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仕立て屋王子と魔法のクローゼット  作者: 栗栖ひよ子
第六話 ウォルの策略と三兄弟の真実
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(7)

 そのあと有栖川さまは、旦那さんとの馴れ初めを教えてくれた。

 アッシュにそっくりの堅物の生真面目で、淫魔の力を使って誘惑してもまったくなびかなかったこと。そんな人間は初めてだったから、つきまとっているうちに自分が好きになってしまったこと。

 人間の姿になって、淫魔の力を使わずにアプローチして、やっとのことで結婚してもらえたこと。そんな素敵なラブストーリーを。


 ふたりでお店を大きくしたことや、息子や孫が生まれたときのこと。

 そして、大好きだった人が亡くなってから、徐々に魔力がなくなり、肉体の維持ができなくなってしまったことも話してくれた。

 孫たちには内緒だけど、旦那さまとの思い出がつまったこの世界にいるのがつらくて、異世界に飛んだことも。


「そんなときに桜井さんに出会って、私はとても救われたのよ。あの世界の人たちはいい人だけど、本音と建前の使い分けがうますぎて、どうもなじめなくてねえ。桜井さんは私に似ていたし、裏表がない人だから信頼できるって思ったの。あの店のお洋服も好みだったしね」


 と言ってくれた。


「ためしに孫の話をしてみたらまんざらでもなさそうだったから、つい先走ってこの世界へのゲートを開いてしまったの。あなたの気持ちも聞かないで勝手なことをして、ごめんなさいね」


 申し訳なさそうな顔で謝られたけれど、私はこの一年のことを逆に有栖川さまに話して聞かせた。たくさんのお客さまに喜んでもらえたこと。仕事や恋の楽しさを思い出せたこと。この一年があったから、今の私があること。家族としてこれからもよろしくお願いしますということも。

 有栖川さまはにっこり笑って「もちろん」と握手をしてくれた。



 そして、最後の数か月が過ぎ、季節は初秋を迎える。

 私が転送魔法で、もとの世界に帰る日がやって来た。


 カーテンを閉め切って暗くしたお城の大広間に、蝋燭が何本も宙に浮いている。

 フード付きのローブを着た人たちが円を描くように並び、呪文のような言葉をぶつぶつつぶやいていた。


 なんだか物々しい雰囲気だが、転送魔法のための準備だそうだ。

「エルフたちが集中できるよう静かにしているように」と黒服に言われたので、私は無言でその様子を見守っていた。隣には、黙って肩を抱いてくれているアッシュ。

 少し離れた場所には、クラレットとセピア、有栖川さま、ローズにエリザベスさまなど、この世界で知り合った人たちも見送りに来てくれていた。

 ウォルは、役人さんたちと一緒に儀式を仕切ってくれている。


 一年間ためたお給料は、今日の朝役場に届けてきた。役人さんからは「しっかり受け取りましたよ。ケイトさん、向こうに戻ってもお元気で。この世界で一年頑張れたあなたなら、なんでもできるはずです」という激励をいただいた。


 エリザベスさまは「ケイトがいなくなるなんてさびしい。もうドレスを見立ててもらえないのね」と泣いてくれたし、ローズは「せっかく友達になったのに」と半分怒っていた。アッシュとのこと、召喚魔法でこちらの世界に戻って来れることを告げたら、「それを早く言いなさいよ」と言いつつふたりとも喜んでくれたが。


 ひときわ大きな声でエルフが呪文を唱えると、床にぶおん、と魔法陣が浮かび上がった。「すごい、魔法みたい!」とはしゃぎそうになったけれど、正真正銘の魔法なんだっけ。


「用意ができました。異世界人、魔法陣の上に乗りなさい」


 フードで顔を隠したエルフが、男なのか女なのかわからない不思議な声で告げる。


「わかりました」


 名残惜しい気持ちでアッシュから離れると、アッシュも離れがたそうな顔をしていた。


「そんな顔しないでください。すぐに会えますから」


 この世界に飛ばされた日の服装に身を包んだ私が、アッシュに向かい合う。なつかしい気持ちになるが、ふたりの関係はあの日と違っている。


「わかっている。しかし……」


 なかなか魔法陣の上に乗らない私に苛立って、エルフが舌打ちをする。


「早くしろ」

「ごめんなさい。もう行かなきゃ」


 昨日夜通しでお別れ会をしてもらったのに、それでもこんなに後ろ髪を引かれる。

 魔法陣の上に乗ってみんなを見回すと、涙をふきながら手を振ってくれていた。

 まぶたがじわっと熱くなる。けれど笑ってお別れしたかったから、泣き笑いで手を振り返した。

 また会うまで、みんなの記憶の中にある私の姿が、笑顔であって欲しいから。


「みんな、ありがとう。アッシュさん、先に行ってきます!」


 さよならの言葉をかけると、魔法陣が光を放ち始めた。まわりの景色が、どんどん薄れてぼやけていく。

 アッシュが私に駆け寄ろうとして、役人さんに止められている姿が見えた。


 何かを伝えようとしている?

