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仕立て屋王子と魔法のクローゼット  作者: 栗栖ひよ子
第四話 新年のはじまりとセピア色の記憶
14/39

(1)

「はあ、すっかり寒くなってきたなあ」

 

 朝、お店の暖炉に薪をくべながら手のひらをこする。

 

 私がこの異世界に来て、数か月。秋だった季節はあっという間に通り過ぎ、今は冬の真っただ中だ。

 この世界にはコタツもストーブもない。ホッカイロやヒートテックもないから冬の寒さは厳しいはずなのに、不思議とあまりきつさを感じない。

 それはたぶん、この世界の人が冬を楽しんでいるからだと思う。

 暖炉の前で団らんする家族の時間とか、新しい冬服を仕立てる楽しみとか。

 冬支度、と言ったらもとの世界ではせいぜい衣替えをするくらいだったけれど、暖炉を掃除したり、薪をストックしたり、コートを仕立てたり、ひとつひとつの準備がとても愛おしく思える。


 季節を感じられること。季節を愛する人たちの暮らしを感じられること。この世界に来て良かったと思うことのひとつだ。現代日本にいたら気付かないまま過ごしていたことが、たくさんある。

 冷たい水での水仕事に慣れていないせいか、手はひびわれてカサカサだが、そこはクラレットがいいクリームをプレゼントしてくれた。

『そんなひどい手荒れでお店に立たないでちょうだい』と言われたが、言葉の裏にある優しさを、今の私は知っている。


 クラレットとも晩餐会がきっかけでだいぶ打ち解けた気がするし、最初からフレンドリーだったセピアは論外として、アッシュとも最初よりは仲良くなっているのではないかと思う。

 これが本当に一年間の海外研修だったとしたら、『だいぶこちらの生活にも慣れましたよ。職場の人ともいい感じですし。仕事も、楽しくやってます』って報告するくらい。


 唯一の悩みだったいやらしい夢に関しては、ここ最近は見なくなっている。やっぱり環境が変わったせいでストレスがたまっていたのだ。そうに違いない、と無理やり自分を納得させている。


 時間があったので、冬服は一から仕立ててもらった。アッシュと相談しながらデザインをあれこれ決めるのは楽しい作業だったし、出来上がった服たちにも愛着がある。

 最近お気に入りなのは、スカートがバッスルになっている縦縞のドレス。スーツとスカートをセットアップで着ているような襟のデザインで、この世界にキャリアウーマンがいたらこんな服を着ているんだろうな、っていうようなドレス。紺地に薄い青の縦縞、白いレースとフリルという色合いも落ち着いていて気に入っている。


「ドレス、もとの世界に持って帰れないかなあ。……着て行く場所なんてないけど」


 デザインが気に入っているから離れがたいだけで、アッシュが作ってくれたからとか、せめてもの思い出にとかそういうわけではない。



 暖炉の火がぱちぱち音を立て始めたころ、三兄弟が出勤してきた。


「おはよ~、ケイト」


 いつも一番に走り寄ってくるのはセピア。


「おはよう。あら、今日は髪をまとめてみたのね」


 続いて、クラレットがその日の服装についてコメントをくれる。


「うん。このストライプのドレスにはアップのほうが合うかなと思って」


 サイドからふたつ編み込みを作って、毛先を留めてリボンで飾っている。もとの世界だったら絶対やらなかったような甘めのアレンジも、ドレスを着ていると違和感なくできてしまう。


「いいんじゃない、可愛くて。今度私にもやり方を教えて」

「うん、もちろん」

「……おはよう」


 最後に、ふたりの後ろから音もなく現れるのがアッシュ。


「おはようございます」


 三人揃ったところで、お茶を淹れる。ソファでくつろぎながら今日のミーティングをするのがお決まりの流れ。


「ねえねえ、ケイト。今日の夜、予定ある?」


 ミーティングのあと、セピアに声をかけられた。


「今日は……、特にないけど」


 もったいぶった言い回しをしてみたけれど、この世界に来てから予定なんてあったためしがない。


「じゃあさ、何か食べに行こうよ。僕、おごるし」


 お給料を早くためなければいけないから外食は控えていたけれど、おごりという言葉にぴくりと反応してしまう。


「え……。いいけど、なんで急に?」

「最近寒いから、人恋しくて」

「ちょ、ちょっと待って。食事するだけだよね?」


 ぎょっとして聞き返す。まさか食事というのは口実で、そのあとあやしい場所に連れこまれるのでは……。


「本当に食事するだから安心して。おごったんだからキスして、なんて言わないから」

「なら、いいけど……」

「なんかさ、年上の優しいお姉さんに甘やかしてほしい気分なんだよね」

「それなら、私じゃあまり意味がないんじゃない? 優しくないし、甘やかせないし」

「ううん、ケイトがいいんだ」


 にっこり笑って、セピアが私の手をつかむ。

 セピアに対して恋愛感情はないけれど、こういうところは本当にずるい。可愛いとか、憎めないとか、思ってしまうではないか。

 私はどちらかと言えば年上好きだけど、可愛い系の年下男子にはまる女子の気持ちも、なんだかわかるような気がしてくる。


「うん……。わかった」

「やった! じゃあ、決まりね。何が食べたい?」

「肉! なんかこう、かたまり肉にかぶりつきたい」

「あはは、わかった。ステーキがおいしいお店があるから、そこにしよっか。最近見つけたんだ」

「楽しみにしておくね」


 久しぶりにがっつりしたお肉が食べられると思ったら、仕事にもやる気が出るものだ。ハウス栽培なんてないこの世界、冬の食事はただでさえ味気ないものになりがちだから。


「やったあ、お肉……!」


 セピアの前ではクールを装っていたけれど、誰もまわりにいないのを確かめてから、小声でガッツポーズをする。

 いつも自分で作る夕飯は、塩漬け肉と根菜のスープとか、具のほとんどが豆のシチューとか、フィッシュ&チップスとか。ダイエットにはなっているけど物足りなかった。


 食事目当てで気のない男性におごってもらうなんて、本当はあんまり褒められたことじゃないんだろうけれど。セピアのにこにこした顔を見ていたら、なんだかそれも許される気がしてしまう。


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