(11)
たくさんあったごちそうも食べ終わり、すっかりお腹もふくれたあとは、食べもの以外の出店を見て回った。
アクセサリーや小物、古本なんかもあった。仕事では高級な装飾品ばかり目にしているので、こんなふうに素朴でかわいいものを物色するのは新鮮で楽しい。私でも手の出る値段だし、記念に買って帰ってもいいかもしれない。
かぎ編みで作ったお花がたくさんついた毛糸のショールを見ていると、アッシュが横から覗き込んできた。
「それを買うのか? 凝っているわりには破格だな。いい品だ」
しげしげと編み目を眺めているのは職業病だろうか。
「迷ったんですけど……。私にはかわいすぎるからやめておこうかなって」
生成り色をベースに、色とりどりの淡い色味のお花が散っていてメルヘンなテイストだった。
「たしかにデザインはかわいらしいが、色味は落ち着いているからケイトに似合うと思うが」
「いやいや、ダメですよ。こういうのはエリザベスさまみたいな女の子じゃないと。あ、私、あっちの店も見てきますね」
まだ何か言いたそうなアッシュを残し、さっと移動してしまった。態度が不自然だと思われていないだろうか。
自分にはかわいすぎるから買わない、というのも嘘ではない。でも本当の理由は、あまり思い出に残るようなものを持って帰れないと思ってしまったから。
もとの世界に帰っても、あのショールを見たらきっと、今日アッシュと過ごしたことを何度も何度も思い出してしまう。もう戻れない場所、会えない人を想うのは悲しい。こちらの一方通行な感傷ならば、なおさら。
「ケイト」
しばらく隣の出店を見ていると、アッシュが呼びに来た。
「そろそろバルコニー前広場に移動しよう。セレモニーが始まる」
「あ……はい」
まわりの人たちも、ちらほら同じ方向に移動を始めているみたいだ。
「バルコニーに、王族の人たちが出てくるんですか?」
「ああ。年の明ける少し前から王族たちのスピーチが始まって、年明けの瞬間は王が出てくる。もっとも、顔もわからないくらい遠くからしか見えないが」
「それでも、同じ瞬間をたくさんの人と共有できるのは貴重ですよね。楽しみだな」
バルコニー前広場には、すでにたくさんの人たちが場所を取っていた。兵士らしき人たちもあちこちで警備している。
楕円形に大きく張り出したバルコニーは、たくさんの人の頭のずっと先にあった。手すりの縁には赤や緑の葉っぱが飾り付けられ、壁には紋章の描かれた布がいくつも垂れ下がっている。
「近くで見ようとすると、昼前から場所を取らないといけないからな」
なんだかテーマパークのショーみたいだなと思った。確かにああいうものには、お城と王子さまとお姫さまはつきものだが。
たくさんの人が集まってきて、ざわめきでアッシュの声が聞き取れなくなった頃、王族がバルコニーに出てきた。わあっという歓声があがる。
人形くらいの小ささにしか見えないが、大きな王冠と、豪奢なマントを身に付けているのがわかる。着ている白いスーツは、ウォルが着ていたものに雰囲気が似ていた。
「第一王子だ」
アッシュが耳元で説明をしてくれる。そのあとも、第一王子の妃や小さな子どもたち、王女や王妃さまが入れ替わりでスピーチしていった。
そしていっそう大きな歓声が沸いたとき、すらりとした男性が出てきた。大きなマントで身を覆うようにしているのも不思議だったが、もっと異様だったのは仮面舞踏会みたいなマスクで顔を隠していることだった。
「あれが、第二王子だ」
以前クラレットから聞いたことのある、庶民に人気のある王子だ。確か側室がたくさんいるんだっけ。
「どうして仮面をしているんですか?」
背伸びをし、手でメガホンを作るようにして、アッシュの耳元でたずねる。
「あの王子は昔からそうなんだ。国民の前では顔を見せない。市井に下りてお忍びで妻を探せなくなるからとか、顔に傷痕があるからとか、美形すぎて卒倒する国民がでてくるからとか、いろいろ言われているが本当のところはわからない」
ミステリアスな王子なのに人気なんだな、と思っているうちにスピーチは終わったようだ。次は言われなくてもわかる、明らかに王様らしい人が出てきた。
長く伸ばしたひげ、他の王子たちよりも一段と大きな王冠、縁にふわふわの毛皮がついた赤いマントは、遠くから見ても目印みたいによくわかる。
王様がひとことふたこと話したあとに、今まで出てきた王族たちも後ろに整列し始めた。みな一様に、大きな筒のようなものを持っている。王様が渡された筒はさらに大きく、大砲のように見えた。
「あれはなんですか?」
まさか本当に大砲じゃないだろうと思いつつも、おそるおそるアッシュに訊いてみた。
「大きな音が鳴って、紙吹雪が出てくるおもちゃだ」
なるほど、クラッカーのようなものかとほっとする。いやむしろ、あそこまで大きいと、くす玉のかわりなのかもしれない。
「大きいと言っても耳が壊れるほどではないから心配するな。王族と前列の国民は耳栓をつけているが」
アッシュがぎょっとするようなことを言い出す。
「ほ、ほんとに鼓膜が破れたりしませんか?」
「心配なら、耳を押さえていろ」
手袋をはめた手でぎゅっと耳を押さえたあと、カウントダウンがはじまった。百からはじまった数字が十まで来たとき、まわりの熱気も私のドキドキも最高潮に達していた。
十……九……八……。
ちらりとアッシュを見上げると、平然をした顔でまっすぐ前を見ている。
七……六……五……四……。
きょろきょろしてみると、同じように耳を押さえているのは子どもだけだった。大人なのにこんなに怯えている自分が恥ずかしくなったが、今さら手を離せない。
三……二……一……ゼロ!
