(3)
「難しいけれど、不可能な贈り物じゃない気がします」
私が背すじを伸ばして告げると、ウォルは目をすっと細めた。アッシュにフロッキープリントの質問を投げかけたときと同じ、試すような眼差しだ。
「へえ……。なにか策がありそうだね」
「要は、宝石以外できらきらした装飾品ならいいってことですよね。え~っと、ちょっと待っていてくださいね」
いったん席を外し、二階の自分の部屋からポーチを持ってくる。もとの世界から一緒に飛ばされてきたもので、確かこの中に予備のアクセサリーが入っていたはずだ。
ポーチをがさごそあさる私を、紅茶のカップごしにウォルが見ている。
「あった……、これならどうですか?」
テーブルの上に、丸くてころんとしたイヤリングを載せる。
「……透明感があって、きらきらしているわね」
「水晶の中に花が入っているように見えるけれど、この不思議なものはなんだい?」
「これは、レジンアクセサリーです」
「レジン……?」
レジン、という言葉はこの世界にはまだないらしく、ウォルが慣れない外国語のようにおうむ返しする。
「もとの世界にあった装飾品で、透明度の高い樹脂のようなものを固めるんです。中にはドライフラワーとか、ビーズなんかを入れたりして作るんですけど」
首をかしげるふたりに、分かりやすい言葉を選びつつ説明する。
「水晶ではなく、樹脂なのか。それなら確かに宝石ではないね。――手に取ってもいいかい?」
「はい、もちろん」
「私も片方いいかしら」
クラレットとウォルが、イヤリングを片方ずつ手に取ってしげしげと眺めている。
「これはもとの世界の友達が作ってくれたもので、中に小さな薔薇とビーズを入れてくれました」
まんまるでシンプルなイヤリングは誕生日プレゼントでもらったもので、いつでもつけられるように常にポーチに入れていた。この世界に来てからはなくすのが怖くてつけていなかったけれど、何がどう役に立つかわからないものだ。
「その友人は、宝石職人なのかな?」
「いえ、ふつうのOL……ええと、事務員です」
「ケイトの世界では、職人じゃなくて装飾品が作れるの? どれだけ器用なのよ」
「クラレットだって、エリザベスさまのネックレスとイヤリングをアレンジしていたじゃない」
ふわふわした羽をネックレスに取り付けている姿を、なんとも器用だなと感心して見ていたのだ。私だったら力を入れすぎて羽を引きちぎっていただろう。
「それは、そうだけど……。いちから作るのとはまた違うわよ。しかもこんな繊細そうな」
「確かに、普通はここまでうまくは作れないかな。友達はセンスもいいし、すごく練習していたからプロ並みだったけど」
それを聞いたウォルが、がっかりした様子でイヤリングをテーブルに戻した。
「そうだね。私もこの『レジン』というものには興味があるけれど、作れる職人がいないかもしれないな」
「あ、だったら、私が作りますよ。材料さえあればですけど」
手を上げて申し出たら、ふたりが同時に目を丸くした。
「ケイトがこれを? 本当に作れるの?」
「友達に何回か習ったことがあるの。ここまで完璧なものはできないかもしれないけれど、やるだけやってみてもいいんじゃないかなって。材料はこの世界でも調達できますか?」
「中に入れる花やビーズは問題ないとして……問題は樹脂だな。魔法種族に依頼すれば、透明度の高いものを精製してくれるかもしれない」
なるほど、それなら大丈夫かもしれない。ただ問題はUVで固める装置がないことだ。
「でしたら、依頼する魔法種族に、太陽光にさらすと早く固まるように作ってもらうことはできますか?」
「これは太陽光で固めるのか。わかった、そのように伝えておくよ」
ウォルは気軽に了承してくれる。
『魔法種族は気難しくて、高めの報酬がないと人間のために動いてくれない』というのは役人さんが言っていたことだけど……。ウォルほどの貴族なら、魔法種族が納得するくらいの報酬をポンと出せるのだろう。
