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仕立て屋王子と魔法のクローゼット  作者: 栗栖ひよ子
第六話 ウォルの策略と三兄弟の真実
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(6)

 その夜――。みんなで祝勝会をしたあと、私は酔っぱらってソファで寝てしまった。

 あと少しの間はこのお店で働くことになっているし、アッシュはその間に身の回りを整理するつもりらしいし、婚約という甘い気分に浸ってのん気にうたた寝をしていた。


 三人のひそひそ声で、ふっと目が覚める。

 なにか深刻な声のトーンで、相談事をしているみたいだ。半分寝たままの頭で、耳をすます。


「ねえ、あのこと、ケイトにずっと黙っているつもりなの?」

「この前は、体質だって言って嘘ついたんでしょ? アッシュがケイトの世界にひとりで行くなら、僕たちもフォローできないよ」

「早めに話したほうがいいんじゃない? 甘い匂いは体質なんかじゃないって」

「そうだよ。ケイトの世界には普通の人間しかいないんでしょ? きっとケイトすごく驚くよ。僕たちが淫魔だって知ったら――」


 今、なんて言った?

 普通の人間じゃ、ない? 『インマ』、って何?


 がばっと、ソファから起き上がる。

 薄暗くなったお店の中で、三人の目だけが赤く光っていた。


「……!?」


 消えていたランプに、じじ……っとひとりでに火が灯る。


「ど、どういうこと?」


 部屋が明るくなると、三人が気まずそうな顔で私を見ていた。


「……ケイト、聞こえちゃった?」

「どこから、どこまで?」


 クラレットとセピアの問いかけに、「たぶん、大事なところはぜんぶ」と答える。

 アッシュは、眉間を指で押さえながら沈黙していた。


「聞いちゃって、ごめん。インマって、何?」


 響き的に、なんだか嫌な字面しか予想ができないのだけど。


「こんなタイミングで話すことになって申し訳ない。もうわかっていると思うが、俺たちは普通の人間じゃない」


 三人がかりでのドッキリかと思ったけれど、そうではないみたい。アッシュの硬い表情が、この話が嘘ではないことを物語っている。


「僕たちのおばあさまが、淫魔だったんだよ。夢魔ともいうかな。僕たちはその血を引き継いでるってわけ」

「夢魔、って……」


 もとの世界でも、小説や映画に出てきたのを見たことがある。インキュバスとか、サキュバスとかいう、悪魔のことだっけ?


「夢、が関係しているの……?」


 寝ている女性の枕元に忍び寄る、山羊の角がついた悪魔の映像が、ぼんやりと思い起こされる。


「ええ。私たちの甘い匂いをかいだあとに、妙な夢を見たりしなかった?」

「あの夢……っ! やっぱり、私のせいじゃなかったんだね!?」

「そうよ。淫魔はね、人の夢に入り込んで淫夢を見せて、生気を吸いとることのできる悪魔のことよ。私たちにそんな力はないけれど。せいぜい甘い匂いで魅了させたり、その匂いをかいだ人にいやらしい夢を見せるくらいね」


 クラレットの言葉で、顔がぼっと赤くなる。アッシュの半裸が妙に生々しかったこととか、壁ドンで迫られたことが鮮明に記憶によみがえってきた。


「いやらしい夢、って、そんなはっきり言わないでよ!」


 ただの夢にしては、はっきり覚えているしリアルすぎるとは思った。


「祖父の代で店が大きくなったのも、祖母の力が原因だった。ドレスに『魅了(チャーム)』の力が宿って、着た人をより魅力的に見せることができるようになり、貴族の間で評判になった」

