まつり
橙子が全力で叫ぶと、思った以上に響き渡り、一斉に島民達がこちらに向く。
びくっと体を震わせている間に、橙子もあれよという間に池上達に押されて静真の居る本殿に上がらされる。
やはりそこはどう見ても歓待の場で、浜木綿の花が至る所に飾られている。静真は別れた時のジャケットとズボンのままつまらなそうに脇息に肘をついていた。
しかしさすがに橙子を見ると、片眉をあげて驚きを示した。
彼にはけがもなく、縛られても居ない。
こんな状況でなければ、普通に祭り囃子を楽しんでいる観光客だと感じたことだろう。
しかしながら今は深夜で、橙子は殺されると伝えられたばかりなのだ。
「どどど、どうしたんですか、私たちのところにはドザエ様がくるし全然帰ってこないから久次くん捜しにいっちゃったんですよ!?」
静真の傍らに用意された座布団に座った橙子は、周囲に居る島民達には極力聞こえないように声を抑えながらも必死に伝えると、静真はきょとんとした。
「……む、神はそちらに出たのか。ぬかった」
「のんきに言わないでください私たちこれから殺されるんですよ!? 今までの行動全部教えてください!」
橙子が悲鳴のように言うと、静真は長い髪を揺らして言った。
「陽毬との電話を終えたあと、島民に囲まれた」
「はい」
「少し撫でて話を聞くと、ドザエ様の管理が甘くもてあましていることがわかった。ついでに今夜ドザエ様に関する儀式を行うらしいとわかった。確実に干渉出来る好機だ」
「……はい」
「手っ取り早く元凶を叩けばすぐに帰れると思った」
一点の曇りもない答えに、橙子は初めて久次の苦労を思い知った気がした。
それでこうして、島民につれられて歓待を受けているという構図に言いたいことは山ほどあったがそれどころではないためぐっと飲み込む。
それでも痛む気がする頭を抱えながら、橙子は声を絞り出す。
「せめて久次くんに連絡だけはしてあげてください。心配してたんですから」
「……言えば、悩むだろう? 殺すのは俺の役割だ」
静真の言葉に橙子はぽかんとした。その間にも彼は淡々と続ける。
「今回の任務の達成条件は『旅行客の穢れの原因の特定および排除』だ。故に、この島民がドザエを奉り続けるのなら、排除するのが近道だ。久次がこの島の現状を知れば、ドザエ様の浄化または奉り直しまでしようとするだろう。自分の身の危険など顧みずにな」
久次は自分の仇になる怪異を探していると言った。ここにはもうないとわかっている。
しかしそれでもこの島で起きている霊障を良い形で解決しようと考えているのは橙子にも手に取るようにわかった。
静真はそれを感じ取っていたのだと驚いて、橙子は目をしばたたかせる。
「あの、静真さん……」
橙子は声をかけようとしたが、その前に橙子達が座る舞台の前に、ひときわ上等な白い羽織を着込んだ村長が進み出てきた。
さらに傍らから、女性達が歩いてきて、橙子達の前に大中小の杯を置いていった。
内側の朱塗りもあざやかなそれに、橙子は少々既視感を覚える。
そっと傍らを見ると静真もぐっと眉間にしわを寄せていた。
この舞台のようなものはひな祭りのひな壇のようだ。
そしてひな壇が再現しているのは……。
「結婚式……?」
そこで、橙子はドザエ様と長者の娘の間柄を思い出した。
久次であれば様々なことを解説してくれたのだろうが、あいにく橙子にはよくわからない。それでもドザエ様に探させるために必要な行為であることはすぐ察しが付いたし、何より島民達が橙子と静真についてどう勘違いをしたのか理解してしまった。
気まずい。恐ろしく気まずい。というより静真の顔を見ることが出来ない。
橙子が顔を引きつらせているあいだに、村長である更科が言った。
「杯を交わし、新たなドザエ様と妹背様の縁が結ばれます。新たな幸を与えてくださる」
話を遮るようにがらんっと、大きな音を立てて杯と足つきの台が払われた。
赤い杯と、台、そして共におかれていた酒器が宙を舞い、酒がこぼれて落ちる。
道具を払った静真は、しかしそのはげしさとは対照的に淡々と言った。
「茶番はどうでも良い、俺にはすでに契りを結んだ女がいる。この女とは他人だ」
「ですよね」