ぱーん!という音と一緒に、拍手が巻き起こる。宙には紙吹雪がひらひらと舞っていた。
「大したことはなかっただろう」
耳から手を離した私に、アッシュが告げる。
じゅうぶん大きな音だったと思うのだが、毎年のことで慣れていればこんな反応なのだろう。
王族は一礼すると、バルコニーから去っていった。まわりの人たちも動き始め、私とアッシュも流れに乗って帰り始める。
すると、目の前の人が急に止まって、転びそうになった。もたもたしているうちに、目の前にいたはずのアッシュを見失ってしまう。
人をかきわけながら前に進むと、アッシュの後ろ姿が見えた。
「アッシュさん、待ってください!」
声をかけるとアッシュは振り向き、はあはあと肩で息をする私をあきれたような目で見た。
「君は子どもか」
「す、すいません」
ため息をついたあと、アッシュは私の手をぐいっとつかんだ。
「この人混みだと君に気を回していられない。はぐれそうなら、俺の外套の裾をつかんでいろ」
いつもよりさらにぶっきらぼうな声で言って、すたすたと歩き出してしまう。慌ててあとを追うが、手を離した瞬間にまた置いていかれるのがこわい。
「裾って言ってもこの状態だと難しいので、このまま手をつかんでいてもいいですか?」
そうお願いすると、アッシュは目を見開いたあと、
「勝手にしろ」
とそっぽを向いてしまった。
こちらを振り返りもせずに進んでいくアッシュだけど、手は払わないでいてくれる。
彼の体温と優しさが手袋ごしに伝わってきて、このままこの手を離したくないと思ってしまった。――どうして?
きっと寒いからだ。寒くてさびしくて、人恋しいから。
だから、胸がドキドキするのも、なぜだか泣きそうになっているのも、気のせいなんだ。
人波に流されてふわりと、いつかかいだことのある甘い匂いが漂ってきた。
* * *
年が明けてしばらくはお店も休みになるので、新年最初の朝は存分に寝坊をした。昨日は遅くまで出歩いたから、夢も見ないほどぐっすり眠れたみたいだ。
ふわあ、とあくびをしながら朝食の用意をする。お雑煮とお節料理が食べたい気分だけど、簡単なもので我慢しよう。
キッチンからテーブルに朝食を運ぶとき、扉に何か挟まっていることに気付いた。
「なんだろう……カード?」
引き抜いてみると、お店のカードだった。『扉を開けろ』と書いてある。
不審に思いながらも扉を開けると、廊下の壁側にリボンのかかった箱が置いてあるのが目についた。
「これって……」
開けてみると、昨日私が買うことをあきらめた毛糸のショールが入っていた。
「嘘、どうして」
ショールを持ち上げる手が震えてしまう。
箱の中にもカードが入っており、開くと三通りの筆跡が並んでいた。
【新年の贈り物だよ。びっくりした? セピア】
【アッシュが選んだにしては女心をわかっているわね。クラレット】
【やはり君に似合うと思ったからこれにした。今年もよろしく頼む。アッシュ】
この国では、新年の贈り物をするのが習慣だ。
――そう、恋人や“家族”に。
カードに書かれた字が、水滴を落としたようにじわりと滲む。
「もう、こんなの、卑怯だよ、みんな……」
あふれてきた涙をぬぐいながら、ショールを肩にかけてみる。まさか、あのあとひとりで戻って買ってくれたのだろうか。あのアッシュが、人混みの中を。
お花の並んだショールは、あったかくて、やわらかくて……。彼の手のぬくもりを思い出してまた、泣けてきた。
休みが終わったら、私からも三人に贈り物を渡そう。みんなはこの世界での家族だよって感謝をこめて。
照れないで渡せるかな。どんな顔で受け取ってくれるだろう。
あれこれ考えていると、胸がぽかぽかとあたたかくなるのを感じた。