『あ』『い』、そのあとは、ええと……。


 わかった瞬間、顔がかあっと熱くなる。『あ』で始まる五文字のその言葉は、私の人生で初めての言葉だった。


「私も、愛してます!」


 最後の言葉はアッシュに届いただろうか。

 眠りに落ちるときのように、私の意識は強制的に暗闇に飲みこまれていった……。


 * * *


「――さん! 桜井さん!」


 身体をゆさゆさ揺すられて、目が覚める。


「うぅん……」

「ちょっと、桜井さん、大丈夫!?」


 ゆっくりとまぶたを開く。ぼんやりする視界がはっきりすると、そこはショッピングセンターの従業員階段前だとわかった。


「ここは……。あ、て、店長?」


 心配そうな顔で私を見つめるその人は、私の勤めるショップの上司である、店長だった。異世界トリップ前に叱られたまま別れてしまった、あの――。


「大丈夫? 救護室に行きましょうか?」

「あ、いえ、大丈夫です」


 私が頭を押さえながら起き上がると、店長が肩を貸してくれた。


「いったい、どういうことなの? 勤務中に突然消えて一週間も連絡が取れなくなったと思ったら、こんなところで倒れているなんて」

「えっ、一週間!?」


 店長の言葉に驚く。異世界とこの世界では時間の流れが違うのだろうか。それとも、エルフたちが気を遣ってサービスしてくれた? いや、それはありえないか……。


「そうよ。あなたのアパートを訪ねても帰っていないし、実家に連絡しても知らないって言われるし、電話はずっと圏外だし……。そろそろ捜索願を出したほうがいいのか、ご両親に相談されていたのよ」

「そうだったんですか……」

「で、どういうことなの?」


 本当のことを言っても信じてもらえないと思うので、一週間前に非常階段から落ちて頭を打ってから、記憶がないことにしてしまった。


「じゃあ、あなたにとっては、今日が一週間前というか、非常階段から落ちてすぐなのね?」

「そういうことになります」

「なんだか、神隠しみたいな話ね……」


 店長は訝しんでいたが、なんとか納得してくれたみたいだ。


「頭も打っているみたいだし、一応病院で検査をしたほうがいいわよ。今日はもう帰りなさい」

「はい、ありがとうございます」

「だいぶ心配しているから、親御さんにも連絡してあげて」


 アパートに帰ってからスマホを充電し、実家に連絡すると母に電話口で大泣きされた。お父さんには怒鳴られて長々とお説教されたけれど、ときおり鼻をすする音が聞こえてきたから私も泣きそうになってしまった。


「店長さんもね、だいぶ心配されていたのよ」


 再び電話をかわった母が、涙声で驚きの事実を告げる。


「えっ、店長が?」

「桜井さんには期待をかけすぎて特別厳しくしてしまったから、私のせいかもしれませんって言ってね。恵都が行きそうな場所をいろいろ探してくれたりしたのよ」

「そうだったの……」


 倒れていた私に気付いてくれたのも店長だった。もしかして、出勤のたびにショッピングモールの中もくまなく探してくれていたのだろうか。

 店長とケイトは似ているからわかりあえる、と言ってくれたアッシュの言葉を思い出す。


「……本当だったよ。アッシュさん」

「え? 今、なにか言った?」

「ううん。なんでもない。心配かけてごめんね、お母さん。近いうちにおばあちゃんのお墓参りにも行くから」

「本当よ。でも、無事で良かった。この一週間生きた心地がしなかったわよ」


 親はありがたいなあ。一年間も行方不明になっていなくて良かった、と思いながら電話を切る。

 体調が大丈夫なことをショップに電話して伝えたら、「明日から出勤して」と言われたし、休んでしまったぶんを取り戻すためにも、はりきって働かなければ。


「よし、やるぞー!」


 異世界で取り戻した、お洋服が大好きだという気持ち。

 今の私が店頭に立ったら、お客さまにどんな接客ができるだろうか。

 明日からの新しい日々を想像すると、やる気がむくむくとわいてくるのを感じた。


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