学校の怪談の正体はね!
「音楽室におばけがでるんだって」
「わっ、おばけだ」
あたしの言葉に、ゾマは口に手を当ててかわいらしくおどろいた。
ゾマはあたしの親友で、同じ小学5年生の女の子。
あたしよりスタイルが良くて、せも高くて、男子からも人気があるんだ。
ゾマっていうのは、もちろんあだ名。
本当の名前は、真神そのか。
「チャビーちゃん、それはどんなおばけなの?」
ゾマはまたまたかわいらしく首をかしげる。
わたしは、みんなからチャビーってよばれてるの。
けど本当の名前は、日比野ちか。
ほかの5年生の子より、ちょっとせが低いのがなやみだ。
「夕方に楽器を返しに行った子が、鳴き声を聞いたんだって。あと、ゆかに給食のパンのかけらが落ちてたんだって」
「おばけが夜な夜な鳴きながら、音楽室で給食のパン食うのか?」
横からそんなことを言ってきたのはマイだ。
マイは、ちょっとだらしない感じでつくえにひじをついている。
そんなマイの名前は、志門まいな。
いつも、ねむそうな、めんどくさそうな顔をしてて、男の子みたいに話すの。
でもスポーツばんのうなんだよ。
それに、いつも髪をかわいいツインテールにしてるの。
あたしの髪も、ちょっと長いツインテール。
だけどクセッ毛だから、くるくるのドリルみたいになっちゃうんだ。
「なにかの見まちがえじゃないの?」
マイのとなりで、まじめな顔で言ったのは、安倍さん。
安倍さんの名前は、安倍あすか。
髪は長くてキレイで、下フレームのおしゃれなメガネをかけた、おじょうさま。
すっごくまじめで、頭も良くて、パパはガードマンの会社の社長なんだよ。
そんな安倍さんは、すっごくまじめだから、みんなのことを名字でよぶんだ。
だからあたしも、仲良しだけど安倍さんのことを名字でよぶの。
「どろぼうだったりしてな」
「ちょっと、人聞きの悪いこと言わないでよ」
ニヤニヤ笑いながら言ったマイを、安倍さんがキッとにらむ。
安倍さんのパパの会社は、わたしたちの学校のガードマンもしてる。
だから、学校にどろぼうが入ったりすると、安倍さんの会社がお仕事をしてないってことになっちゃう。だから、
「それじゃあ、今夜、学校に来て、音楽室のおばけをさがしてみようよ!」
わたしは言ってみた。
どろぼうがいないってわかったら、安倍さんも安心できる。
それに、おばけってどんなだろうって思うし、友だちになれたら楽しそうだ。
足はあるのかな? どこにすんでるのかな? でも、
「……子どもは夜は、ねる時間だぞ」
マイはめんどくさそうに言った。
「わたしも別にそこまでは……」
安倍さんまでめんどくさそうにする。
えー。2人とも、ゆめがないなあ……。
わたしがしゅんとしていると、
「わっ。それならお夜食を作って来るね」
ゾマが言った。すると、
「お! そのかのおかしが食べれるんなら、つきあうか」
マイがやる気になってくれた。
男の子みたいにスポーツばんのうなマイは、食いしんぼうなんだ。
「しょうがないわね」
マイがやる気になったから、安倍さんも仕方なく来てくれることになった。
やったね!
こうして、わたしたちは夜の音楽室を調べることになった。
でも、もうひとつ。
わたしは少しはなれたつくえに行って、
「テック。今夜、音楽室でおばけをさがすの。テックも行こうよ」
スマホを見ていた友だちもさそってみた。
テックの名前は、工藤てる。
いつも無口で顔色が悪いけど、パソコンがすごく得意で頭もいいの。でも……
「……ごめんね、チャビー。今夜はネットゲームの友だちと遊ぶ約束をしてるの」
「そっかー、ざんねん」
他の友だちと約束をしてたんだったら、仕方がないよね。
テックがいっしょじゃないのは、ざんねんだ。
でもテックはやくそくをしてたんだもん。やぶらせたらダメだ。
だから、わたしたちは4人で音楽室を調べることになった。
「それじゃあ日比野さん。おばけさがしのじゅんびをするわよ」
そう言って、安倍さんはメガネの位置を、くいって直した。
おおー! なんだか、おばけさがしのプロみたいだ!
