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仕立て屋王子と魔法のクローゼット  作者: 栗栖ひよ子
第六話 ウォルの策略と三兄弟の真実
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(3)

「アッシュさん、お願いですから、断ってください!」


 黒服に連れられて仰々しく帰宅した私を見て、クラレットは大騒ぎをした。アッシュとセピアも作業室から出てきて、事情を説明したのだが……。

 ウォルが予言したとおり、アッシュは首を縦に振らなかった。


「それはできない。そこまで言うのなら、俺が断れば王子は問答無用で君を側室にするだろう」


 クラレットとセピアが、めずらしく口を挟まずに私たちをはらはら見守っている。


「それに、勝ったほうがケイトを好きにできるのなら、俺が勝てば君は故郷に帰れるのだろう?」


 アッシュの言葉に、胸が熱くなる。もっと無茶な要求だってしていいのに、この人は他人を自分の思い通りにすることなんてまったく考えていない。最初からずっと、そういう人だった。


「でも、そもそも勝負って何をするのかしら」

「剣術とかダンスだったら、アッシュに勝ち目はないよ。向こうは王子なんだし」


 しん、と空気が凍る。

 こんなにみんなを心配させて、困らせて。私がこの世界に来なければ、三兄弟をこんな目に合わせることもなかったのに。


「ごめん……私のせいで」


 思わずそう零すと、セピアが涙目でうつむいた。


「僕、ケイトにこの世界に残って欲しいって言ったけど、王子の側室になるなんて嫌だよ……」

「そんなの私だって嫌よ。だいたいああいう男はむっつりスケベの変態って相場が決まっているのよ。側室になったらどんなプレイを強要されるのか分かったもんじゃないわ!」


 クラレットはなぜかヒートアップしている。『ああいう男』になにか嫌な思い出でもあるのだろうか。


「ちょ、ちょっとクラレット。こわいこと言わないでよ……」


 ウォルに縛られて蝋燭を垂らされる自分が、簡単に想像できてしまうのが余計にこわい。

 わあわあ言い合っていると、お店のドアベルが鳴った。

 お客さんかと思ってクラレットと出てみると、お城の制服を着た黒服が立っていた。


「第二王子からの、書状でございます」


 そう言って私に手紙を押し付けると、何かを尋ねる前に去って行ってしまった。メイドといい黒服といい、ウォルの身の回りの人たちはサイボーグみたいだ。


「ちょ、ちょっと。勝負の内容が書いてあるんじゃないの? 早く開けてちょうだい」

「わ、わかってるよ。手が震えて封が開かない……っ」

「まだるっこしいわね。貸してちょうだい」


 蝋で封された手紙を開けようと四苦八苦していると、クラレットは取り上げた封筒の側面を思いっきりびりびりと破いた。


「ああっ、そんな雑に開けちゃまずいんじゃ」

「見たくもない手紙なんて、これでじゅうぶんよ。さて、何て書いてあるのかしら」


 ふたりで顔を寄せ合って中身を凝視する。ウォルからの書状の内容は、こんな感じだった。


【仕立て屋スティルハート アッシュ・スティルハートさま


 ケイトから勝負の話は伝わっているかな。

 その内容を決めたから送らせてもらうよ。


 君には、王族の女性五十人、全員ぶんのドレスを作ってもらう。

 名簿を同封しておくが、全員舞踏会の会場にいた女性たちだよ。君ならもちろん、全員の特徴を覚えているよね?


 全員がドレスを気に入ったら君の勝ち、一人でも気に入らなかったら君の負けだ。

 

 期限は一週間。

 一週間後に、ドレスを持って王宮まで来て欲しい。

 

 もし間に合わなかったら、その時点でケイトは私の好きにさせてもらうよ。


 フリルテリア国第二王子 ウォルナット・フリルテリア】


「ドレス勝負……」


 その内容に、一瞬ほっとした。剣や格闘みたいな物騒な勝負じゃないし、ダンスみたいな不利な勝負でもない。

 私たちの土俵で試してくれている気がして、その部分はウォルに好感が持てた。でも……。


「ちょっと待って。一週間で五十着って、無茶に決まっているじゃない! 私たちが総出で手伝っても、とても……」


 そう、問題はそこだった。これでは勝負というよりも課題だし、『蓬莱の玉の枝レジン事件』よりも更に無理難題だ。


「無理ではない」


 後ろから音もなく近寄ってきたアッシュが、クラレットから書状をすっと取り上げた。


「うちに保存してあるサンプルもうまく使えば、一週間で間に合うだろう」

「そうだね。その間お店は閉めて、みんなで作れば何とかなるよ!」


 セピアも、明るい笑顔で私たちの肩を叩いてくれる。 


「でも、全員が気に入るドレスを作らなきゃいけないのよ? 私、王族の女性全員ぶんの体型や好みなんて覚えていないわよ!」

「あ、それなら私、覚えてるよ」


 そう告げると、三人同時に「えっ」という顔で振り向かれた。


「貴族の人たちは顔見知りが多かったから、王族の女性の会話を聞いて、名前と特徴を覚えようと思ってたんだ。今度の注文で役立つと思って……。帰ってすぐにメモにまとめたから、それと名簿と私たちの記憶を照らし合わせれば、全員ぶん埋まるんじゃないかな」

