(4)
舞踏会の日に通された、天使とシャンデリアが遊ぶきらびやかなホール。
そこに、五十人の王族女性とウォルがいた。
当たり前だが、その女性たちの中にはウォルの奥さんたちもいて、私に対する視線が鋭い気がした。このことが、ドレスの判定に響かなければいいけれど……。いや、アッシュのドレスを信じよう。
「よく来てくれたね。仕立て屋スティルハートのみんな。この姿で会うのは初めてだね」
ウォルの挨拶に対して、まずクラレットが進み出た。
「ご機嫌麗しゅう、殿下」
「クラレット、久しぶりだね。私の贈ったブローチは気に入ってくれたかな」
「ええ、もちろん。殿下からだとわかってからは、恐れ多くてつけられなくなってしまいましたわ。今は金庫で厳重に保管しておりますの」
思わず吹き出しそうになってしまって、セピアとお互いの手の甲をつねりあう。
私たちは知っているが、一週間前からクラレットはブローチを金庫にしまい込んでしまった。そこまではウォルに話したとおりなのだが、そのあと金庫の錠前を金槌で壊してしまったらしい。
「これでもう開くことはないわね。せいせいするわ」と言って。
開かずの金庫にしまわれているなんて、ウォルは想像もしていないだろう。
「殿下。先日は舞踏会への招待、ありがとうございます」
次にセピアが挨拶する。
「セピアだね。君とはお店でもあまり話したことはなかったね。ああ、そうそう、君は王族の女性たちにとても評判が良かったよ。礼儀正しくてかわいらしいってね」
「えっ、ほんとですか~?」
セピアが、まんざらでもない嬉しそうな声をあげる。
おいおい、ウォルに懐柔されてどうするんだという気持ちで見つめていたら、はっとした顔で振り返られた。
「こ、光栄ですが、僕にはもう心に決めた人がいるので」
「その心に決めた人、のことを今日私がいただくつもりだけどね」
ウォルの言葉で、ふたりの間にバチバチと火花が散る。
「殿下。まだ、勝負がどうなるかわかりません。公正な判断をお願いします」
アッシュが膝を折って、ふたりの間に割って入った。
「アッシュ。まさか本当に五十着完成させるなんてね。君ならそのくらいやってのけると思ったけど。でも、大事なのはここからだよ」
ウォルが手招きすると、後ろで控えていた五十人の王族女性たちがざっ、と前に進み出た。
「審査員は、彼女たちだ。約束通り、ひとりでもドレスを気に入らない者がいたら、勝負は君の負けだよ」
「承知しております。では、着付けに移らせていただいてもよろしいですか。ケイトとクラレット、ふたりにお願いしようと思っています」
「いいとも。ふたりだと手が足りないだろうから、うちのメイドも何人か手伝わせるよ。着付けにはドレスルームを使ってもらおうか。あそこなら鏡もたくさんあるし、広いからね」
「ありがとうございます。では、セピアと俺は殿下と待たせてもらいます」
アッシュとセピアに目配せしてうなずいてから、王族の女性たちをぞろぞろ引き連れてドレスルームを目指す。五十着ぶんのドレスを運んでくれている黒服たちも一緒なので、大名行列のようだ。
「舞踏会でおしゃべりしたときは、王族って言っても気のいいひとたちが多いと思ったんだけど、なんだか不機嫌そうなのが何人かいるわね」
「ウォルさまの側室だよ。きっと私のことが気に入らないんじゃないかな。私怨で不合格判定されないといいんだけど……」
「馬鹿ね。ケイトに側室になって欲しくないんだから、気に入ったふりをするに決まってるじゃない」
「ああ、そうか」
ひそひそとそんな会話をしながら、白い石造りの廊下を歩く。どこもかしこもワックス塗り立て、みたいにぬめぬめ光っていて逆に気味が悪い。肖像画がずらっとかかっているのもこわいし、こんなところで暮らすなんて断固ごめんだ。
