(4)
みっちりと、ダンスや謁見の練習をする日々が半月ほど過ぎ……。
いよいよ、王宮舞踏会当日になった。
「いよいよ決戦の日ね。私たちの戦闘服がどんなドレスになったのか楽しみだわ」
一緒に着付けをしよう、とクラレットがお店まで来てくれていた。アッシュとセピアは昨夜から泊まり込みで最終調整をしてくれている。
「ほんと、早く見たいね」
作業室を覗きに行きたいけれど、ふたりの集中力を削いでしまうのが嫌で我慢していた。
「まだかしら。そろそろ催促しに行ってもいいかしら」
二杯目の紅茶を飲み干してから、クラレットが絵に描いたようにそわそわし始めた。
「もうちょっと待っていようよ。まだ時間には余裕があるんだし」
舞踏会は夜からで、今はまだお昼すぎだ。いくら着付けやヘアメイクに気合いを入れるといっても、あと数時間くらいは待たされても平気なのでは。
「そうだけど。こう、じっと待ってるのが耐えられないのよ!」
「それはわかるけど」
言い合っていると、作業室の扉がガチャっと開いた。クラレットと同時に、扉の方角に勢いよく顔を向ける。
「お待たせ~。最終調整も終わったよ。今ドレスを持ってくるから待ってて」
セピアとアッシュが、トルソーごとドレスを運んでくる。ひとめ見た瞬間、心がときめきだすのを止められなかった。隣にいるクラレットの顔を覗き見ると、目に星が宿ったみたいにキラキラしている。
きっと今、私も同じような瞳をしてる。
「どうだ?」
「気に入ってくれた?」
アッシュとセピアの言葉に、ぶんぶんと首を縦に振る。
「すごく素敵……! もとの世界で見た着物ドレスのどれとも違うのに、すごくなつかしい感じもするの」
「色も柄も、鮮やかね……! 斬新なのに、なぜかしっくりくるわ。似合うのがわかっている感じ。初めてのデザインなのに不思議ね」
トルソーにかかった二着のドレスは、片方が白と黒を基調にしたカラー、もう片方が赤と白を基調にしたカラーだった。
白いドレスのほうは、ウエストマークをした太い黒リボンが、帯のかわりのようだ。黒に映える金の糸で扇の刺繍が入っていて、バックスタイルは帯の結び方を模した蝶結びになっている。肩とデコルテの出たオーソドックスな形だが、胸元は半襟の要領で黒の布地を覗かせている。
スカート部分は傘のように、白無地と黒ベースの着物柄の切り替えになっていて、着物の柄は白い鶴だった。徹底的にモノトーンにこだわったせいか『モダン・ジャパネスク』というような印象を受けた。クラレットに似合いそうだ。
「このモノトーンのほうが私用でしょう。アッシュから見た私のイメージはこんな感じなのね」
「じゃあ、私が赤いほうですか?」
赤いほうは、私がアッシュに説明した『色打掛』を模したドレスだった。
光沢感のある白い生地に、赤い着物柄を重ねている。バックスタイルは着物柄がカーテンのように開いていて、トレーン状に長く伸びた白い布地が覗いていた。
裾が床すれすれというか、この長さだと引きずってしまうのではないだろうか。
「色打掛を再現したくて後ろ部分の裾を限界まで長くしたから、踏まれないように気を付けてくれ」
「気を付けます……」
腰についた蝶々結びは金色で、白いドレスよりもさらに大きい。胸元の開きは控えめだが、そのぶん背中が大きく開いていた。横から見ると、後ろ下がりのきれいなラインになっている。
着物の柄は、桜と毬。さっきも感じたけれど、この柄はアッシュがいちから作ったものではない。あまりにも、日本の着物を再現しすぎている。まさか……。
アッシュを振り返ると、「気付いたか」と目配せされた。
「この布は、俺が作ったものではない。おそらく、本物の『キモノ』の生地だろう」
「おばあちゃんの遺品に、着物みたいな柄の布があったのを思い出して使ってみたんだよね。もしかしたら、昔おばあちゃんが異世界人からもらったものかもしれないね」
説明不足のアッシュの言葉を、セピアが引き継ぐ。
「そうだったの……。なつかしい感じやしっくりくる感じがするのは、おばあちゃんの持っていた布を使ったからかもしれないわね」
「そんな大事なものをドレスにしちゃって良かったんですか?」
おばあさまの大事な形見なのでは、と心配したのだが……。
「使わなければ、見られなければ、どんなに貴重で美しい布であろうと意味がない」
噛んで含めるように、アッシュに説明された。きれいなものがしまい込まれているのは、きっとアッシュの美学に反することなのだろう。
「それにこのドレスはこの国の歴史を変えるはずだ。間違いなく、新しい流行が生まれるぞ」
いつもぴしっとしているアッシュの髪もシャツも徹夜明けでくしゃくしゃで、それなのに表情は生き生きと輝いていた。
まるで新しい発明にわくわくしているときの、少年のような。
「僕たちのフロックコートには、やっぱりチーフをキモノにすることにしたんだよ。僕が黒でクラレットとペア、アッシュが赤でケイトとペアだね。ドレスを邪魔しないように、フロックコートはふたりともダークグレーにすることにした」
アッシュとペア、という言葉に胸がどきりとする。
「身長差的には逆のほうがいい気もするけれど、まあいいわ。ケイトにはアッシュがついてくれていたほうが安心だし」
「舞踏会も男女ペアで踊ることになっている。入場のときもこのペアだから間違えないよう気をつけろ」
アッシュには、ただ隣の席の女の子とペアになりました、くらいの意味しかないのだろう。
他のペアはみんな恋人や夫婦だろうから、私たちだけ場違いだったらどうしよう、アッシュに冷たくされたら嫌だな……と、悲しい気持ちになった。
――そんなの、私がアッシュに恋人みたいに振る舞って欲しいみたいじゃないかと気付いて、頭をぶんぶん振る。
「どうしたのよさっきから、むっとしたり沈んだり、赤くなったり」
採寸室で着付けをしていると、クラレットにつっこまれた。
「なんでもない。ちょっと緊張してるだけ」
「ふぅん……」
意味ありげに微笑まれてしまった。オネエには私の考えていることが全部読まれているような気がして、ときどき怖い。
クラレットだけは敵に回したくないな、友達で本当に良かった、と心底思う。




