(1)
そうして、私は異世界での新年を迎えた。
お店も数日間はお休みだったので、存分に昼寝をしたり、街を散歩したりした。
楽しかったのは、新年のパレード。一日かけて街中を練り歩くもので、王族の乗った馬車と、きらびやかな格好をした兵士や踊り子たちが目を楽しませてくれた。楽器隊の演奏も見事で、もとの世界と似ているけど違うラッパ形の楽器や、トロンボーンのような伸びる楽器に釘付けになった。
ウォルにもらったオルゴールに入っていた曲も演奏された。明るいけれど堂々とした雰囲気の曲で、この国で有名な曲なのかと思って近くにいた人にたずねたら、
「この国の第二国歌のような、人気のある曲だよ」
と教えてくれた。
三兄弟への贈り物のお返しも見つけた。三人おそろいの、カフスボタン。石が薔薇の形に彫刻してあって、これならドレス姿のクラレットでも使えそうだと思った。
アッシュは青、セピアは白、クラレットには赤を買った。少しお値段は張ったけれど、気に入ってしまったのだから仕方ない。貯金は減ったけれど、もとの世界に帰るのが何日か遅れるくらいなら、まあいいかと思える。
休みの間にあった心配事は、だれかにつけられているような気がしたことだ。外に出かけると視線を感じたり、お店のまわりに人がいるような気配がしたり。
二階の窓から覗いたり、道で振り返ったりしてもだれもいないし、気のせいだと思うことにしているが、なんだか気味が悪い。
この世界での知り合いは多くないし、まさかストーカーということもあるまい。
休暇でひとりでいる時間が長かったから、さびしくなってしまったのかもしれない。ホームシックじゃなくてみんなに会いたくてさびしいなんて、完全にこの世界に毒されているけれど。
* * *
お正月、というよりは『冬休み』というような雰囲気の休暇が終わり、仕事はじめがやってきた。
みんなが来る前に掃除と暖炉の準備も終え、お茶を淹れる用意も整えて、ソファスペースをうろうろ、そわそわしながら待っていた。
「ふだん着るには華やかすぎるかな」と思っていたコーラルピンクのドレスを着たし、ヘアメイクにもいつもより時間をかけたし、「これじゃ、新学期に久々に好きな人と会う中学生じゃないか!」と自分で自分につっこんでしまう。
こんなに意識してしまうくらい、早く会いたいと思ってしまうくらい、あの新年の贈り物は私の中で大きくなっていた。
もちろん今も肩の上にかかっているそれは、あったかくて少しくすぐったい。
カランカラン、というドアベルの音がして、三人がお店に入ってくる気配がする。
途端に気持ちが浮き上がったことに、自分で驚いていた。
「ケイト! 久しぶり~、会いたかったよ!」
まず、セピアが私のところまで駆け寄ってくる。
「久しぶり……。うん、私も、みんなに会いたかったよ……」
セピアが手を握ってぶんぶん振るのを拒まずに言ったら、目玉が落ちてしまうのではないかと思うくらい大きく目を見開かれた。
「ケイト、どうしたの!? 急にキャラが変わってるよ? また熱でも出たの?」
セピアが必死な形相で私の肩をゆさゆさ揺する。
「なによ、騒々しいわねえ」
すでに脱いだケープつきの外套を手で持ちながら、クラレットが現れた。
クラレットも、今日はブローチに合わせた真紅の華やかなドレスを着ている。ああ、久しぶりの再会で気合いが入ってしまうのは女子的には普通のことなんだな、とちょっと安心した。
「クラレット! ケイトがおかしいんだよ! なんだかしおらしくて素直なんだ!」
あまりにも正直なセピアの言葉に、普段は素直でもしおらしくもないのか、とがっくりする。
クラレットは、「ああ、そういうこと」と言いながら、からかうような目で私の肩を見た。
「私たちの贈り物がずいぶんと効いたみたいね」
「あ、ほんとだ。僕たちが贈ったショール、使ってくれてるんだね。そんなに喜んでくれたの?」
「うん……。だって、家族にする贈り物なんでしょ?」
ふたりの顔が正面から見られなくて、うつむきながら目をそらしてしまった。
「だいたいは身内で贈りあうものだな」
アッシュの声と、気配がする。目が合ったらとたんに照れが入ってしまいそうだから、このまま勢いで出してしまえ。
「あの、これ、私からも新年の贈り物。……というか、お返しというか」
セピアとクラレットの腰あたりを見ながら、ラッピングしたみっつの箱を差し出す。アッシュも近寄ってきたらしく、長い脚が視界に入る。
身長の差もあると思うけれど、こうして三人を比べるとアッシュはずいぶんと股下が長いんだな。うらやましい。
「えっ、本当に?」
「あら。わざわざ買ってくれたの?」
「貯金に影響はないのか?」
三者三様の質問をされるが、「うん」と「大丈夫」をカタコトでしか答えられない。
「せっかくケイトが選んでくれたんだし、いただきましょうよ」
「そうだね。これ、ラッピングの色が赤と青と茶色だけど、どれにしたらいいのかな」
「俺が青、クラレットが赤、セピアが茶色だろう。普通に考えれば」
クラレットが空気を読んでくれたおかげで、私の手の上にあった箱はそれぞれの贈り主の手のひらに収まった。
箱を開けた三人が、それぞれ「おおっ」という顔をしたのでほっと胸をなでおろす。
「あら、薔薇の形のカフスボタンじゃない! 素敵だわ。このブローチと一緒につけても合いそう」
「僕のは白で控えめだから、ふだんのジャケットにつけても大丈夫かな? う~ん、もったいないから正装のときに取っておこうかなあ」
「俺のは青い薔薇か。今日着ているブルーグレーのフロックコートにも合いそうだ」
会話を聞いている限りでは、社交辞令ではなく、本当に気に入ってくれたみたいだ。
「ありがとう、使わせてもらう」
アッシュの言葉でうっかり、目を合わせてしまった。急に顔が沸騰したみたいに熱くなる。
「あ、は、はい」
年越しのときに手を繋いでくれたことや、ショールを選んでくれたことを思い出すと、胸の中が炭酸水になってしまったみたいにしゅわしゅわする。
――これは、なに?
今まで味わったことのない気持ちが急に自分の中に入ってきて、頭の整理がつかない。
「ケイト、顔が赤いけど、どうしたの?」
「まさかまた熱があるんじゃないでしょうね」
「だ、大丈夫! 暖炉に当たって熱くなっただけだから。早くミーティングしよう!」
心配そうな三人にから元気を装って、話を切り上げる。
地に足がついていないような、ふわふわしたおかしな感覚が消えなくて、ミーティングが全然頭に入ってこなかった。