表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
仕立て屋王子と魔法のクローゼット  作者: 栗栖ひよ子
第二話 謎の貴族とわたしのためのドレス
6/39

(2)

 * * *


「じゃあ、これを持って」

「うっ、重い」


 生地やらレースやらビーズやらを買いこんだクラレットに、荷物を渡される。ずしんと腕が重くなって、ふだんの運動不足が身につまされた。


「なあに、貧弱ねえ。せっかく軽い荷物にしてあげたのに。ちょっと貸しなさい」


 重みで沈んでいた腕が、ふっと軽くなる。私より大量の荷物を持っていたはずのクラレットなのに、ひょいと半分の量を奪っていってしまった。見た目が美女でもやっぱり男の人なんだとドキッとする。


「なによ、じろじろ見て」

「あっ、ううん。鍛えてるんだなと思って」

「当たり前でしょ。力仕事をするときもあるし、何より筋肉のないだるだるした身体なんて美意識が許さないもの。ケイトは……、一見細いけれどそれ全部脂肪でしょう。歳をとったあとにたるむから、今から鍛えておいたほうがいいわよ」

「うっ、善処します」

「じゃあ次はアクセサリーを見るわよ。宝石店に行きましょう」


 いかめしい黒服が佇む宝石店の入り口に着くと、なぜか裏口に通された。正面の豪奢な扉と違って簡素な作りである。


「どうして正面から入らないの? 業者だから?」

「馬鹿ね。正面の入り口は貴族限定なの。私たちは爵位があると言っても労働者階級だし、実際にお金を出すのはお客さまだから、正面入り口を使うわけにはいかないのよ」

「そうなんだ……」


 入るお店は同じなのに、めんどくさい決まりだ。世界史で習った身分制度をちらっと思い出す。貴族とか、階級とか、現代日本にはないものだが大変そうだ。この世界の人は生きづらくはないのだろうか。


 お店の中はえんじ色のカーペットが敷かれており、確かに庶民には入りづらい雰囲気だった。きっとお値段も高価なのだろう。


「身分の差って、そんなに激しいの?」


 ショーケースの中のネックレスを物色しているクラレットに、小声で尋ねる。


「昔は厳しかったけど、最近はそうでもないわよ。今の国王さまに変わってから、だいぶ改革されたのよ。第二王子が革新的な人でね、労働者階級でも孤児でも、気に入った女性なら気にせず側室にしてしまうから」

「すごい人なんだね」

「まあ、女好きっていう見方もあるけれど、英雄的な扱いをされることのほうが多いわね」


 私がアッシュに連れていってもらったお城、あの堅牢な建物の中で王さまや王子さまが生活しているのか。王子さまと言うならアッシュだってそれっぽい雰囲気だが、この世界にいる間に本物の王子さまを一目は見てみたい。


「これにしようかしら。でもシンプルすぎてエリザベスさまには物足りないのよね」


 クラレットが、しずく形の真珠がぐるりとついたネックレスと、おそろいのイヤリングの前で悩んでいる。首回り全体を覆うかたちでたくさんの真珠がついているけれど、他のアクセサリーに比べたら確かにおとなしい気がする。


「エリザベスさま用のアクセサリーなの?」

「そうよ。晩餐会用のドレスで、今回のテーマは『明るい湖畔』ですって」

「すてき……」


 明るい水色のドレス、明るい湖畔。ドレスを着て水辺に佇むエリザベスさまが目に浮かぶようだ。確かにこれは、ルビーやサファイヤのアクセサリーじゃ駄目だ。真珠でなくては。


「ねえ、このアクセサリーをアレンジするのって駄目なの?」

「できないことはないけれど……。どうするつもり?」

「白い羽飾りをつけたらどうかなって。イヤリングも、羽ときらきらした宝石なんかをつけて、長さを出したらかわいいんじゃないかな。白い羽と真珠を合わせたら、白鳥と水のしずくのようになって素敵だと思ったんだけど」