「あとはデザインについてなのですが、華やかなものが好きなら羽をつけたり、形をハートにしたり……。あとはチェーンを足して長さを出したりもできますよ。こう、揺れる感じで」
「デザインは全面的にケイトに任せるよ。私より女性の好みはよくわかっているだろうし」
「わかりました。では、デザインの参考にしたいので、その方の髪の色や目の色、普段よく着ているドレスについて教えてもらっていいですか?」
「ああ――」
ウォルが女性の特徴について教えてくれる。ブルネット、緑色の目、はっきりした濃い色の豪華なドレスを好んで着ている……。
なんとなくだが、女王様のような気の強い、はっきりした顔立ちの女性像が見えてくる。
「こんな感じでいいかな?」
「じゅうぶんです。ありがとうございます」
書きつけていた羊皮紙と羽ペンを、テーブルに置く。
「じゃあ、材料は後日届けるよ。報酬は受け取るときで構わないかい?」
「はい。練習もしたいので、樹脂は多めに用意してくださると助かります。でも報酬って……いいんですか? 私は素人で、お金をとれるレベルじゃないのに」
「いや、労働に対する正当な対価なのだから受け取って欲しい。それに嘘でも『高いものだった』と言ったほうが彼女は喜ぶだろうしね」
確かに、百円均一のアクセサリーとブランドのアクセサリーでは女性の気持ちは全く変わってくる。
「そういうことなら……。ありがたく受け取らせていただきます」
「うん、そうしてくれるかな。じゃあ、私はそろそろ帰るよ」
立ち上がったウォルのあとを追って、扉まで見送る。
「なんだかすみません。相談だったのに、お仕事をいただくような形になってしまって」
「そう思ってくれるなら、次こそは食事に付き合ってくれると嬉しいんだけど」
「え、ええと……。しばらくは仕事がとても忙しいので、どうなるかちょっとわからなくて……」
外套を着せながらしどろもどろに言い訳すると、至近距離でくるりと振り向かれた。
「――年末だから、だよね?」
じっと見つめられて、体温が下がってしまう。微笑んでいるのに瞳だけ感情がないみたいでこわい。言い訳が嘘なのもすべて、見透かされているような気持ちになる。
「はあ、まあ、そうですね……」
「じゃあ、年明けにまた誘ってみるよ。じゃあ、今日はこれで」
ウォルは去り際に私の手にキスをすると、颯爽とお店を出て行ってしまった。
さりげなさすぎて何も抵抗できなかったし、あっという間すぎて反応もできなかった。
「さすがあの方はソツがないわね。……そう何度も断れなそう」
手の甲を押さえたまま立ち尽くす私の肩を、クラレットが叩く。いつものクラレットとは違う、なぐさめるような触り方だった。
「断れなくなったら、素直に食事に行ったほうがいい?」
嘘の言い訳をして、彼を何度も納得させる自信はなかった。
「それは……。なるべく避けたいわね」
「やっぱり、階級が違うから問題なの?」
「それもあるけれど……。ケイトが心配だからよ」
クラレットは言い淀み、ほぅ、と息を吐きながらつぶやいた。重たいため息には、困惑と同情が混ざっている。
「心配?」
「ウォルさまは確かにいいお客さまよ。でも、甘く見てはダメ。あまり近付きすぎないようにしなさい。お店の中なら私がフォローに入れるからいいけれど、外で二人きりになるのは心配だわ」
「な、なんだか猛獣みたいな言い方するんだね」
「そうよ。あの方に比べたらアッシュもセピアもかわいい子犬みたいなものよ。ぱくっと丸呑みにされても文句言えないんだから」
クラレットはそう言うけれど、「他のお客さんと同じように、普通に接して欲しい」というウォルに、含みがありそうには見えなかった。単純に友人を作りたいだけだと感じたのだが、私が彼を甘く見ているだけなのだろうか。
「そんなに悪い人には思えないんだけどなあ……」
ウォルが去って行った方向を見ながら、ぽそっとつぶやく。あの無感情な眼差しだけは、どうも苦手だけど。
いつも気が付くと消えている彼の姿は、窓から見る景色のどこにも残っていなかった。