風間桧璃、決意する。
速報【桧璃ちゃん、病む!】
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速報【桧璃ちゃん、病む!】
…どうしてこうなった!?
ガタガタと、学園へ向かう馬車が揺れる。
既に荷物は寮へ送ってあるので、今は制服のみだ。
「お嬢様、何かございましたら、直ぐに私にお申し付けくださいね!お嬢様はなんでもお出来になるので、私の仕事を残してくださらないかも、と心配でなりません」
エミーは、私に仕事を取られまくった1番の被害者だった。
「あの時は減給の危機だったんですよ?」と、今でもちょくちょく言ってくる。
「分かってるわ。もうしないから」
苦笑を浮かべ、エミーの小言に答える。「本当ですか?」と訝しむフリをするエミーへ「本当よ」と返し、雑談に花を咲かせる。今世初の友達との会話はとても楽しく、あっという間に学園へ到着した。
「お嬢様、到着しましたよ。今日から特別クラスへ編入ですから、前の教室と間違わないように、お気をつけくださいね」
エミーが茶化すようにそう言って私の背中を軽く押し、校舎へと送り出す。緊張による体の強張りが、少しマシになった気がした。
「もう、私はそんなミスしません。そういうエミーも、寮室を間違わないようにね?」
「私だってそんなミスしませんよ。……多分」
エミーはいわゆる『おっちょこちょい』な女子で、公爵家でもたまにやらかして叱られていた。やらかしやすい自覚はあるのか、『……多分』のところはこちらと目を合わせようとすらしなかったので、つい笑ってしまった。
そんな私を、「お嬢様!」と、咎めるような声でエミーが呼ぶ。
「ふふふっ。なあに?」
笑いが止まらないままそう言うと、エミーは少し泣きそうな顔をして、
「…いえ、なんでも御座いません。行ってらっしゃいませ」
と、一礼して私を送り出してくれた。
「…行ってきます」
私は私で、少し視界が歪んでしまっている。
前世を含めて、今まで生きてきた中で、公爵家に引き取ってもらって以来が一番涙脆いと感じる。赤ちゃんの頃以上に、ちょっとした事で涙が溢れてしまう。もう、悲しくも辛くもないというのに。
『嬉し泣き』という概念をいまいち理解していなかった私は、祖母からの何気ない一言でいきなり泣き出してしまった時、とても混乱して、それこそ赤ちゃんみたいに泣きじゃくってしまった。
私は、私の存在を肯定するような言葉を、心配するような言葉を、『ありがとう』という感謝を、『いってらっしゃい』の一言を、長年求め続けていた。
ひたすら勉強を頑張れば言ってもらえるかもしれない。
愛し続ければ言ってもらえるかもしれない。
尽くし続けていれば言ってもらえるかもしれない。
みんな平等に与えられていた、無償の愛情を、真綿で包まれるような愛を、与えてくれるかもしれない。
それらの『かもしれない』をひたすらに盲信して。
気まぐれに与えられた愛情を、大切に少しづつ削るように消費して理性を保って。
時折乙女ゲームで足りなくなった分を補って。
カツカツな中、ギリギリのやりくりを繰り返して。
足りなくなったら、完全に逃避する術を身につけて。
そしてようやく、私が居ても良い場所を見つけた。「居て欲しい」と言ってくれる人を見つけた。
だから私は、その居場所を、居場所をくれた人たちを、悪役令嬢達から守らなければいけない。
私は、私を公爵家から引き離そうとする人達を、私の幸せを無視して陥れようとする人達を、私が使える力全てで以って排除しなければいけない。
私がチート持ちで生まれたのは、きっとそのためだと思うから。
「今日から特別クラスに編入いたします、風間桧璃と申します。至らない点も多いと思いますが、これからよろしくお願いいたします」
教室へ入ると、精一杯の笑顔を作り、血の滲むような努力で手に入れたカーテシーを披露する。
さあ、学園生活の始まりだ。
ありがとうございました。