「おばけをさがすのに、じゅんびがいるの?」
「ええ。おばけのうわさを、もっとちゃんと聞くのよ。どんなおばけがいるのか予想をたてて、つかまえるじゅんびをするの」
「そこまでキチンとするこたぁないだろ?」
マイはイヤそうな顔をする。
あはは。マイはめんどうくさがりだもんね。でも、
「いいかげんにやったって時間のムダじゃないの。ほら、わたしたちは6年生に話を聞くわよ。日比野さんと真神さんは下級生をおねがい」
「うわっ、ちょっとまて」
安倍さんはマイの耳をひっぱって出ていった。
まじめな安倍さんは、やると決めたらきちっとしなきゃ気がすまない。
「……わたしも行ってくる。アスカだけじゃ大変だろうし」
そう言ってテックも出ていった。
あの調子じゃマイは役に立ちそうもないもんね。
「それじゃ、わたしたちも行こうか?」
「はーい」
わたしとゾマも教室を出た。
安倍さんやテックも聞きこみは手伝ってくれるし、わたしたちもがんばらなきゃ!
そして、下の階にある3年生の教室に行った。
ろうかでは3年生たちが、友だちと遊んだり、お話をしている。
3年生の子たちはちっちゃくて、とてもかわいい。
「それじゃ、手分けして話を聞こうか」
「はーい」
よーし、がんばるぞ!
「ねぇ、ねぇ、そこのあなた」
わたしは、さっそく、ひとりでまどの外を見ていた子に声をかけた。でも、
「……あなたはだれ? どこのクラス?」
その子はちょっとめんどくさそうに答えた。
マイみたいにめんどくさがりの子なのかな?
テックみたいに無口なのかな?
でも、わたしは5年生のおねえさんだもん。
しっかりお話を聞かなきゃ!
「えっとね。5年生だよ」
ニッコリ笑って答える。
「……うそつき。5年生はもっと大きいのよ」
ひどーい!
そりゃ、たしかにわたしは同じクラスの友だちよりちょっとせが低いけど……。
でも、わたしだって5年生だもん!
気にせず聞かなきゃいけないことをたずねてみる。
「あのね、音楽室におばけがでるっていううわさのこと、知ってる?」
「……!?」
あたしが言ったとたん、その子はビックリした顔をして、
「……知らない!」
教室の中に走って行ってしまった……。
こわがらせちゃったのかな?
ちょっとショック。
しょんぼりしながらゾマのほうを見てみると、
「――音楽室のおばけのこと、なにか知ってるかな?」
「うん! おねえさん! あのね――」
なんだか、3年生の子たちと楽しそうに話していた……。
けっきょく、ゾマは、おばけの鳴き声がネコににてるっていう話を聞いた。
わたしは何も話を聞けなかった……。
そして自分のクラスに帰ってくると、安倍さんたちもちょうど帰ってきた。
なので、わたしたちが(ゾマが)3年生から、安倍さんたちが6年生から、それぞれ聞いた話をまとめた。
安倍さんはゾマの話を聞いて、ちょっとよろこんだ。
すごくまじめでクールな安倍さんだけど、ネコが大好きなんだ。
そんな安倍さんたちは、おばけが1週間くらい前からでるっていう話を聞いた。
そして学校の勉強が終わった後、わたしたちは夕ごはんを食べに家へ帰った。
夜になったら安倍さんが、おむかえに来てくれる約束をしてくれた。
だから夕ごはんを食べおわった後、
「あのね。学校の音楽室に、ネコの声のおばけがでるんだって」
「みゃ~」
わたしは家の2階にある自分の部屋で、ネコポチと遊んでいた。
ネコポチっていうのは、わたしの家のネコ。
とってもかわいい、茶トラの子ネコなんだよ。
「ネコポチと友だちになれるかな?」
「みゃ~」
そのとき、ケータイがなった。
ゾマからだ。
『チャビーちゃん、ごめんね。パパが夜にお出かけしたらダメって……』
「ええー!?」
わたしはビックリした。
「それじゃあ仕方がないよね……」
『ごめんね、チャビーちゃん』
ゾマはしょんぼりした声で言った。
ここだけの話ね、ゾマのパパはマイのことを悪い子だって思ってるの。
男の子みたいな話し方をするからかな?
