(9)
そして忙しい年末が始まった。昼間は昼間でお客さまが多いし、お店が閉まってからは自分の部屋でレジンアクセサリーの練習。正直、寝る時間も惜しいくらいだった。
友達に教えてもらったときはもう少し上手くできたのに、レジンがきれいな形にならない。まずは型を調整することから始めなければいけなかった。
本当に新年までに、ウォルに渡せるレベルのものが完成するのだろうか。
弱気になってしまったときは、鞭の使い方がうまいクラレットに喝を入れてもらった。簡単に飴はくれないのが彼女らしいけれど。
かじかむ手の冷たさと、ランプの薄暗さの下での作業にも慣れてきたころ、今年最後の日がやってきた。
「やあケイト。取りに来るのが遅くなってすまないね」
開店直後の時間にウォルがやって来た。クラレットが届け物をしに行ってしまったので、私ひとりで対応しなければならない。
『万が一ウォルさまがいらしたら、くれぐれも気を付けて』と言っていた彼女の言葉を思い出すと、緊張で動作がぎこちなくなってしまいそうだった。
「とんでもないです。私がぎりぎりまで待って欲しいってお願いしたせいですし」
今日のウォルは服がやたらときらびやかだ。よく見ると裏地に金の糸で刺繍がびっしりとほどこされている白いマント、タキシードというよりは軍服のような形の、たくさんの勲章がつけられた白いスーツ。
「今日のお召し物はすごく華やかですね」
そう告げると、ウォルは今気付いたかのように自分の身体をひねって見下ろした。
「ああ、これのこと。年明けに向けてちょっと大げさにしないといけなくてね。ケイトはどう思う? この服装」
「すごくお似合いだと思いますよ。王子さまみたい」
素直な褒め言葉だったのに、ウォルはおかしそうに笑い始めた。
「あの、ウォルさま……? 私なにか失礼なことでも」
「いや、違う違う。ケイトは本当に面白い子だなと思ってね。王子さまみたい、だなんて褒められたのは初めてだよ」
「そうなんですか……?」
もとの世界では割と定番の褒め言葉だと思うのだが、こちらではあまり使わないのだろうか。
「今日はあまり長居できなくてね。慌ただしくてすまないが、約束のものをお願いできるかな」
「かしこまりました」
ソファテーブルに用意してあった、ビロード張りのアクセサリーボックスを持ってくる。
「こちらになります。確認していただけますか」
ウォルの手のひらに収まってしまうサイズのボックスを、緊張しながら手渡す。
神妙な顔でウォルが箱を開けると、ぱかっという音がした。
「……これは……」
目をみはったウォルの次の言葉を、ドキドキしながら待つ。私の心配を吹き飛ばすように、ウォルが満面の笑みを見せた。
「想像以上だよ。華やかだし、繊細さもある。ハート型も均整がとれていて美しい。……そうとう練習してくれたのかい?」
「喜んでいただけて良かったです」
クリームを塗っても隠しきれなくなった荒れた手は、そっと隠した。
「入っているのは、石?」
「はい。キラキラ光る赤とピンクのビーズを入れました。ちいさな薔薇を入れるかどうか迷ったのですが、冬場は薔薇が手に入りにくいのでこちらに」
型を調整するときにハート型にした、不思議の国のアリスの『ハートの女王』をイメージした赤が基調のイヤリング。
「土台のパーツに小さなパールとダイヤもあしらって、長さを出すためにしずく形のパールを揺れる感じで付けました。『宝石以外で』と言われたお題にそむいてしまいますか……?」
フェイクパールやスワロフスキーがあれば良かったのだが、この世界では見つからなかったのだ。
「いや、メインはレジンだから問題ないだろう。本当に感謝するよ」
「良かったです。外箱とリボンも用意してあるので、急いでラッピングしてきちゃいますね」
テーブルの上で、白い箱に赤いリボンをかける。『仕立て屋スティルハート』のカードと造花の薔薇をリボンの下に差し込めば完成。うん、我ながら可愛くできた。
「お待たせしました!」
やり遂げた気持ちで箱を差し出したのだが、ウォルがなかなか受け取ってくれない。