せまくても、自分ひとりのお城がいい。自分で稼いだお金で借りた自分だけの部屋で、のんびり好きなことをする。いつでもたくさんの従者たちの目が光っている生活なんて、生粋の庶民である私に耐えられるわけがない。
「着きました。ここです」
両開きの扉を黒服が開け放つ。ギギィ、という仰々しい音とともに現れたのは、巨大なウォークイン・クローゼット。
「な、なにこれ。この国じゅうのドレスルームを集めたような部屋じゃない」
クラレットの言葉は決しておおげさではない。いくつものドレッサーと姿見、何列にも並べられたラックには、ドレスがずらっとかかっている。
天井まで届く棚には、帽子や靴がぎっしり。
「お城で暮らしている王族女性全員の、衣替え用のお召し物が詰まっておりますから。セレモニー用の特別な衣装もこちらで保管しております」
ぽかんとした私たちの顔を見て、黒服が説明してくれる。
「まるで、魔法のクローゼットみたい……」
ちいさいころ、おばあちゃんとふたりでよく空想していた。世界中のすてきなお洋服を集めた、魔法のクローゼットがあったらいいねって。
この場所は、この国中のすてきなものを凝縮したみたい。きらきらした女の子の夢と、可愛くなりたい気持ちが詰まってる。
「確かにすてきだけど。ケイト、見惚れてる場合じゃないわよ」
「う、うん」
メイドさんたちと手分けして、女性たちに着付けていく。私が手に取ったドレスはひときわ私を強く睨んでいた側室女性のもので、わかりやすく嫌な顔をされた。
「あら、あなたが着付けてくださるのね」
「はい、よろしくお願いします」
「ごく普通の地味な方に見えますけど、王子を篭絡させるなんて、どんな手を使ったんでしょ。よっぽど魅力がおありなのね」
嫌味はとりあえず無視しておいて、よいしょ、と今着ているドレスを脱がしていく。きつく締め上げたコルセットがとても窮屈そうだ。
「いえ、そんなことないです。私ほんとにモテなくて、この前も好きな人に失恋したばっかりなんです。ウォルさまは珍しいもの好きなだけだと思いますよ」
「……え? 失恋なさったの?」
「はい。もといた世界でも、彼氏に浮気されたあげく振られましたしね。こうなったら仕事が恋人って感じですよね、あはは」
笑い話にしたのに、女性はとても気の毒そうな顔で私を見ていた。
「なんというか。まあ、がんばって……」
「ありがとうございます。だからその、判定は正直にお願いしますね」
「……わかったわ」
コルセットをゆるめ、身体に合ったドレスを着せていくと、女性の顔がだんだん穏やかになっていくのがわかった。
自分に似合うすてきなものを身に付けると、心も優しくなれる。
誰だって、ぷりぷり怒ってばっかりの女の子ではいたくない。できればいつでも笑って、好きな人には可愛げを見せたいって思ってる。
でも、素直になれる子ばかりじゃないから、そんなときはお洋服の力を借りてもいいんじゃないかな。
『似合ってる』『可愛い』は、どんな女の子でも素直になれる魔法の呪文だから。
「素敵です。やっぱりこの色にして良かった」
着付け終わったそのドレスは、魔法のように女性にぴったりだった。寸法を測っていないのに身体に沿うデザイン、しっくりなじむ色合い。
「……コルセットをきつく締めていないのに、いつもより細く見えるわ」
「二の腕や肩周りを気にしていらっしゃったので、そちらをカバーするように作ってもらったんです。ウエストはもともと細いので、そこまできつく締め上げる必要はないんですよ」
「そうなの……。早く教えてもらえば良かったわ」
お腹に手を当てながら、深い呼吸を繰り返している。息をするのもだいぶ楽になったのではないだろうか。
「じゃあ、私は次の方の着付けに移りますね」
「……ご苦労さま」
最初よりも少しだけやわかくなったその声に、「ありがとう」の響きが混じっているような気がした。