だからゾマのパパは、きっとゾマがマイとお出かけするのがイヤだったんだ。
もちろん、ふつうなら、そもそも夜に子どもだけでお出かけするのがダメだ。
あぶないもん。
でも、あたしたちの場合はちがうんだ。なぜかっていうとね……
「チカ! お友だちがいらっしゃったわよ!」
「はーい!」
ママがよんだ。
安倍さんがむかえに来てくれたんだ。
「それじゃあゾマ、おばけがいたらケータイで写真をとって、おくるね」
『うん、ありがとう』
「行ってくるね、ネコポチ」
「なぁ~」
ゾマとネコポチにあいさつして、かいだんをかけ下りた。
げんかんの外では、安倍さんが車で待っていた。
安倍さんの家はガードマンの会社だから、安倍さんの家の車は、マンガに出てくるみたいにゴツクて大きくて、ガードマンさんが乗ってるの。
てっぽうでうたれてもへっちゃらなんだって!
こんな車でお出かけするなら、夜のお出かけもあぶなくない。
「チカ、お友だちにめいわくをかけないようにね」
「わかってるよ! ママもネコポチをお願いね」
「むすめをよろしくお願いします」
「かしこまりました。チカさまを、しっかりおあずかりいたします」
安倍さんのしつじさんはとってもれいぎ正しい。
だから、安倍さんのことをアスカさまってよぶ。
それに、わたしのこともチカさまってよんでくれるの。エヘヘ。
「日比野さん、ネコポチちゃんは元気?」
言いながら安倍さんはげんかんをのぞきこむ。
「うん! 今はわたしの部屋で遊んでるよ」
「そう……」
ひょっとしてネコポチと遊びたかったのかな?
それじゃあ今度、安倍さんを遊びにさそわないと!
「よっ、チャビー。ちゃんと起きてられたか?」
車にはマイが乗っていた。
わたしもガードマンさんにドアを開けてもらって、マイのとなりにすわる。
その後に安倍さんもすわる。
安倍さんの車は大きいから、横に3人すわってもラクチンだ。
「あのね、ゾマがこられないって」
「ま、そんなこったろうと思った……」
マイはゾマのおかしが食べられなくて、残念そうに言った。
「しゃーない。どろぼうをぶちのめして、とっとと帰るぞ」
「どろぼうなんていないわよ」
安倍さんがマイをにらむ。
そんなふうにして、車は夜の学校に向かった。
「ボス、みなさん、お待ちしてたっす」
学校の入り口では、ガードマンさんが待っていた。
名前はベティさん。
丸顔でのっぽな、とっても大きな女の人だ。
いつもニコニコ笑っている。
「学校は今夜も平和ですよ」
むしゃむしゃ。
ササミスティックを食べる。
体の大きなベティさんは、マイみたいに食いしんぼうだ。
だから、いつもササミスティックを食べている。
「それにしても、夜のシサツなんて急な話っすね」
シサツっていうのは、会社のえらい人が、みんなが仕事してるか見回ること。
そして安倍さんは、ガードマンの会社の社長の子だ。
だから、ガードマンさんの仕事をシサツしたいって言えば、夜の学校にだって入れる。安倍さんってばスゴイ!
「今日はあたしひとりしかいないんで、ついて行ってあげられないんすよ」
ガードマンさんはいつもは2人で見はりをしている。
ベティさんも、いつもはもうひとりの人といっしょに見はりをしてる。
でも今日は、その人はお休みみたいだ。
「けど、ボスとマイナさまがいれば、たいていのことはなんとかなるっす」
こんなに信用されてるなんて、やっぱり安倍さんはスゴイ!