「あ、でも、父まではその力を利用していたけれど、アッシュは使っていないからね。アッシュが着た人の魅力を引き出すドレスを作れたのは、正真正銘アッシュの力だよ」

「そんなの、言われなくてもわかってる!」

「ケイト?」


 怒りながら叫んだ私を見て、アッシュが悲しげな顔になった。


「やはり、淫魔だなんて、嫌か?」

「違いますっ! わりとそのことはどうでもいいです! 自分でもびっくりだけど……」


 もともと、常人を逸した美貌の持ち主だし、淫魔としての能力がなくてもアッシュに魅了されているわけだし、本当にそんなことは関係なかった。


「じゃあなんで、そんなに怒っている?」

「内緒にされていたことを、ですよ……。もし最初の日に打ち明けられていても、『異世界だからそうなのか』って普通に受け入れていたと思うのに」


 三人が揃って、しゅん、という顔になった。


「ごめんなさいね。淫魔ってね、どうしてもこう、エロティックなイメージとか、生気を吸いとる物騒な先入観があってね……。客商売だから知られるわけにはいかなかったのよ。祖母も、まわりには秘密にしていたわ」

「そもそも魔法種族自体、めったに人間とは関わらないものだしねえ。ケイトも役場で聞いたでしょ? エルフのこととか」

「うん……。でもそれならどうして、おばあさまはおじいさまと結婚したんだろう?」


 素朴な疑問に首をひねった、そのとき――。


「その疑問には、私がお答えするわ」


 聞き覚えのある声が、入り口の方角から聞こえた。

 振り返ると、なつかしい、私の勤めていたショップの服を着た女性がそこに立っていた。

 年齢不詳の美貌、妖艶な笑顔。この世界に飛ばされた日の最後に接客した、あの――。


「あ、有栖川さま!?」

「おばあさま!?」


 私と三人の声が同時に響いた。

「えっ?」とお互い顔を見合わせる。


「ど、どういうこと? おばあさま、よね? 昔と外見は違うけれど、雰囲気も声もそのままだし」

「ちょっと待って。この人は有栖川さまだよ。もとの世界での私のお店で、お得意様だった……」


 クラレットと説明し合いながら、私は混乱していた。有栖川さまが、みんなのおばあさま?

 確かにもとの世界でも謎の多い人ではあったけれど、まさか異世界人で淫魔だなんて思ってもみなかった。


「桜井さん、そして孫たちも、驚かせてごめんなさいね」


 有栖川さまはあっさりと、ふたつの疑問をまとめてしまう。

 呆然とするしかない私たちの中、アッシュだけが冷静に口を開いた。


「やはりな。おばあさまが簡単に死ぬわけはないと思っていたが、生きていたのか?」

「そうよぉ。こっちの世界での人の器はダメになってしまって、生気をたくわえているうちに桜井さんのいる世界に行ってしまって。もともと異世界文化が好きだから、ついつい堪能しちゃって」


 のん気な口調で語る有栖川さまに、クラレットが迫った。


「私たち、おばあさまが亡くなったと思ってものすごく悲しんだのよ。両親は世界一周に行ってしまったし、セピアだっておばあさまがいてくれたら寂しい思いをせずにすんだのに。もっと早く戻ってきてくれても良かったんじゃない?」

「それについては、本当にごめんなさい。なかなか転送魔法が使えるまでの魔力がたまらなかったの。やっとたまったと思ったら、うっかり桜井さんに使ってしまって」


 ぽんぽん、と小さな孫にするようにクラレットの頭を撫でながら、さらっと爆弾発言をされた。


「え!? 異世界トリップしたのが非常階段だったのって、まさか」

「ケイトをこの世界に飛ばしたのは、おばあさまだったのか?」

「な、なんでそんなこと」


 みんなは混乱していたが、私にはその理由がなんとなくわかってしまった。あの日、接客の最後にした会話が思い起こされる。


「桜井さんがアッシュのお嫁さんになってくれたらいいな、って思って。私がいろいろお膳立てするつもりだったんだけど、その必要もなかったみたいね?」


 寄り添う私とアッシュの距離感を測って、有栖川さまがにっこりと微笑む。


「もしかして、有栖川さまがおっしゃっていた『女っ気がない息子』ってアッシュさんのことだったんですか?」

「おばあさま……。またそんなしょうもない見栄を……」

「だって、孫がいるなんて言ったら、すごく年寄りに見えてしまうじゃない! それくらいのお茶目心は許して欲しいわ」


 有栖川さまが、唇をとがらせた。そんな可愛げのある拗ねかたができるのがうらやましい。


「お茶目ですむ話じゃない。ケイトがどれだけ大変な思いをしたと思っているんだ。おばあさまの身勝手な策略に付き合わされて、家族とも離れて異世界でひとりきりで……。その気持ちを考えたことがあるのか」


