凛々しい彼女とたじろぐ僕
「桐谷君。私とお付き合いしなさい。」
僕と彼女しかいない夕方二人きりの放課後の教室。
「えっと…それは用事に付き合うとかかな?」
彼女の名前は高城玲子さん。僕とは違う教室の女の子、親しい友達関係というわけでもない。と言っても僕自身は彼女の事を知っていた。なぜなら彼女の容姿や凛とした雰囲気や佇まいが同学年の男子の話題によく上るからだ。
「用事?そんなはずないじゃない。今、私が求めているのは『恋人』としての貴方とお付き合いを深めていきたいだけ。さぁ答えなさい。『はい』か『YES』か『OK』好きなものを選んでいいわ。もちろん『こんな僕で良かったらぜひ』という言葉でも私は嬉しく感じてくるは。」
今日とは違う別の日に、僕も彼女を見かけた事があった。その日は放課後、彼女の教室では文化祭についてのクラスでの話し合いをしていた。僕のクラスは何事もなく早くに終えたので、帰宅しようと廊下を歩いていた時、ふと彼女を目にしたのだ。
黒板の前で、キビキビと話し合いの進行を進めていく彼女の姿。確かに話題に上がるのも頷けると思えるほど、僕から見た彼女の姿は『カッコよく』それまで異性という存在をあまり意識したことのない僕であっても、彼女の存在だけは、僕の脳内の記憶に深く入り込んでいった。
「それって『肯定』しか認められないって事だよね?…そうだね…なら『こんな僕で良かったらぜひ』お願いします。」
本来だったら、冗談かもしくは揶揄っているのどちらかだと思って、普通にお断りするはずなんだけど…その時に、僕がみた彼女は、あの時見かけた『カッコよさ』ではなく。僕より少し背の高い彼女は胸を張りながら凛と佇んでいながらも、夕日よりも紅く染めた頰の色と勇気を振り絞っているのだろうと感じさせる、ぷっくりとした柔らかそうな唇…「早く言いなさい」と訴える瞳がこの告白が本気なのだと、その時の彼女がすごく『可愛く』見えたから、気づけば僕の口からは、お願いしますと肯定の答えが出ていた。
「あらっ?私が喜ぶからと言っても本当に『こんな僕で良かったら』って言葉を選ぶなんて謙虚なのね。こちらこそよろしく。」
返事を聞いた彼女は、目線を逸らすように顔を横に向けた。頰だけではなく耳までも紅くなってるよ…彼女の『可愛いさ』がより強調された気がする。
「ありがとう。今からどうしようか?僕自体、女の子とあまり話したこともないから、恋人が出来たって言っても、いまいちどうしたらいいのか分からないんだ。とりあえず今日は一緒に帰ったりしてみたらいいのかな?」
内心ドキドキしながらも、前に友達に見せてもらった本に書かれた内容を思い出しながら、提案をしてみる。
「確かにいざ付き合うと、この後の事が問題になるわね。そうね………ではまず『二人で一緒に帰って』『貴方の家に行き』『両親に顔見せ』をしましょう。」
……
「what's?…」
恋愛音痴の僕でも分かる…何か順序が違う事を…
「顔見せはいいけど…今日、両親二人とも仕事で夜遅くになるから次回でいんじゃないかな?」
「…そうなのね…残念……ならこれを一緒に書きましょうか。」
彼女は諦めの表情を顔に出しながらも、自分の胸ポケットから一枚の紙を取り出し僕に渡す。
『婚姻届』
「why?…」
これだけは僕でも確信めいた言える。絶対おかしい!
「えっと…僕らまで結婚できる年齢じゃないし、まだ書くのは早くないかな?」
「そうなの?…ならこの後、私のお父さんに会うのはどうかしら?」
婚姻届より前にそっちの提案が先では?とは内心思ってしまう…いや、そもそも付き合い出して数分で出てくる会話でもない気がするけど。
「それなら構わないよ。」
「あっ先に聞いておきたいんだけど、桐谷君って『真剣白刃取り』って出来る?」
「うん、出来ないよ。というより今の言葉に動揺しか生まれないんだけど、とりあえず聞いてみることにするよ。どうしてかな?」
「前にお父さんが言ってたの。私に彼氏か旦那が出来た時は連れて来なさい…とりあえず刀で斬るからと言ってたから。」
「とりあえずで斬るものじゃないよね刀って?」
おかしい…こんな展開は普通、小説とかの話だけじゃないのかな?『現実とは小説より奇なり』ということわざあった気がするけど、こういう事なのかな?
でも、いつかはお互いの両親にも顔見せするわけだし、早いかの遅いの問題だよね。内心、本当に斬られるのかな?と冷や汗混じりだけど、意を決して手を差し伸べる。
「まぁいっか…とりあえず今からの予定決まった事だし…先ずは手を繋いでゆっくり高城さんの家に向かおうか。」
差し出した手を見て、僕に微笑みかける高城さんはしっかりとその手を握る。
「決まりね。……あっ前もって伝えるけど、返品は受け付けてないからね。」
「そんな気持ちはないからご安心下さい。」
告白してくれた時の高城さんを『可愛い』と感じた気持ちに嘘はないのだから。
◇◇◇
恋は理由もなく突然に現れるもの。
昔、私のお母さんがそんな事を言っていた…
その当時の私にはいまいちピンと来るものがなく。よくわからないものとして片付けていた…
だけどそれは、前にあった文化祭のクラスでの取り決めの際、恋は突然と現れた…
何気なく見た廊下に立つ、私を見つめる彼の姿。
気づけば私の胸の奥から伝わる鼓動を感じ取れた。
『彼とお付き合いがしたい。むしろ彼が欲しい。』
その想いが体を巡らせていく。本当に理由などないに等しいのね…あの日感じた気持ちから私の行動は早かった。
そして訪れた告白の日。付き合うことが出来た事に内心安堵する。さて…これからどうしようかしら?あれから調べた私の聖書ともいえる『恋愛指南書』という本には『先ずは外堀を埋めなさい』と書いてたわね…婚姻届は失敗したから、次はどうしようかしら…また本を見ながら勉強しなくちゃ…
彼の手の温もりを感じながら作戦を考えている。恋愛ってこんなに楽しくてワクワクするものなのね。
とりあえずまずは、私のお父さんが本当に刀を持ち出さない様に作戦を練るのが先かしら?『白刃取り』の話をした時の彼の焦っている顔が面白くて、つい思い出し笑いをしてしまう。
明日はどんな表情を見せてくれるのか、私は楽しみで仕方がなかった。