わたしたちは本当は音楽室のおばけを調べに来たんだ。
だから、そっちのほうがいい。
……けど、
「……ニコッ」
むしゃむしゃ。
ベティさんは、さっきから不自然なタイミングでニコッってしてから、ササミを食べている。
「何やってるんだ? あんたは」
マイが首をかしげた。
「いやですね、生徒さんのお母さんから、あたしがこわがられてるってクレームがあったんすよ」
えー!
ベティさんは体は大きいけど、丸顔でいつもニコニコしてて、面白いこともたくさん言ってくれるのに!
「で、こわく見えないようにしてるっす」
「顔じゃなくて、せが高いからこわいんじゃないのか?」
「じゃ、こうすればいいっすね!」
ベティさんは後ろを向いて、えびぞりになった。
のっぽのベティさんがそんなことをすると、とてもおかしい。
だから、わたしは思わず笑っちゃった。
やっぱりベティさんはこわくなんかない。面白い。でも、
「まじめに仕事をしてください」
安倍さんにおこられちゃった。
でもベティさんは笑顔のままで、
「まじめに見はりしてますので、ボスは校内の見回りをお願いっす」
「はーい」
わたしも元気に返事を返して、わたしたちは校舎に向かった。
そして3人で、夜のろうかを歩く。
真っ暗なろうかを、安倍さんが持ったライトの明かりが、ゆらゆら照らす。
夜の学校はしいんと静まり返っていて、毎日来てるはずなのに、なんだか別の世界に来たみたい。暗がりから何かが飛び出してきそうでちょっとコワイ。
まどの外で何か動いた気がして、思わずマイのうでにしがみついた。
「なんだよチャビー。歩きにくいだろ」
マイはもんくを言ったけど、わたしにあわせてゆっくり歩いてくれた。
見た目はスマートなマイだけど、太くてたくましいうではキン肉でカチカチだ。
「しょうがないわね」
安倍さんも、わたしを守るみたいに反対側を歩いてくれた。
クールでキリッとした安倍さんは、近くにいてくれると、とても安心する。
それに、2人ともすごくやさしい。エヘヘ。でも、
ガタッ!
「ひゃあっ!」
いきなり大きな物音がした!
わたしはマイのうでに思いっきりしがみつく。
でも、マイと安倍さんは、こわがったりせずに、
「音楽室の方からだ。本当にどろぼうなんじゃないのか?」
「だとしたら、ベティとしっかり話をしないと」
「ま、つかまえてみれば、わかるさ」
そんなことを言いながら、マイはわたしを引きはがして安倍さんにおしつける。
そして音楽室の方に走っていった。
「マイ! まって!」
わたしだって、いつまでもこわがってなんていられない!
安倍さんといっしょにマイを追いかける。
音楽室のドアはキチンとしまっている。
まどの中は真っ暗で、何も見えない。
だれもいないんだから、あたりまえだよね。けど、
「おまえたち! かーえーれー!!」
おどろおどろしい声がして、いきなりまどの明かりがついた。
まどには、大きなカイジュウみたいなかげがうつっている!
「ホントにおばけがいた!?」
わたしはビックリして、悲鳴をあげた。
けど、マイはぜんぜんこわがったりしないで、
「おばけの正体をあばいてやる!」
ドアに飛びついた。
さっすがマイ! たよりになる!
でも……、
「……あれ、あかないぞ」
「何やってるのよ」
安倍さんもいっしょにドアを開けようとするけど、ドアは開かない。
まさか、おばけのしわざ!?
でも、マイと安倍さんは、ぜんぜんこわがったりせずに、
「くそったれ! つっかえぼうかなんかで固定してやがる」
マイはドアをガコガコ動かす。
「開けられる場所があるかもしれないわ」
安倍さんはまどをひとつづつ調べ始めた。
2人とも、すごくたよりになる!
わたしもがんばらないと!
そう思ったとたん、
「ちゃんとしまっていないまどが、ひとつあるわ。まどがこわれてて、ちゃんとしまらないのかしら?」
「おっ、ドアがちょっと開いた」
ドアが少し開いて、すきまが空いた。
マイってば、すごい!
