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仕立て屋王子と魔法のクローゼット  作者: 栗栖ひよ子
第四話 新年のはじまりとセピア色の記憶
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(10)

 さすがに大晦日にお客さまは来ないようで、午前中の来店はウォルひとりだった。そのあとも予定は入っていないので、お昼すぎにお店を閉めてしまうことにする。


「今日は夜からちょっとしたお祭りがあるのよ。お城の前の広場にみんなで集まって、新年になった瞬間をお祝いするの」


 いつもより念入りに掃除をしたあとソファでお茶を飲んでいると、クラレットが楽しげな話題を口にした。


「わあ、楽しそう」


 もとの世界でいうカウントダウンイベントみたいなものだろうか。紅白歌合戦も、ゆく年くる年もない静かな年明けだと思っていたから、お祭りがあることにわくわくした。


「この街の人はほぼみんな参加する恒例行事よ。あなたも行ってみたらいいんじゃない。出店もたくさん出るし」

「うん。じゃあクラレット、一緒に――」

「私はダメよ。新しく恋人ができたばかりだから、彼と行く約束をしているの」


 言い終わらないうちに、そっけなく断られた。


「い、いつの間に!」


 しかも恋人ができたなんて話、全然聞いていない。


「教えてくれてもいいのに」

「まだ付き合い始めなのよ。もう少し落ち着いたら報告するつもりだったわよ、もちろん。ケイトには心配かけたし」

「そうなの……」


 付き合いたての、大事な時期のカップルを邪魔する趣味はない。


「だったらあの、よかったら三人で行きませんか」


 一緒にソファでくつろいでいた、アッシュとセピアに声をかける。

 他に誘う人もいないし、まわりがイベントに参加している中ひとりで部屋にこもっているのはだいぶ寂しい。


「あ、僕も無理。レストランのおかみさんとご主人に誘われてるんだ。出店を出すらしくって人手が足りないらしいから、手伝いに行くことになってて」


 セピアにも、さらっとした口調で断られた。


「そうなんだ。それなら私も――」

「僕一人でじゅうぶん手は足りるってさ。それより、アッシュとふたりで楽しんできなよ」

「えっ、でも」


 アッシュは私とふたりでなんて嫌なんじゃ、と思って遠慮がちに顔を見上げる。相変わらず無表情で感情が読めないけれど、返ってきたのは意外な返事だった。


「べつにかまわない。年明けの瞬間に王族の挨拶を見るだけだろう」

「あら、ダメよ。ケイトは今年しか参加できないんだから、出店も堪能させてあげないと」

「そうそう。普段の働きのねぎらいとして、“経営者の”アッシュがおごってあげないと」


 なんだか、クラレットとセピアの押しがいつもより強い。アッシュも少し面食らった様子だった。


「人混みは苦手なんだが」

「あの、無理しなくていいです。年明けの瞬間だけでもじゅんぶんなので」


 あまり強く誘って絶対零度の冷気を放たれても困るので、あわてて顔の前で手を振る。

 アッシュは考えている様子だったが、やや間があったあと紅茶を置いて私の顔を見た。


「いや、いい。行こう。迎えに来るから、夜までに準備しておいてくれ」

「えっ、ほんとに?」


 思わず驚いてしまった私の台詞に、アッシュがぴくりと眉を動かした。

 あ、まずい。せっかくその気になってくれたのに、機嫌を損ねてしまったかも。


「嫌なら別に――」


 アッシュが言い終わる前に、クラレットが会話を遮って入ってくる。


「良かったわね。また風邪を引かないように、暖かい恰好して行きなさいよ。アッシュも、小銭を多めに持っていきなさいよ。出店の鉄則よ」

「楽しみだね~。向こうで会ったら、レストランの出店でも食べていってね」


 ふたりに強引に話をまとめられてしまった。


「じゃあ、あの……。よろしくお願いします」

「ああ」


 うなずいたアッシュの表情はやはりまったく読めなかったが、一緒に行くために苦手な人混みを我慢してくれようとしているのはわかった。


 ――そういうのって、けっこう嬉しいかも。


 うきうきしてきた気持ちを悟らせないように、みんなから目を逸らして紅茶を飲み干した。


 * * *


「毎年すごい人混みだな」


 お城の近くにある噴水広場は、たくさんの出店と人でごった返していた。

 来る途中の通りにも出店が並んでいたし、街をあげての大きなイベントなんだなと実感する。現代日本と違ってイルミネーションなどはないが、ランプやたき火の光でほの明るい。