陽毬の存在を知っている橙子にしてみれば、あ、はい。と言うしかない。
ただこれ以上なくすっぱりと拒否した静真にひやひやはしたが、橙子は少々すっとした気がする。
ただ、これでもう完全に敵対することになる。
初めてざわざわと島民達に動揺が広がる。まるで能面のようだった島民達の表情がくずれ不安と恐怖、いらだちが浮かんだ。
しかし静真は一切意に介さず立ち上がった。橙子もそっと近くに寄っておく。
万が一人質に取られないようにそばに居た方が良いだろう。
「俺の目的はドザエだけだ。貴様らの思惑などに用はない」
「いや、大丈夫なんです?」
「問題ない。よほどのものでなければ切れる。切れずとも対策を立てるまでの時間は稼げる」
「なる、ほど」
橙子には本当に大丈夫なのかはわからないためおとなしくしておく。
真っ先に息を吹き返した更科が厳つい顔をどす黒くして声を荒げた。
「こ、こんなことをして、ドザエ様が代替わり出来なければどんな恐ろしいことが起きるか!」
「知らん。俺は俺の仕事をするだけだ。そもそも先祖の自業自得だろう」
「なんだと! 我らがどのような想いで先祖の意思を受け継ぎ続けてきたか!」
「それを部外者に押しつけるな。貴様らが代替わりをさせるたびに怨念を深くしていた。貴様らが代替わりなぞさせなければ風化していたものを、恩恵欲しさに続けたことが今回の原因だ」
完全に頭に血を上らせた島民達は一様に立ち上がる。特に男達はどこからともなく木の棒や鍬、鎌など殴打にちょうど良さそうな長物を取り出している。
「なんとしてでも、ドザエ様になっていただかなければならないのだ!」
「更科さん! マレビトに気づかれた!」
石段を上がってきたのは、40代くらいの男性達だ。白い羽織を羽織っているが困惑と焦りに満ちている。声をかけた1人に続いて上ってきた2人は何かを抱えていた。
静真に詰め寄ろうとしていた更科は、そちらを見た。
この間に打開策はないものかと考えていた橙子だったが、傍らの静真がぽつりと呟く声が聞こえた。
「……ひさつぐ」
え、と橙子は静真を見上げた。
彼の端正な横顔は凍り付いたように表情をなくし、一点を……男達が運んできたものを見つめている。
橙子は篝火の火のなか、改めて見るとそれは縛られた人間だ。距離もありぐったりとしていて顔は見えないが成人男性だとわかり、ざっと血の気が引いた。
静真がそう言うからには、あれは久次なのだ。
久次が捕まっていたことにショックを受けて駆け寄ろうとした橙子だったが、威圧的に取り囲む島民達に阻まれる。
更科が他の年かさの島民達と話す声が聞こえた。
「うむ、このマレビトは不従順だ。生きているマレビトを落とさなければならないのだから、意識を失っているそちらを使うのも良いかもしれないな」
「ならば、あちらは殺しますか」
「女だけは残すのだぞ。妹背様候補はアレしか居ないんだ」
身勝手な相談に橙子が怒りを覚えてせめて言葉だけでもと思ったとき。
ぶわっと全身に悪寒を感じた。
それは恐怖だ。あのドザエ様と対峙した時のような恐ろしいものが傍らに居る。
風が起きる。
はっとしたときには、静真の姿が消え。
眼前で行く手を阻んでいた男が1人、殴り飛ばされていた。
まるでボールでも投げた時のように吹っ飛び、お囃子が演奏されていた舞台に突っ込む。
島民達から悲鳴があった。
それをなした静真をたちまち武器を持った男達が取り囲む。
しかし静真は再び消える。
二度目になると橙子もようやくわかる。早すぎて純粋に目が追いきれないのだ。
次にのこぎりをもって突っ込んできた男は体さばきだけでよけて、その胴体に掌底をうつ。
吹っ飛んでいく男にひるまず、静真の背後から別の男が角材を振りかぶる。
しかし振り下ろされる間近、振り返った静真は、角材を手でつかんだ。
踏ん張ろうとした男だったが、静真の力には勝てず他の人間を巻き込んで吹き飛ばされた。
「静真さん!?」
動揺のままに呼びかけた橙子だったが、静真は一切反応せず、武器を持った男達に襲いかかった。
その表情はぞっとするほど冷酷で、橙子は人間ではないようにすら思える。今までの表情でも感情豊かだったのだと思い知った。