「やめろ! おまえたち! かえれー!!」
まどにうつった大きなかげはプルプルふるえながら、大声でさけぶ。
マイと安倍さんがぜんぜんこわがらないから、はんたいビックリしたみたい。
そんなマイと安倍さんは、いっしょにドアを引っぱる。
すきまがどんどん大きくなる。
「チャビーも手伝ってくれ」
「うん!」
わたしもマイと安倍さんといっしょにドアを引っぱる。
「やーめーろー!!」
声があせった感じでさけぶ。
そのとき、
「君たち、なにをやっとるのかね!?」
後ろから、ゾマのパパの声がした。
マイはビックリしてとびあがった。
「チャビーちゃん、マイちゃん、アスカちゃん。こんばんは」
「わーい、ゾマだ! でも、どうして来られたの?」
「パパとママとお話して、パパといっしょなら来てもいいって言ってもらったの」
そっか。ゾマはいっしょうけんめい、パパと話し合ってくれたんだね。
ゾマのパパも、しんぱいだからゾマについてきてくれたんだ。やさしいなー。
でもゾマのパパは、マイを見つけてギロリとにらんだ。
マイは「ひい」って首をすくめた。
ゾマのパパはマイのことを悪い子だって思ってるんだ。
でもゾマはニッコリ笑って、
「お夜食は、お魚のクッキーだよ」
小さなふくろを開けた。
「ネコのおばけちゃんも食べられるように、お塩を使わないで焼いたの」
中にはお魚の形をしたクッキーがいっぱいつまっている。
「わー! お魚の良いにおいがする!」
あんまりにも良いにおいだから、わたしはニッコリ笑う。
マイも安倍さんも、ゾマのパパも笑う。
そのとき、
「にゃ~」
ドアのすきまから子ネコがでてきた。
黒とグレーのしましまの、ちっちゃくてかわいい子ネコだ。
「この子はアメリカンショートヘアね」
頭の良い安倍さんが、メガネの位置をくいって直しながら言った。
そして、
「ああっ!? ルージュ待って!」
ドアの向こうで女の子の声がして、大きなかげはしゅんとうなだれた。
それからドアがガタガタゆれて、
「あ!」
ちいさな女の子が出てきた。
子ネコは女の子のうでの中に飛びこんで、「なぁ~」と鳴いた。
「おばけの正体はあんたたちか」
マイが言った。
ゾマのクッキーのにおいで、おばけが子ネコと女の子になって出てきた!
それに、この子、どこかで見た覚えが……
あっ!
昼間に聞きこみをしたときに、にげていった子だ!
「あなたは、3年生の、いちのせえり子ちゃんね」
メガネをくいってしながら安倍さんが言うと、女の子はこくりとうなずいた。
安倍さん、それ好きなんだね。
でも安倍さんはガードマンの会社の子だ。
だから3年生の子の名前まで知ってるんだ。すごい!
