雨宮桧璃、入学式でやらかす。
現在、早朝4時半。
「行きたくなーい!でも、流石に行かなきゃいけなーい!……はあ、ジレンマよ…」
無表情で感情豊かな声を出しつつ支度を進める。勿論、その動きは普段より遅いが平均より早めをキープしている。初日から「義姉の侍女」としての仕事をバックれるわけには行かないのだ。
義姉の侍女としての仕事は、義姉の部屋で朝食を作る事から始まる。義姉を起こし、着替えを手伝い、食後の後片付けをし、どんなに些細なものでも不備が有れば折檻される。無くても、義姉の気分次第で理不尽な折檻が待っている。
朝から晩まで、授業中を除き、常に義兄や義姉に尽くさないといけない。自由時間なんてものは、義兄姉が寝た後や起きる前のみ。朝が早いので、実質皆無だ。
ちなみに、寮には男子寮と女子寮の2つがあり、それぞれ異性禁制だ。なので、私が朝の世話をするのは義姉のみである。禁制の訳は、不純異性交流を警戒してのことだ。仮にもこの国は、王族以外のハーレム、つまり、妾等を禁止している。……まあ、殆どがこっそり愛妾を作っているのだが。
それはともかく、禁制には、婚約者がいる子息令嬢が既成事実を作るのを防ぐ目的がある。王族は禁制には引っ掛からないのでそこは自由なのだが、他の貴族へのケジメみたいなものや、暗黙の了解でここ数十年は破られていない。
「あ、やば!急がないと朝食作る時間なくなる!」
余計なことを考えすぎたらしい。現在の時刻は5時。義姉を起こすまで二時間を切ってしまった。義姉は、私の作る朝食にプロのレベルを求めてくる。仕込みは前日に済ませていても、完成までに時間が掛かるのがほとんどなのだ。
初日からギリギリで、なんとかなったから良かったものの、この調子では早々にボロが出そう怖い。現に、
「何、汗かいてるの?見苦しい。罰として、アンタは今日朝食抜きね。」
と言われ、朝食が摂れず、この3日間でまだ2食程度しか食べていないのもあり、かなりフラついている。
これは、学園長のありがたいお話しとやらを聴いているうちに貧血、栄養失調等で倒れそうだ。たとえ椅子に座っていようと、グラついて注意される未来が目に浮かぶ。
はあ、想像以上に前途多難でメンタルが辛い。憂鬱だ。
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結果から言おう。
生徒会長(第一王子)からの挨拶をギリギリで乗り切り、「第一の山場は越えた」と一息ついた私。それから学園長の長ーーいお話しが始まり、「あ、コレあかんヤツや」と思った時には遅く、気がついたら保健室のベッドの上で、窓からは綺麗な夕日が「こんにちは」していた。
私は、無事(?)に入学式で倒れたのである。
綺麗な女医さん曰く、
「明日、貴女だけ個別に属性鑑定するから、7時半には登校するように」
との事だった。
「生徒の体調の心配そっちのけでコレは酷くないか」とは、思わなくはなかったが、今更他者からの救いや心配を期待していた自分に気づき、ビックリしているうちに追い払われてしまった。
空腹でボーッとする頭を抱え、一先ず寮に戻る。着いて直ぐにお粥をかっ込み、義姉の部屋へ向かう。
「遅いじゃない!『寄り道するな』って常日頃から言ってるでしょう?!そんな簡単な事も出来ないなんて、やっぱりお前はダメね。…そこに跪きなさい。今の私は虫の居所が悪いの。ちょっとだけ相手になりなさい。」
着いて早々に謝ると、いつものそれが始まった。罵倒して私の頭を踏みにじり、時折鞭で甚振られる。そんなことの繰り返し。
偶に熱々の紅茶も降ってくるが、今日は義姉の手の届く範囲にそれは無い。ちょっとホッとした。
折角の新品の制服が、もう2度と着れない位にズタズタになっていく。そんなことを何処か遠くで観察しながら、「明日の制服どうしようかな……」なんてことに思考を飛ばす。
痛みが遠のき、自分の瞳から本格的にハイライトが消えていくのが、手に取るようにわかった。既に慣れ親しみすぎて、違和感の一つさえ覚えないようになってきた感覚だった。我ながら末期である。
一頻り罵倒が終わると、義姉は肩で息をしながら折檻を止める。
「もう良いわ。そろそろ寮に戻りなさい」
それだけ言うと、奥の寝室に向かって行った。
やっと部屋に戻り、傷に魔法をかける余裕すら無く、私は眠りに落ちていった。
(お粥、食べといて良かったな……)
なんてことを考えながら。
主人公が、「お前、スゲーな!」では無い、純粋な失敗をした回です。踏んだり蹴ったりな入学式でした。
ありがとうございました。