日がやってきた。中学の頃にもプログラミングの授業はあった。だが、皆んなで先生の真似をしてブロックを配置していく程度。こうして実際にプログラミング言語を使って、しかも自分で考えてプログラミングするのは初めてだ。
漸く火神にアピールできるっ!
「では、100までの素数を求めるプログラムを書いて提出してください」
素数を求めろ。有名、且つ単純なアルゴリズムだ。まあ、知っていればだが。とはいえ、居ないだろうな、俺のように自主的に取り組んでなければ。エラトス――
「はい、正解。新記録かな、こんなに早いのは。皆さんも頑張って下さい」
なにっ? もう終わっただと?
この俺を差し置いて終わったというのか……、いや、これは脳内で薀蓄を垂れていた所為だ。俺だって真剣に取り組めば……
……よし、出来た。これで――
「あれ、また君か。うーん、でも、これ合ってるの?」
また、だと?
俺が提出するよりも早く別のアルゴリズムを実装したというのか。
「確かに実行結果は正しいんだけどね。何の計算してるの、これ。後で教えてね、姫神さん」
姫神? まさか、プログラミングも得意だったのか。主席を修めるだけでは物足りず、俺の聖域にまで踏み込もうというのか……
姫神を横目で見る。ん? とても2つのアルゴリズムを実装して余裕ぶっこいてそうな表情には見えないぞ。
寧ろ、どうしたものかさっぱりわからん、といった顔だな。
……ということは、まさかっ!
俺は後ろを振り返った。最後列にいるあの女を。
奴は余裕の表情で、そう、笑顔さえみせながらモニターに向かっていた。
いかにも楽しくて仕方ないというあの表情。同じ臭いを感じるぞ、姫神 透。
「ひ、姫神さん、もういいから。君の実力は十分わかったからね。こんなに提出されても私には理解できないから、もうこのくらいで」
くっ、3本目……、俺が気を取られてる間に、あの女……。俺も急がねば。ポチっと。
「はい、正解。いやー、安心するね。こういう平凡なの書いてくれると」
うぐっ、何だこの敗北感は……
◇◇◇
授業開始から一時間が経過。
3本目を提出した姫神は4本目を提出する素振りを見せなかった。俺は……、教員が理解出来ないような物を提出しても意味が無いからな。
「はい、終了。殆どの人が正解してるようだね。じゃあ……、姫神さん、説明してもらってもいいかな」
天井から設置されている4台のモニターに姫神のプログラムが表示される。
……綺麗、だな。
「説明って、コードに書いてある通りだけど……、補足とか必要?」
コード読め、カス
俺にはそう聞こえた。プログラムと言わず、コードというのも拘りを感じる。
「そう言わず、簡単でいいから」
ふんっ、どうせ書くのは得意だが人に説明するのは苦手とかなんだろう。
「これはエラトステネスの篩っていう有名なアルゴリズム。まず探索リストに2からX、今回は100を昇順にいれる。それがこの部分ね。次に探索リストの先頭の数を素数リストに移動し、その倍数を探索リストから削除してるのがこの部分。これを先頭の数がルートX、今回は10に達するまで繰り返せってのがここで、素数リストにXまでの素数が求まるってわけ」
しまった……、まあ、無駄に100まで回した所で得られる結果は同じだ。得られる結果は……
「なぜルートXまででいいのかな?」
「確か数学的に証明されてたような……。無駄に回しても時間の無駄だから」
……そうだとも。俺だってそれぐらい知ってるさ。
「じゃあ、こっちの説明してくれるかな」
「こっちはサンダラムの篩、で、次のがアトキンの篩。どっちも有名なアルゴリズムだけど? エラトステネスの篩よりも計算量が少なくなるはず。あと、その次が2次ふるい法、もっと大きな数を因数分解する時に……」
糞っ、楽しそうに解説してやがる。しかも、結局5つのアルゴリズムを実装するとか、どうなってるんだ、こいつ。
「今度教えて下さいね、個人的に」
授業後には火神がそんな事を言ってやがる。俺じゃなくて姫神に……
『勿論、私にも近づかないでいただけますか』
ブートキャンプの最後の夜、火神に言われたあの一言が頭から離れない。
それも全部お前の所為だと言うのに……
俺の恋路の邪魔してくれてんじゃねーよ。
◇◇◇
「今回はちょっと急いでてね、今日紹介する娘と二人でやってほしいんだけど」
井川 楓さん、御年24歳。A型の蠍座。
正直仕事なんてどうでもいい。それは彼女に会うための口実に過ぎない。なのに、誰かと一緒にやれとは……
いや、『今日紹介する娘』といったか、彼女。ふむ。女子ならまあいいだろう。勿論、可愛ければ、だがな。
「すごーく可愛いんだよ~。あっ、でも彼氏居るみたいだから、残念だったね」
「どうでもいいです、そんな事」
ちっ、彼氏持ちか。まあ精々俺と井川さんの打ち合わせを邪魔しないことだな。
「お待たせしま……、うげっ、火無……」
「姫神……、俺の名前は正清だ。いい加減覚えろよ」
「井川さん、僕、この案件降ります」
「えっ、ちょっと何で? 透ちゃん居ないと無理だよ、こんな案件」
くっ、井川さんまで……
「大丈夫ですよ、井川さん。こんな女居なくてもどうって事ありませんから」
「黙ってて、貴方だけじゃ絶対無理だから」
そんな……、井川さん……
「だったら勝負だ、蛇女。どっちが先に納品できるか。勿論品質は確保した上――」
「やだ」
「何?」
「聞こえなかったの? やだって言ったの。僕に何のメリットも無いもん」
「はっ、そうか。怖いのか。俺に負けるのが怖いんだな。ということなので井川さん……」
あれ、井川さん?
何で姫神の手を取って……、あれ、何で涙目で……
「そんな事言わないで、透ちゃーん。この案件落としたら私のボーナスがー。そうだ、ボーナス出たら何かご馳走するから。伊織くん、ケーキ好きなのよね、今度駅前にケーキ屋さん出来るみたいなんだけど、どうかなあ。ね? ね?」
「透、受けてあげれば?」
「伊織がそう言うなら……」
「ありがと~♪ 伊織くんも。そうだ今度お姉さんと二人で遊びに行こっか。ねえねえ、伊織くんは何処に行きたい?」
「やっぱ止めよっかな、受けるの」
「もう、冗談。冗談に決まってるじゃない。透ちゃんの大事な人に手なんか出さないわよ。じゃあ、全部透ちゃんにお願いって事で。二人分で予算とってたから結構な額よっ! まあ、2倍にはならないけどね」
それってあれか、つまり姫神の方が俺よりも単価が高いと……
「待って下さい、井川さん。そんなの納得いきません」
「そうなんだけどー、ごめん、この案件は落とせないの。透ちゃんが嫌だっていうなら君には降りて貰うしか無いのよ」
「金なんていりません。この女より先に完成させますから、そしたら、受け取ってくれますか?」
「えっ、でも、それってどういう契約に……」
「心配ないんじゃない? そんなの」
くっそう姫神、何だその自信は。俺なんか足元にも及ばないとでも言いたいのか。
火神にアピールするチャンスを奪い、今また井川さんまでもを奪おうとしている憎い女め……
「思い知らせてやる。どっちが優秀なのか」
「あー、はいはい」