「えり子ちゃん、ネコちゃん、クッキーを食べる?」
ゾマはふくろを差し出す。
すると、えり子ちゃんはクッキーを2まいもらって、1まいを食べた。
もう1まいを子ネコにさしだすと、子ネコはおいしそうにかじる。
「なぁ~」
子ネコはえり子ちゃんを見上げて、うれしそうにないた。
えり子ちゃんと子ネコは仲良しなんだ。
「えり子ちゃん、どうしてこんなことをしたの?」
ゾマはやさしく問いかけた。
「それは……」
えり子ちゃんはポツリ、ポツリと話しはじめた。
えり子ちゃんは学校の帰りに子ネコを見つけたの。
でも、そこは車がたくさん通るから、学校に連れてきて、音楽室でこっそりお世話をしていたの。ルージュっていうのは、えり子ちゃんがつけた子ネコの名前。
ネコポチのときといっしょだ。
わたしは、ふと、思いだす。
ネコポチも、家の近くの人のいないビルで、鳴いているところを見つけて、わたしがお世話をしていたの。
でも、ある日、いつものビルからいなくなって、いろんなところをさがしたの。
まい子ネコのはり紙をたくさん作って、はった。
マイや安倍さんやテックにもさがしてもらた。
そして、やっと見つかったの。
それから、パパとママにお願いして、家の子にしてもらった。
でも、えり子ちゃんの家はパパがいなくてお金もないんだって。
だからネコはかえない。
ネコをかうには、ごはんや、すな場のすなを買わないといけない。
それに、病気になったら病院に連れて行かないといけない。
たくさんお金がかかるの。
だから、えり子ちゃんは給食のパンやおかずを残して取っておいて、夕方にこっそり音楽室に来て、ネコちゃんにあげてたの。
でも、パンくずがこぼれていたり、ネコの鳴き声を聞かれたりした。
だから、おばけがいるってうわさになっちゃった。
そして、わたしたちは3年生の子たちに音楽室のおばけのことをたずねた。
わたしたちが音楽室を調べて、子ネコがいるってバレたら、ルージュが追い出されちゃうかもしれない。えり子ちゃんは、そう思ったんだ。
だから、おばけのふりをして追い返そうとしたの。
学校が終わってからも帰らずに、ずっと音楽室にかくれていたんだって。
外から入ってきたわけじゃないから、ベティさんにも見つからない。
そして、さっきのおばけはテーブルやイスを積み上げて、カーテンをかぶせて作ったの。おばけの声は音楽室の機械で作ったんだって。
はじめて見たときはこわかったけど、あんなのを作っちゃうなんて、すごい!
でも、このままルージュを音楽室でかうわけにはいかない。
先生や、ほかのだれかに見つかったら、ほんとうに追い出されちゃうからだ。
でも、でも、どうしよう?
わたしは考える。
そのとき、
ガラガラガラ!
えり子ちゃんが積み上げていたテーブルやイスが、くずれた。
しかも大きなテーブルが、ドアから飛び出してきた!
「あっ!」
テーブルはえり子ちゃんとゾマめがけて飛んで――
「あぶない!」
マイがえり子ちゃんたちをかばった。
ドスン!
テーブルはマイのせなかにぶつかった。
はねかえって、ズドン! って、ろうかに落ちて、ゴロゴロころがる。
「マイちゃん!」
「マイナ君!?」
「……!?」
ゾマもゾマのパパも、えり子ちゃんも、ビックリしてマイを見た。
「イテテ。あんな大きなテーブルを、どうやって積んだんだ?」
マイは顔をしかめながら笑った。
「マイナ君! わたしといっしょに病院に行きなさい!」
ゾマのパパはあせって言った。
「いや、このくらい平気だよ」
「何をバカなことを言っておるんだ! ケガをしていたら大変だろう!」
わらってヒラヒラ手をふるマイを、ゾマのパパはおこった。
いつもはゾマにすごくやさしいのに、こんなにおこるなんて、ビックリだ。
でも、わたしも同じ気持ちだ。
あんなに大きなつくえがぶつかって、いたくないはずないもん。
ゾマだって泣きそうな顔でマイを見ている。
えり子ちゃんも、しゅんとした顔をしている。
「ここは、わたしたちで何とかします」
安倍さんが、落ちついてそう言ってくれた。
なので、マイとわたしとゾマは、ゾマのパパの車で病院に行った。
ゾマは車に乗っている間、ずっとマイを心配していた。でも、
「かすりキズひとつない! テーブルがぶつかったなんて信じられん!」
マイを見てくれたお医者さんは、ビックリしていた。
「カチカチのキン肉で、テーブルをはね返したんじゃ。なんてきたえぬかれた、鉄のような肉体じゃ! スゴイ! スゴイ!」
「マイちゃん、よかった」
ゾマは安心して、マイにしがみついて泣いた。
ゾマのパパも、ほっとして、お医者さんにお礼を言った。
マイがケガしてなくて、本当に良かった!
「だから平気だって言ったろ?」
マイはくすぐったそうに笑った。
「……むすめをかばってくれて、ありがとう」
ゾマのパパが、小さな声でそう言った。
マイは「そんなの当然だよ」って言って笑った。
ゾマのパパは、マイのことを悪い子だって思ってた。
でもマイは、ゾマを守ってくれた。
これでゾマのパパも、マイのことを見なおしてくれたかな?