 湖といったら白鳥、のイメージだった。単純な発想だったけれど、悪くないアイディアだと思う。


「白い羽飾り……」

「あ、こっちでは、羽ってあまり使わない?」

「帽子に羽飾りをつけることはあるけれど、アクセサリーにはないわね。……でもそれ、面白そうね」


 クラレットが乗ってくれたので、そのアクセサリーを第一候補にして、アレンジを加えることも提案することになった。


「ありがと。あなたのおかげでイメージがまとまったわ」


 帰る道すがら、クラレットにお礼を言われた。口調はそっけなかったし、顔は拗ねたように前を向いていたが、少しは認めてくれたのだろうか。


「こちらこそありがとう。私、クラレットのことけっこう好きだよ」


 嬉しくなって伝えると、クラレットがぎょっとした顔で振り返った。


「あなた……。そういうのやめたほうがいいわよ」

「え、他の人から見たら女同士なんだからいいじゃない。こっちの世界では駄目なの?」

「そうじゃなくて。……これはアッシュが苦労しそうだわ」


 クラレットは、ため息をついて額を押さえている。なぜアッシュが苦労するのだろう。


「どういう意味?」

「こっちのことよ。あなたには淑女のマナーも教え込まないとね」


 にやりと笑ったクラレットは、生徒をいたぶる女教師のような顔をしていた。



 お店に戻るころには、街はオレンジ色の光に沈んでいた。石畳の道も、石造りの白い建物も、恋したように頬を染めている。お城のむこうに沈む夕陽は幻想的で、異世界に来た心細さも浄化されてしまいそうだ。


「きれい……。なんだか、旅行に来ているみたいな気分になっちゃう」

「一年なんだし、長期の旅行だと思っておけばいいじゃない。そのくらい軽く考えていたほうが楽よ」

「うん、本当にそうだね」


 海外旅行なんてしたことがなかったし、ワーキングホリデーのつもりで一年間楽しもう。そのくらいの気持ちでいないと、ここではやっていけない気がする。


「ただいま戻りました――」


 お店の扉を開けると、やたらきらきらしたオーラの男性が目に飛び込んできた。


「やあ、こんにちは」


 金髪碧眼、白っぽいフロックコートという、まさに王子さまのような出で立ち。同じ美形でも、アッシュの彫刻めいた美貌とは違う華やかさがあった。エレガント、と形容したらいいのだろうか。


「あ、あら……ウォルさま。来ていらっしゃったんですね」


 クラレットが、少し緊張したように笑顔を作る。


「贈り物のドレスのことを相談にね。クラレットがいなかったから、アッシュに聞いてもらっていたんだよ」


 あまり表には出ないと言っていたアッシュが、ウォルの隣にぴったりくっついている。どうやら、布地の棚を物色していたようだ。セピアは裏で作業しているのだろう。


「ねえ、君。ちょっといいかい?」


 手袋をはめた指に、ちょいちょいと手招きされる。


「わ、私ですか?」

「うん。君とは初対面だよね。名前は何ていうの?」

「ケイトです」

「ウォルさま。ケイトは異世界人で、今日からうちの従業員になりました」


 ウォルの隣でかしずくように待機していたアッシュが、口を添える。


「へえ、そうなんだ。珍しいね。異世界人ははじめて見るよ」


 さりげなく、全身を観察されている。少しもいやらしい感じはしないのだけれど、なぜだかぴりっとする緊張感があった。


「よろしくケイト。私のことは、ウォルとでも呼んでくれればいいよ」


 そう言って、ウォルは私の手に口づけをした。


「――っ!?」

「おやおや、真っ赤になっちゃって、初々しいね。気に入ってしまったよ」


 口づけされた手の甲からじわじわと熱が広がっていって、頭がパンクしそうだった。こんな王子さまみたいなことを実際にする人がいるなんて。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