 わざと冷たい態度を取っているときとは違う、本気で怒っているアッシュの声。

 初めて見るアッシュのそんな姿に、私たちは全員言葉を失ってしまった。

 ショックを受けた顔でうつむく有栖川さまと、口を開いていいものか迷っているセピアとクラレット。


「もう、いいですよ。アッシュさん」


 私のために怒ってくれたアッシュの手を、そっと握った。


「私、この世界に来れて、本当に良かったと思ってるんです。仕事に対する大切な気持ちも思い出せたし、一生の友人もできたし、それに何より、アッシュさんを好きになれた。だから有栖川さまには、感謝しています」


 心からの気持ちで、そう告げた。『一生の友人』のところでは、クラレットとセピアを見つめながら。


「ケイトがそう言うなら……。俺は何も言わないが」


 アッシュが、つないだ手をぎこちなく握り返してくれる。この人の、不器用な優しさが大好きだ。


「桜井さんは、私の見込んだとおりの人だったわ。あなたたちが恋仲になれて、本当に良かった」


 有栖川さまも、ほっとしたように笑顔を見せる。


「おばあさま。一年間放っておいたのは、ケイトを試す意味合いもあったんでしょう? 『アッシュの恋人は私が認めた人じゃないと』ってよく言っていたものね」

「さあ、どうでしょう。ご想像にお任せするわ」


 私は有栖川さまが、私に長い長いお休みをくれたんじゃないかと思っている。『一年間、私の愛した世界をじゅうぶんに楽しんで』って。だってここには彼女の愛したお店と、三人の孫たちがいるのだから。


「あ、そうそう。あなたたちに言っておきたいことがひとつあるの。アッシュは桜井さんの世界に一緒に行こうと思っているみたいだけれど、一回の転送魔法ではひとりしか運べないし、エルフたちがまた魔力を蓄えるのには一年かかるわよ」


 アッシュと手を繋いだまま、「えっ」と顔を見合わせる。


「つまり、俺がケイトの世界に行けるのは一年後ってことか?」

「だったら、おばあさまがアッシュを飛ばしてあげればいいじゃない。ケイトにしたみたいに」

「私も魔力を使い切ってしまったもの。そんなに都合よくいかないわよ」


 クラレットが有栖川さまに詰め寄ってくれたが、有栖川さまは残念そうに首を横に振った。


「一年間、離れ離れか」


 遠くを見つめるアッシュ。さびしいと思ってくれたことが、嬉しい。昨日までは、離れたくない気持ちでいるのは自分だけだと思っていたから。


「大丈夫ですよ、アッシュさん」


 彫刻のように整ったその横顔に、言葉をかける。


「一生会えないと思っていたんだから、一年くらいどうってことないです。私、その間に頑張って、もとの世界でもお金を貯めます。アッシュさんが来てくれたらすぐに一緒に暮らせるように」


 この一年があっという間だったように、アッシュを想いながら過ごす一年も、きっとあっという間だと思う。やるべきことはたくさんあるし、そのどれもがふたりのためだと思うときっと楽しい。


「ケイト……。俺もその間、おばあさまに異世界のことを聞いて勉強しておく。合流したらすぐに、服を作る仕事で稼げるように」

「アッシュさんの作るお洋服ならきっと、私の世界でも大人気になりますよ。私が保証します」


 ふんふん、とうなずきながら私たちを見守っていた有栖川さまが、おねだりするように切り出した。


「ねえ、久しぶりに再会した祖母に対して、歓迎会とかそういうものはないのかしら?」

「おばあさまは、少し反省してください」


 ちっとも怒っていない口調で三人がそう言うから、私は思わず声に出して笑ってしまったのだった。


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