そうしていると、ケータイに着信があった。
安倍さんからのメールだ。
安倍さんとベティさんとえり子ちゃんで、がんばって音楽室のつくえを元にもどしたそうだ。よかった。
ゆかやテーブルがちょっと凹んじゃったから、明日、先生にあやまるんだって。
ルージュちゃんは、今夜はベティさんがあずかることになった。
えり子ちゃんは、安倍さんの家の車で家まで送ってもらった。
だから、わたしたちも安心して家に帰った。
そして、次の日のお昼休み。
「けど、ルージュちゃんをどうしよう」
わたしはゾマとマイと安倍さんと、昨日の子ネコのことを考えていた。
いつまでもベティさんにあずかってもらうわけにはいかない。
でも、えり子ちゃんの家ではかえない。
「それにしても、音楽室に子ネコがいたら、音楽の時間に気づきそうなもんだがなあ」
「それもそうね」
マイが言って、安倍さんがうなずいた。
そのとき、
「……チャビー、おばけの正体は子ネコだったんだってね」
テックがやってきた。
「なんで知ってるの? テックもこっそり来てたの?」
「ううん。ゲームが早く終わったから、パソコンで学校のぼうはんカメラを見てたの」
テックが言った。
安倍さんはイヤそうな顔をした。
ぼうはんカメラは、本当はガードマンしか見ちゃいけないものだ。
でもテックはパソコンがとても得意だから、パソコンを使ってこっそり見れる。
でも、それがテックじゃなくて悪い人だったら、みんなのテストの点数を勝手に見られちゃったり、着がえをのぞかれちゃったりするの!
そうしたら、安倍さんの会社が、悪い人にカメラを見られないようにする仕事をしてなかったことになっちゃう。
けど、テックは気にせずケータイの画面を見せてくれた。
うつっているのは朝の音楽室だ。
画面の中で、ルージュちゃんはまどのすきまから教室をぬけ出した。
そしてろうかを歩く。
ルージュちゃんが画面の外に歩いていくと画面が切りかわる。
そうやって校舎の外に行って、朝のまだだれもいないグラウンドを校門の方向に向かって歩いていく。
そして校門の横にある、ガードマンの部屋に行った。
ベティさんはルージュちゃんにあいさつして、ササミを食べさせる。
ルージュちゃんもうれしそうに鳴いて、ササミを食べる。
「……つまり、ルージュちゃんは今までずっと昼間はガードマンの部屋にいて、夕方に音楽室にもどって来てたってこと?」
「そうみたい」
「ま、昼間は校門で、夕方は音楽室でご飯が食べられるなら、はしごするわな」
マイが言った。
でも、よかった。ルージュちゃんはえり子ちゃんがいない間、さみしい思いをしていたわけじゃないんだね。
「あ、そうだ!」
あたしは思いついた。
「安倍さん、ルージュちゃんをガードマンにするのはダメかな?」
「わっ、かわいいガードマンさんだ」
「……子ネコがガードマンですって?」
安倍さんが首をかしげた。
「うん! ベティさんといっしょに校門にいて、いっしょにお仕事するの。子ネコといっしょなら、ベティさんだってこわいって言われなくなるし!」
それにえり子ちゃんも、毎日ルージュちゃんに会える。
安倍さんは少し考えてから、
「まあ、いい考えじゃないの?」
そう言ってくれた。
どうでもいいかんじで言ったけど、ちょっと口元が笑ってた。
安倍さんのパパはガードマンの会社の社長だ。
そして安倍さんはネコが大好きだ。
なので学校が終わった後に、みんなで校門のところに行った。
「ほら、ルージュ。ササミっすよー」
「にゃ~」
ルージュちゃんはガードマンの部屋で、ベティさんのササミを食べていた。
「お、仲良いじゃないか」
「あ、ボスにマイナさま、チャビーちゃんも」
ベティさんがササミを持ったままこっちを向く。
するとルージュちゃんが「にゃ~」ってササミほしそうに鳴いた。
ベティさんはルージュちゃんをだっこして食べさせる。
よかった。これならだいじょうぶそうだ。
「あのね、ベティさん」
わたしはベティさんにたずねる。
「ルージュちゃんがガードマンの仲間になったら、良いと思う?」
「それは面白そうっすね」
ベティさんはニッコリ笑った。
「いちおうクレアにも聞いてみますが、あたしは大かんげいっすよ」
「わーい! ありがとう!」
わたしも笑った。マイも安倍さんもニッコリ笑った。
クレアさんっていうのは、もうひとりのガードマンさん。
「よかったね、ルージュちゃん」
「にゃ~」
「……っていうか、こいつといい、チャビーんちのネコポチといい、ネコにおかしな名前つけるの流行ってるのか?」
マイがそんなことを言った。
もー!