どうしたのかと目線を上げた瞬間――。
「ありがとう。……ケイト」
ウォルが私の手を箱ごと包み込んだ。
「こんなに手が荒れるまで頑張ってくれたんだね。私の前で隠せると思った?」
「いや、その……」
思ったよりもウォルの手があたたかくて、しかも私よりすべすべだったので、ドキドキと羞恥心で逃げたくなってしまう。
「おおかた、私に気を遣わせないように隠そうと思った、ってとこかな。違う?」
甘くて低い声で、耳元でささやかれる。少し意地悪な響きがまじっているような気がした。
小細工がバレてしまったときって、なんでこんなに恥ずかしいんだろう。じっと見つめるウォルの瞳から、顔を逸らしてしまった。
頬も耳も熱い。頼むからこれ以上、赤くなった顔を凝視しないで欲しい。
「ふふ、困らせてしまってごめんね。じゃあ代金は後日、従者に届けさせるから」
「は、はい」
手の上がふっと軽くなる。やっとウォルが箱を受け取ってくれたと思ったら、入れ替わりに手のひらに違う箱を載せられた。
「これは……?」
「私からの新年の贈り物だよ。それじゃ、また」
「えっ、あのっ……!」
私が動き出すよりも先に、ウォルはさっさとお店を出て行ってしまった。
そういえば今日のウォルは外套を着ていない。まさか、私が贈り物を突き返す間を与えないために、あえて寒い恰好で……?
「いやいや、まさかね」
単に、あの衣装がすごく暖かかったんだろう。そういうことにしておこう。
そのあとすぐ、息を切らせて帰ってきたクラレットに一部始終を話すと、
「してやられたけれど、思ったより大やけどをしなくて良かったわ」
と言われた。
「私がいない時間にタイミングよく来るなんて、ウォルさまはどこかでお店を監視していたんじゃないかしら」という物騒な言葉も。
「それで、この贈り物はどうすればいい?」
なんだかずっしりしている小箱を、ずっと持っているのが落ち着かない。
「ケイトがいただきなさいよ。あなたが頑張ったからもらったものなんだから」
「いいの? お客さまからいただいちゃって……」
「普段だったらお返しするところだけど、新年の贈り物だし大目に見るしかないわね。早く開けて見せてちょうだい」
クラレットも中身は気になるようで、そわそわしながら開封をうながされた。
「うん。ちょっと待って」
リボンをほどいて外箱を開けると、ずっしりした金色の宝石箱が現れる。底にネジがついていて、オルゴールになっているみたいだった。
「わあ、かわいい! オルゴールだ。何の曲だろう」
「あの方がオルゴールだけですませるわけがないでしょう。それはアクセサリーボックスのかわりよ。中を開けてみなさい」
細かな彫刻と、埋め込まれた色とりどりの石がただでさえ高価そうなのに、それ以上サプライズがあるというのか。
くらりとしながら宝石箱の蓋を開けると、ブローチが入っていた。緑色の石のものと、赤い石のものが、お揃いでひとつずつ。
「ちいさなカードも入ってる。ええと、ケイトとクラレットに、って書いてある」
文字の勉強をしたので、これくらいの簡単な文なら苦もなく読めるようになった。
クラレットは悔しそうに唇をかみながら、赤い石のブローチを手に取った。
「私の機嫌までとって、本当に抜け目のない人ね。しかも私の好みまで知っているのかしら」
金色の台座に大きな石がついたブローチは、意外とシンプルだった。でも、楕円形の石が細かくカッティングしてあるから、輝きがすごい。
「ねえ、これってまさか本物の宝石じゃないよね……?」
片手にすっぽり収まるサイズのブローチだし、そんなことはありえないと思いつつも、一応クラレットに訊いてみた。
さっそくドレスの胸元にブローチをつけていたクラレットの動きが、ぴたりと止まる。
「……ち、違うと思うわよ」
「そ、そうだよね」
本物の宝石だったら、一体何カラットくらいになるのか。考えると恐怖を感じてきそうなので、やめることにした。
「まさかね。そんなことないわよね」とつぶやいているクラレットの言葉を信じていいのか少し不安だけど。




