08.16.キス
「(凜愛……姫)……」
「えっ、透?」
「……」
寝ちゃったの?
でも、また私のこと凜愛姫って。大晦日の夜もそうだったけど、記憶が戻りつつあるのかな。
だったらいいのにな……
「透、寝ちゃったんだよね」
気付かれなかったら大丈夫だよね。そういうことしても、気づかれなかったら……
暗くてよく見えないけど、透は可愛い寝息を立てていて、すぐそこにに唇が、透の唇があるんだよね。そっと私のを重ねても……
ゆっくりと透の顔に自分の顔を近づける。
「ううん、凜愛姫」
「透……」
呼吸に合わせて上下する透の胸。鼻と鼻が触れ合って……、目を閉じてるからわからないけど、あと少し、ほんの数ミリで唇も触れ合う所まで近づいてるんだろうな。
このまま唇を重ねて……
あと少し、ほんの少しなのに……
「やっぱりダメだ。こういうのはちゃんとお互い意識してしないと。初めてなんだから、こんな風にしちゃうのはダメだよね」
透、今度こそ思い出してくれたんだよね。明日起きたら凜愛姫って呼んでくれるんだよね。期待していいんだよね?
そしたら、しようね、透。
◇◇◇
「おはよう、伊織」
「透……」
伊織……か。
先に起きた透が隣で私の顔を覗き込んでいる。思い出せたんじゃないんだ、私のこと。事件の前と同じ顔なのにな。ダメなんだ……
「昨日はごめんね。睡魔に勝てなかったみたい」
「うん。疲れてたよね」
「そんな残念そうな顔しないで」
残念そうなって、そんな顔してるんだ、私。そうだね、実際、残念だもん。ちょっと期待してたのにな。今度こそ思い出してくれたんじゃないかって。
寝てる時には凜愛姫って呼んでくれるのに、何で……
「(なんだったら、今から続きする?)」
続きって何する気だったのよ、透。私なんかキ、キスだって躊躇したっていうのに。
「しないってば」
「あら、大きな声出して。何をしないの?」
お母さんに聞こえちゃってたんだ。もう、透の所為なんだから。
「えっと、歯磨きだよ、歯磨き」
「面倒臭がらずに歯磨きぐらいちゃんとしなさいね。そんなんじゃ透ちゃんにおはようのキスしてもらえないわよ」
「キ、キスって、そんなの……」
昨日しようとしてただけにドキッっとしちゃう。
「そうね、おはようのキスは歯磨き前か。じゃあ、もう済ませちゃったのかな?」
「済ませてないし、キスなんか……しないし」
「なーんだ、そんなの毎朝してたのにね」
「してたの?」
透が私の顔を覗き込んでくる。顔が近いよ……
「し、してないよっ。お母さん、適当な事言わないでっ」
「そうだったかしら?」
「してないってば」
「はいはい」
「本当にしてないんだからね、透」
「じゃあ……、いましてみる?」
「えっ?」
「お姉ちゃんとー、キスしてみよっか。伊織とならいいよ」
いいんだ、私とキスしても……
透の唇が近づいてくる。目を閉じてて、ちゅーって感じの透が……
して……いいの? 透。私、透とキスしたい……
あああ、もう、目を閉じて透に任せちゃお。
……
……
……
長いな……。まだ……かな……
「まあ、その気になっちゃって」
「え……」
目を開けてみれば、楽しそうに私の顔を見てるお母さんと透。
私の事、からかったのね……
「そんな怖い顔しなくても。あ、そんなにしたかったの? 仕方ないなあ、おいで伊織、キスしてあげるから」
両手を広げて待ち構える透。でも、その口元が緩んでる。面白がってるんだ。
「きゃあ~、記録に残さなきゃ! カメラカメラと……」
大はしゃぎでカメラを取りに行くお母さん。とってもわざとらしい。
「もう(怒)……、知らないっ!!」
こんな二人に付き合ってられない。朝ごはんでも食べに行こっ。
「待ってよ、伊織」
「浴衣、はだけてるから。ちゃんと直してから来てね」