08.19.ウザ男再び
「昇降口で待っていて正解のようね」
「会長、何か用ですか?」
「今日は臨時の生徒会役員会があると伝えておいた筈なんだけれど?」
「あー、そう言えばそんな事言われてた気が……。記憶に自信がなくて」
「もう、透ったら」
記憶が無くなる前から生徒会の仕事はこんな感じだったけど?
「ごめん、先に帰ってて」
「でも……」
「姫神さんは私が送っていくわ。今日は遅くなりそうだから貴方は先に帰ったほうがいいわね」
「平気平気。伊織は先に帰ってて」
「うん……」
会長って、家の人が車で送迎してるんだっけ。だったら平気かな。それに、生徒会の仕事じゃ仕方ないか。
久しぶりに一人で駅へと向かう。
学校から駅までの道を使うのはうちの生徒ぐらいで一般の人を見かけることは殆どないけど、特選の人たちは部活動もやってないから殆ど一斉に駅へと向かう。
ただ、今日は透と風紀委員の仕事をしてたから皆んなはとっくに帰った後。部活が終わるにはまだ早いし、もう暗くなりかけてるからちょっと不安だけど、見た目は男の子なんだから大丈夫だよね。
なんて思ってたんだけど……
「んーーー」
急停止した車から男の人が出てきて、そのまま車の中に引き釣りこまれたっ。
「やあ、誰かと思えば、彼氏役の君じゃないか。今日は一緒じゃないのかい? マイ・プリンセスと」
十六夜 葉月……
「んんん」
「まあ、たまにはいいじゃないか、僕らに付き合ってくれてもさ。そうだ、カラオケでもどうだい? 例の、あの場所で」
「んんんんんん」
「そう騒がないでもらえるかなあ。はっきりいってしまえば、君には用は無いんだけどさあ、折角だからマイ・プリンセスを釣りだす餌ににでもなってもらおうかと思ってね。続きをしようじゃないか、あの時の」
こいつら全然懲りてないんだ。
私をさらって透をおびき出そうだなんて……
「いいぜ、兄貴。出してくれ」
車内には、私の他に三人。十六夜 葉月と多分取り巻きの一人、そして、その兄か。
両手を縛られ何処かに連れて行かれるみたい。縛られて無くても私一人ではどうすることも出来そうにないけど。
「こんなことして只で済むと――」
「見てのとおりさ、只で済んでるだろ? まあ、転校は余儀なくされたけど前科もついてないからねえ。さて、状況を理解できたところで助けを呼んでみようか、マイ・プリンセスをね」
「くっ」
誰がそんな事……
「まあ、いいさ顔認証って便利だよね。でも、こういう時、意に反してロック解除されちゃうから気をつけないとね」
スマホが……
「“先輩と例のカラオケ店に行くんだけど、透も一緒にどう? 一人で来てね” で、送信っと」
「そんなので来るわけ……」
「どうだろうね。彼氏役だったのか、本物だったのか。彼女の行動ではっきりするんじゃないかな? まあ、偽者だったらそれはそれでいいんだ。口封じに君の恥ずかしい写真でも撮ってから開放してあげるさ。もちろん、この事を誰かに言ったりしたらばらまかせてもらうけどね」
私の所為で透が……
透、来ちゃだめ……
◇◇◇
「のこのこ一人でやって来たみたいだな」
監視カメラの映像なんだろうか、PCには透が駆け込んでくる姿が映し出されていた。
「じゃあ、僕達も行こうか」
車は例のカラオケ店の地下駐車場に入っていく。
「誰かっ」
貸し切りなのか、営業してないのか、店には誰も居ない。誰にも助けを求められない……
「無駄無駄。騒いだ所で今日は僕達以外に誰も居ないよ? 念の為、監視カメラも止めてあるしね」
「逃げてっ、透っ」
「まあ、逃げるぐらいなら助けに来たりしないと思うけどね」
ここは……、透が襲われた部屋だ。
「伊織っ!!」
透はそこで待っていた。たった一人で。
「久しぶりだね、マイ・プリンセス」
「十六夜 ……葉月」
「記憶喪失だと聞いていたんだけど、覚えていてくれたみたいだねえ。光栄だよ。しかし、のこのこやってくるとはどうやら本物の彼氏だったようだね、そこのダメ男は。でも、本当に一人でくるとはねえ。今日はボディーガードは一緒じゃないのかな? くっくっく、ないよなぁ。先に帰ったのは確認してるからねえ。狙ってたんだよ、このタイミングをね」
「ねえ、ウザ男、今何て言った?」
「狙ってたって言ったのさ。待ちわびたとも。君が――」
「その前」
「人が話してる時は――」
「ボディーガードが云々の前に何て言ったのか聞いてるの」
「ああ、ダメ男ってのが気に食わなかったのかな? だって事実だろう? 校内であれだけ見せつけておいて、いざとなったら自分の女を助けることも出来ないなんて。何で未だに彼氏面して――」
「伊織、どういうこと?」
「それは……」
十六夜 、余計なことを。無理に思い出させちゃダメなのに……