02.13.本題
「その前に1つ、確認しておきたいことがあるのですが」
水無はそう言った。それが犯人を教える条件……、いや『その前』って事は条件は他に有るのか。
「辛かったですわよね。でも、もう安心して宜しいのですよ。私も武神さんも、そして伊織さんも貴方の味方ですから」
「伊織も……」
ううん、伊織が気にしてくれている事は解ってた。声をかけようとしてくれてたし……
「でも……」
巻き込みたくない。僕の所為で凜愛姫が嫌な思いをするのは耐えられない。違う……、もう巻き込んじゃってるんだ。水無の言ったことが本当なら、凜愛姫に害をなそうとしてる奴が居る。
何とかしなきゃ……、凜愛姫は僕が守らなきゃ……
「一人で抱え込まなくていいんですよ」
「えっ」
突然火神さんに抱き寄せられ、その豊かな胸に顔を埋めていた。
「あれっ」
涙が溢れてくる。
「何で……」
「涙と一緒に嫌なことは全部流してしまいましょう。私の胸でよければいつでもお貸ししますわ。結構自信ありますのよ」
「うっ、ううっ……」
火神さんは僕の肩をそっと抱いていてくれた。一人で抱えなくていい……。その言葉が胸に染みる。
この何年か、こんな事を言ってくれる人は居なかったし、そういう状況でも無かった。僕はいつも一人だったし、頼れる大人も居なかった。
火神さんの言葉を信じていいのかな……
◇◇◇
「ところで、そろそろ本題に入りたいのですが」
僕が一頻り泣きじゃくってスッキリしたところで、火神さんがこう切り出した。
「本……題?」
えっと、今までのは……
「ええ。流石の私も絶望の縁にいる人をあれこれ問い詰めるような真似は出来ませんから」
「あれこれ? 問い詰める?」
「そうですねぇ、単刀直入に言うと、私、伊織さんの事が気になって仕方ありませんの。ですから、あの方が透さんにとってどのような存在なのか確かめないではいられません。教えていただけますかしら?」
なんだ、そんなことか。
「伊織は義理の弟……だよ」
「それだけですの? 血の繋がりは無いわけですよね? ひとつ屋根の下に暮らしていたら他の感情が湧き上がってきたり、間違いが起こってしまったりしないのでしょうかしら?」
こんな体になっちゃったし、凜愛姫も男の子になっちゃったからそれはないかな。そもそも……
「間違いどころか、口も利いてくれないから」
「伊織さんも同じことを言っていましたけれど、どうしてですの? お互い意識しすぎて、とか?」
どうしてって言われても、それは伊織に聞いて欲しい。僕も理由を知りたいぐらいだ。それに……
「前は普通に話してたんだけどね。一緒に暮らすようになったら話しかけても無視されちゃって」
「そうでしたか。いずれにしても透さんの方には拒絶する理由は無いと」
「まあ、そうだけど」
拒絶というより、寧ろ仲良くしたいぐらいだ。
「伊織さんとは以前からお知り合いだったのですか?」
「再婚する前の両親が同じ会社だったからね。イベントとかで何度か会う機会があったんだ」
「ご両親と貴女方、どちらが先に惹かれ合ったのでしょうね?」
「それは……」
実際どうなんだろう。僕が凜愛姫に惹かれたのは出会った瞬間だった。父さんが義母さんに惹かれたのは何時なんだろう……
「否定しませんのね」
「えっ、いや、惹かれ合ったわけじゃないというか、凜、伊織の気持ちがどうだったのかは訊いたことがないから……」
「つまり、透さんは伊織さんに恋していると」
「どうなんだろう。今の伊織には何も思わない……かな」
だって、僕が好きになったのは伊織じゃなくて凜愛姫なんだから。性格だって全然違う。凜愛姫と伊織は別人だよ。
「そうでしたか。先程も申した通り、私は伊織さんにとても興味があります。ライバルなのではと思っていましたが透さんの話をきいて安心しましたわ」
「ライバル……」
「ええ。ひとつ屋根の下に暮らす血の繋がらない妹なんて、ライバル以外の何者でもないではありませんか」
血の繋がらない妹か……
まあ、実際そんな展開を僕も期待してたわけなんだけど。
「妹じゃなくて姉だから」
「あら、そうでしたわね。でもまあ、そういうことですので、私、告白しようかと思いますの」
「告白?」
「何か問題ありまして?」
本当は女の子だって教えてあげたいんだけど……
人の恋路を邪魔する筋合いもないし、どうするかは伊織自身が決めることだよね。
「ううん、問題は無いと、思う」
「ふふ。素直じゃありませんわね。仕方ありません、貴方が元に戻るまで待つことにしますわ」
いや、素直に教えちゃったら逮捕されちゃうもん。でも、何でだろう。別に今直ぐにだってショックは受けないと思うんだけど。
グググー
と、ここで僕のお腹が盛大に訴えかけてきた。今日は朝から殆ど食べてなかったからなぁ。
「えへへ」
「あらあら。少しは元気になったみたいですわね」
「うん。ありがとう、水無。確認はこれで終わり?」
「ええ。これで終わりですわ」
「じゃあ、次は火神さんの望みを訊かせて。犯人を教える見返りを」
「そうですわね。望み……、私の望みはただ一つ」