「ケイト、すごい!」


 セピアが私に抱きつこうとしたが、間に入ったアッシュに阻まれていた。


「あなた、いつの間にそんなに有能になったの?」

「もとの世界のショップでも、いつもやっていたんだよ。顧客さまの買っていったものとか、その日の会話とかを逐一メモして接客に役立てていたの。こっちに来てからも、習慣でメモはつけ続けていたんだよね」

「でかした」


 アッシュが、満足そうな笑顔を見せてくれる。

 褒めてもらって、レアな笑顔をもらえただけでも、じゅうぶん大きなお土産になるなと思った。

 飛ばされたのがこの世界で良かった。みんなに――アッシュに出会えて、恋ができて、本当に良かった。


 私たちの間にあった空気が、希望に満ちたものに変わっていく。


「さあ、じゃあ今日から泊まり込みで作業よ! 私は家からサンプルをありったけ持ってくるから、アッシュはケイトの話を聞きながらデザイン画を描いてちょうだい」

「僕はアレンジに使えそうな材料を買ってくるよ」


 クラレットとセピアはばたばたとお店を出て行ってしまった。

 私でも役に立てる、みんなで力を合わせて試練を乗り越えられると思うと、勇気がむくむくと沸いてきた。


 私のせいで迷惑をかけてしまっているという申し訳なさは変わらない。でも、こんなにみんなが頑張ってくれているときに、私だけ落ち込んではいられない。

 私が先陣を切って全力で挑まなければ! そしてウォルを、ぎゃふんと言わせてやる!


「ケイト、その前にお茶を淹れてくれるか」


 鼻息を荒くしていると、アッシュに頭をぽんと叩かれた。


「はい!」


 徹夜になってもいいように、思いっきり濃い紅茶を淹れよう。ミルクとお砂糖もたっぷりいれて、ティー・オレに。きっと、糖分もたくさん必要になる一週間だから。

「甘すぎよ」ってクラレットに言われたら「これが異世界でのトレンドなのよ」と言ってやろう。


「やってやるぞー!」


 キッチンでお湯を沸かしながら、私はひとり、拳を高く振り上げた。


 * * *


 それから一週間。四人総出での作業が始まった。

 食事は、手の空いた人がテイクアウトで買ってくる。仮眠を取るときは一人ずつ交代で、二階の私の部屋を使ってもらうことにした。


「ケイト。この、第二王子の叔母だという婦人はどんな人だ?」

「六十歳くらいのふくよかな女性でした。髪は白髪の混じった茶色で、目の色は緑。濃い紫色のゆったりしたドレスを着ていましたが、似合うのはこっちのライラック色だと思います」


 アッシュと相談しながら、ひとりひとりのデザインを決めていく。


「この人は華奢でなで肩だったので、パフスリーブのほうがいいです」

「こっちの人は胸が大きいのを気にしていたから、あまり強調しないデザインにしてください」

「あ、刺繍の糸は金色より銀色がいいと思います」


 ものすごい速さで、アッシュがスケッチブックに五十枚のデザイン画を仕上げていく。私も、今まで勉強してきた知識をフル動員して、アッシュに応える。


 デザインが決まってからは、役に立てることがあまりないんじゃと思ったけれど、レースやボタンを縫い付ける簡単な作業はやらせてもらった。

 あとは、フロッキープリントに使うフェルトを切ったり、裏に糊をつけたり。


 何かに使えるかなと思って、細長い布で帯結びをいろいろ試していたら、アッシュが気に入ってくれた。着物ドレスが好評だったこともあり、布地が足りるぶんの何着かは新作でいくことにした。


 サンプルをほどいて、また縫い直して。布地を足したり、減らしたり。目がかすむような地道な作業が毎日繰り返される。

 こんな細かい作業をずっと続けてきたアッシュとセピアが、とてもすごい人たちに思えた。


 アッシュの書き起こしたデザイン画から、瞬時に型紙を作り出すセピア。アッシュの鋏さばきと、魔法のような針の動き。

 人間国宝のようなふたりの手つきに思わず見惚れてしまったことも多かったけれど、すぐに気を取り直して自分の仕事にかかった。

 仕立て屋スティルハートは、この国の宝だ。だから絶対、王族にもウォルにも、みんなの凄さを認めてもらうんだ。


 そして怒涛の一週間は瞬く間に過ぎ、約束の日になった。


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