ネコポチはおかしな名前じゃないもん!
「ルージュっていうのは、フランス語で赤いって言う意味よ」
安倍さんが、メガネの位置をクイッてなおしながら言った。
「ああ、なるほど。あたしのふるさとでは、おばけは目が赤いんですよ」
「それで赤なんて名前なのか」
マイはルージュちゃんを見やる。
ルージュちゃんは「にゃ~」と鳴いた。
でも、わたしは首をかしげた。
えり子ちゃん、大好きな子ネコの名前におばけの名前なんてつけるかな?
そしてマイと安倍さんは、ルージュちゃんと少し遊んでから帰った。
わたしも帰ろうとして、
「あ、そういえば」
ふと思いだした。
「えり子ちゃんに、ルージュちゃんがガードマンになったって伝えないと」
ルージュちゃんのことを、いちばん好きなのは、えり子ちゃんだ。
だから学校に来ればいつでもルージュちゃんに会えるって、教えてあげたい。
少しでもはやく、教えてあげたい。
でも、えり子ちゃんがどこにいるのかわからない。
それに、みんな、もう帰っちゃった。
頭のいいマイや、ぼうはんカメラを見れるテックがいればすぐわかるのに。
スポーツばんのうなマイがいたら、学校中をさがし回ってくれるのに。
それとも、ゾマがいたら、まだ学校にいる人に上手にたずねてくれるのに。
あたしは、まよって、まよって……そして思いついた。
今、えり子ちゃんがいそうな場所!
「あ、チャビーちゃん。外はそっちじゃないっすよ?」
「教室にわすれものー!」
ベティさんにそう答えて、わたしは校舎にもどった。
そして音楽室に向かった。
そこには、やっぱり、えり子ちゃんがいた。
そこにルージュちゃんがいないのはわかってるのに、ここに来たくなったんだ。
ネコポチのときといっしょだ。
「あ。あなたは昨日の……」
「えり子ちゃん! あのね!」
わたしはえり子ちゃんに、ルージュちゃんが昼間の間はガードマンのベティさんのところにいたこと、そして、ガードマンのネコになったことを話した。
えり子ちゃんはビックリして、
「ありがとう……」
ちょっとてれたみたいに、笑った。
そして、まどから音楽室の中を見た。
積み上げたテーブルやイスがたおれてムチャクチャになった教室は、えり子ちゃんと安倍さんとベティさんがかたづけたので、元通りだ。
そして、まどから差しこむ夕日で、部屋全体が赤くそまっている。
テーブルも、イスも、つくえも、ぜんぶまっ赤だ。
そっか、わかっちゃった。
「ルージュちゃんを見つけたときも、このくらいの時間だったの?」
「……うん」
やっぱり。
そのときのルージュちゃんも、夕日を浴びて赤く見えたんだ。
えり子ちゃんは、そのときのルージュちゃんを見て、放っておけないって思った。
だから、赤って名前をつけたんだ。
えへへ、安倍さんにもわからないことが、わかっちゃった。
そして、ふと、思い出して。
「それじゃ、わたしは帰るね。わたしの家にもネコがいるんだ」
そうだ。帰ったら、ネコポチに昨日のこと、今日のことを話してあげよう。
それから、いっぱい遊ぼう!
わたしは思わずニッコリ笑いながら、学校のかいだんをかけ下りた。