たちまち境内はパニックのような騒ぎになる。
唐突な事態に一瞬立ち尽くした橙子だったが、久次が石畳に倒れているのを見て慌てて駆け寄る。
静真が大暴れしているほうに島民達の意識が集中しているため、橙子は無事にたどり着く。
静真が変貌した理由がわからないが、頼みの綱となるのは久次しかない。
「久次くん! 生きてる!? 生きてなくても起きてっ!」
抱き起こそうとしたところで、頭を打って居たときはうかつに動かしてはいけないと言うのを思い出してためらい、後ろ手で縛られている縄をほどきにかかる。
固い結び目に四苦八苦しながらも、橙子はここに運ばれているうちにだいぶ揺らされているだろうから意味はないかと思い出した時に、久次から「う、」とうめき声が聞こえた。
「……生きてなかったら、起きられねえよ」
「久次くん!?」
橙子は心底安堵に包まれて身を乗り出すと同時に、縄がほどける。久次はおっくうそうに身を起こした。
「くっそ油断した。いきなり襲いかかってくるなんて。てなんで橙子さんここに居るんだ」
「私もあの後捕まって、ここに連れてこられて静真さんと結婚式のまねごとにまきこまれて、殺されそうになったと思ったら、突然切れて阿鼻叫喚なのよ!?」
「け、結婚式!? ……ってなるほど。祭りは代替わりの儀式か」
あらかじめ予想は出来ていたのだろう。すぐに事態を把握した久次はしかし、未だに暴れている静真にとまどった。
「あいつ、あっち側に飛んでるな、珍しい」
「どういうこと」
「あいつはドザエの……神の依り代に選ばれた。つまり神に成ると認められているんだ。あいつは半分妖、つまり人あらざる物になっている。だから向こう側にいきやすい」
「つまり?」
「思いっきり理性がぶっ飛んでる。今のままじゃ俺たちの声は届かねえだろうな」
わかりやす過ぎる答えに、橙子はがしがしと頭を掻く久次を見るしかなかった。
その間にも静真は島民を吹き飛ばしていた。
響く、肉の殴打音に容赦がなくなり始めていることに橙子は青ざめる。
「ど、どうしようこのままじゃ殺しちゃうんじゃ……」
人間があんな軽く吹き飛ばせる存在に、知っていたはずの人物が全く知らない物になったようで橙子が怯えていたのだが、久次の声は平静だった。
「確かにこのままだと人死にが出るな。しゃあねえ。スマホは……よかった取り上げられてねえ。まだ起きてると良いんだけど……」
そんなふうにぶつぶつとつぶやいた久次は、なぜか取り出したスマホをいじり始める。
予想外の行動をする久次に橙子は絶句したが、久次はかまわず電話をかけた。
「――……ああ、頼む」
多くの島民は倒れており、まだ気を失っていない島民もへたり込み、散り散りになって逃げたのか数も少なくなっていた。
そんな地獄絵図のなかでたたずむ静真に、久次は呼びかけた。
「静真!」
声をかけられたとたん、静真はぐりんとこちらを向くと、一気に距離を詰める。
人間とは思えない速度に橙子は怯んだが、久次はかまわずスピーカーモードにしたスマホをむけた。
「姉貴!」
『静真さーん!』
橙子はその朗らかな声が久次の姉、陽毬のものだとすぐわかる。
『帰ったらおうどん食べましょうねー!』
場違いに明るいその声に、角材を振りかぶりかけていた静真は、スマホから響いてきた明るい声にぴたりと止まったのだ。
からん、と静真の手から角材が落ちる。
ふ、と硬質だった表情に色が戻ったことで、橙子は静真が戻ってきたとわかった。
ゆっくりと瞬いて、久次と橙子を見る。
「……久次、か」
「おう、何やってんだ馬鹿……ああ、姉貴夜遅くにすまん。詳しい話は帰ってからする。じゃあ」
そうしてスマホの通話を切った久次は静真をにらんだ。
「単独行動について説教するのは後だ。いまはこの場を切り抜けるぞ。儀式を遣っていたと言うことは、島民はここに誘導できると考えていたんだろう。そんでもって祭りをしてるんだ絶対くる」
橙子ははっと歓待の場を振り返った。
あそこには白い浜木綿の花が大量に飾られている。
そして、この島の神は香りに引かれてやってくる。
「ぎゃああああああ!!!!!」
石段の方から悲鳴が響いた。




