02.11.ブートキャンプの夜
ここの夜空は綺麗だ。じいちゃんもそうだけど、星がいっぱい見える。こうして見てると気持ちが落ち着いて……
くしゅん
ううっ、ちょっと冷えてきた。でもなぁ、お風呂に行っても嫌がられるんだろうし、部屋に行っても同じこと。だったらこのまま星空でも眺めてたほうがいいかな。
ぼーっと夜空を眺めていると、彼女は突然僕の腕を掴んできた。それはあまりに突然で、あまりに力強く、僕は逃げることができなかった。今の抜け殻みたいな僕には。
「姫神さん、お風呂に行きませんか?」
「えっ? 誰?」
同じクラスの、伊織の隣の席の女の子だ。名前は知らないけど。
「私は火神 水無。水無でいいですわ」
「えっと、そんな強引に引っ張られても」
「強引ですか。よく言われますわ」
「それに、臭いが移るから……」
「匂い……確かに桃のような良い香りがしますね。でも、気になるのでしたら尚の事。さあ、お風呂に参りましょうか」
「えっ、ちょっと、僕は……」
僕は気にならないけど、君は嫌じゃないの?
「抵抗しても無駄ですわよ」
抵抗もなにも、僕が行ったら皆んな嫌がるから。
「心配しなくても、他の皆んなはもう済ませたみたいですわよ? 残っているのは私達だけですから」
心を見透かしたようにそんな事を言ってくる。
だったらいいのかな……
そんな風に思ってしまった。
「私の事なら心配いらなくてよ? 尤も、私に嫌がらせするような輩がいれば、の話ですけど。ですから、自分と一緒にいたら、なんて考える必要もありませんの」
「何で? 何で僕なんかに……。僕なんかほっとけばいいのに……」
「そんなの決まっているではないですか。貴女の事が気になるからですわ」
「僕の事が……。でも、僕は……」
「もう目星も付けていますわ。この状況を作り出した犯人のね。といっても、ほとんど天照会長のお手柄なんですけど」
「会長の……」
「ええ。家同士の関係もありまして、古い付き合いなんですのよ」
会長の知り合い……、じゃあ、信じて良いのかな……
「ほら、急がないとこんなに冷えてしまって。何なら私が脱がせて差し上げましょうか?」
「いや、ちょっ、やめ……」
差し上げましょうかって、もうやってるし、あっという間に身ぐるみ剥がされてるし。
「あら、思ってたよりも大きいのですね。体の線が細いからかしら?」
とか言いながら、自分も脱ぎ始めちゃってるし!
「待って、ダメだよ、こんな事!」
「あら、どうしてですの? 皆さんも一緒に入ったみたいですのに、女同士で何か問題でも?」
問題だよ、僕は男だったんだから。確かに今は女だけど……
「心配なさらなくても、私、生まれたときからこの体でしたのよ?」
「僕は……」
信頼していいんだろうか、この人。そもそも会長の事も……
くしゅん
裸にされたから余計寒くなったよ……
「先に入ってるね」
「はい。私も直ぐに参ります。そうだ、お背中でも流しましょうか」
「自分で洗うから、大丈夫だから」
「まあまあ、そうおっしゃらずに。直ぐに参りますから」
乱暴に体を洗って湯船に浸かる。勿論、火神さんは待たずに、彼女に背中を向けるように。
「まあ、せっかちですのね。透さんとお呼びしてもいいかしら?」
「うん」
「では、透さん、先程の続きなのですが」
続きって……
「自分で洗ったから……」
「まあ。では横に失礼しますね」
火神さんがすぐ隣に入ってくる。
「そんなに嫌がらなくても」
「嫌がってるわけじゃ……ないんだけど……」
「続きというのは、犯人の話ですわ。透さんをこんな目に遭わせた。知りたくはありませんか?」
「……うん。知った所で何が出来るわけでも無いから」
「彼らが次に狙っているのが大切な人、だったとしても?」
「凜愛姫をっ?」
「りあら?」
つい凜愛姫の名前を……
「彼らが凜愛姫の事を知ってるはず無いよね」
「お友達、なのかしら? 確かに、私がお知らせしたい人とは別人のようですが」
「うん。僕の一番大事な人、かな」
「では、二番目あたりなのでしょうかね、伊織さんは」
「伊織が?」
僕の所為で凜愛姫が……
「いかがわしいビラをばら撒こうとしていた所を生徒会役員が捕えたようですわ」
「ビラ……」
「ええ、透さんと伊織さんが愛し合っている最中の」
「僕はそんな事――」
「勿論、質の悪い合成写真ですわ」
実際してないから、そうなんだけどさ。
「ビラを撒こうとした男子生徒は報酬と引き換えに頼まれただけだったようですが、尋問して彼らに辿り着いたというわけです」
「誰……」
「興味を持っていただけましたか?」
「教えて、誰? 見返りは? 何が望み?」
「その前に1つ、確認しておきたいことがあるのですが」