「寒いけど、うきうきしちゃいます」


 外套と手袋、ケープでしっかり防寒していても、むきだしになった頬がつめたい。


「ケイトは人混みが得意なのか?」

「私もあまり好きではないんですけど、こういうお祭りだと気にならないんです。アッシュさんも、おいしいものを食べたら気にならなくなりますよ、きっと」

「そうかもしれないな。確かに子どものころは、人混みよりも出店に夢中だった」


 私は手袋をはめた手をこすり合わせているというのに、アッシュは涼しい顔をしている。寒いのに涼しい顔、というのも変だけど。

 今日着ている黒いロングコートはいかにも仕立てが良くてあったかそうだ。シンプルなデザインがアッシュらしい。


「あの、そのコートも自分で作ったんですか?」


 歩きながらたずねると、アッシュはうなずいた。


「ああ。手袋や帽子や……たいていのものは自分で仕立てている」

「すごいですね。あの、自分の服を自分で作るのって、どんな気持ちなんでしょう」

「どんなとは?」

「私だったら、こんな可愛いドレスが本当に自分に似合うんだろうか、って不安になっちゃいそうで。アッシュさんはかっこいいから、そんなことないとは思うんですけど」


 アッシュは「なるほど」と言いつつも、意外な質問をされたように顎に手を当てて考え込む。


「不安にはならないな。自分に似合うものも、自分が好きなデザインも熟知しているし、あとはそのふたつをうまくすり合わせるだけだ」

「自分のスタイルを確立されているんですね」

「そんなにいいものではない。こだわりが強いだけだ」


 そんな会話をしながら出店を見てまわっていると、簡易テントの中で売り子をしているセピアに会った。


「アッシュ、ケイト! 良かったら何か買ってってよ」


 おかみさんと旦那さんが、汗をぬぐいながら即席かまどで料理している。じゅうじゅうという肉の焼ける音と食欲をそそる匂いのせいで、お腹がぐうぅと鳴ってしまいそうになった。


「せっかくだから、何か食べるか。何がいい?」

「ええと、牛串と、あったかい飲み物を」

「わかった」


 アッシュが注文をセピアに伝えている。どうやら本当におごってくれるらしい。


「ああ、お嬢さん! この前はごめんねえ。おわびにサービスしておくから」


 おかみさんがこちらに気付いて声をかけてくれた。軽くお辞儀をしたあと近くのベンチで待っていると、アッシュが両手に食べものを抱えながら戻ってきた。


「ありがとうございます。ずいぶん大量ですね」

「俺が頼んだわけじゃないのだが、いろいろ持たされてしまった。これは揚げたドーナツ、こっちはカスタードパイだそうだ。蓋付きの器に入っているのはポトフとシチューらしい」

「すごい。ディナーがフルコースで済んでしまいそうですね」

「ああ。ここで座って食べるか」


 この間は食べそこねたごちそう。セピアくんがオススメするだけあって、本当になにを食べてもおいしかった。


「これも食べるか?」


 私が無言でもくもくと平らげているのを見て、アッシュが自分の分の牛串を差し出してくれた。


「だ、大丈夫です。すみませんがっついてしまって……」


 色気よりも食欲を取ってしまったが、ここは普通だったらお上品に食べなければいけない場面だったのでは。


「いや、いい。食べっぷりがいいのは見ていて気持ちいい。作った人も本望だろう」

「そ、そうですか」


 お腹が落ち着いてきたのもあるけれど、なんとなくペースダウンしてしまう。ゆっくり食べていると、人通りを見回す余裕も出てきた。


「あ、あのドレス、うちの店のですね。遠くから見ても目を惹きますね」


 外套から出ているスカート部分だけで、アッシュがデザインしたものだとすぐわかる。着ている令嬢の顔は見えないのに、ドレスだけが夜闇の中に浮き出ているみたいだった。


「ああ。こうして見ると、ちらほら目につくな」

「すごいですね……。私ももとの世界にいた頃は、自分のお店の服を着ている人や、ショップ袋を持っている人を見かけるとなんだか嬉しくって。でもなんだか今は、そのとき以上にすごく嬉しいです」


 お客さまと一緒に布を選んで、たくさんの話をして。そうしてできあがった一着だから、売り子の私にもとても愛着がある。


「そうか」

「こんな気持ちでひとりひとりのお客さまと向き合えば良かったんですよね。自分が選んでくれた服を着てもらえたら嬉しい、その気持ちがいちばん大切だったのに」


 売り上げとか、お客さまに気に入られたいとか、そんな難しいことを考えるのは自分に向いていなかった。ただ素直な気持ちで服と向きあったら、お客さまにも自分の気持ちが伝わった気がした。


「もとの世界に戻っても、同じようにできるだろう。今の君なら」

「そうですかね……」


 胸の奥が、チクンと痛む。


 アッシュは私がもとの世界に戻ることを、なんとも思っていないんだな。最初から一年の約束なんだから、そんなの当たり前なのに。


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