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ただ平穏な日々を過ごしたかった、それだけなのに  作者: 沢井和歌
1章:春はあけぼの、春眠暁を覚えず。
3/5

3:私のコミュ力は35です

 始業式とはどこの学校も同じようなもので、校長先生をはじめとする先生方の話はやけに長く、いつもだったらわたしをまどろみへと誘うわけだけど、今日はさすがに眠れず、真剣に話を聞いてしまった。仕方ないよね、だって隣にシロちゃんがいるんだから。絶対怒ったら怖いと思うの。

 言い訳がましいけど、始業式の後にはHRがあるってことを、自己紹介をしなければならないってことを、忘れていたのではない。あえて言うならば、本能的に考えなかっただけなんだ。


 ──事の発端は数分前に遡る。


「よーし、ぱぱっと自己紹介して、クラス委員決めちまうぞー」


 全ての元凶はこの芹澤先生の一言だった。曰く、好きな食べ物でも言っとけ、とのこと。


「青江春樹です。好きな食べ物はきんつばです。どうぞよろしく」


 自己紹介はいかにも学級委員、といった銀縁眼鏡の男子から始まった。

 きっと黒板に書かれた時間割のHRの時間の長さからしても、自己紹介やクラス委員決めの時間ということになっているのだろうから、諦めるしかないのか。

 諦めるしかないんだよな。


「黒川雪です。好きな食べ物はチョコレートです。1年間よろしくお願いします」


 シロちゃんのが終わるということは、私の番だ。ああ、しんどい。緊張する。話したくないよう。


「え、えっと、楮原真澄です。好きな食べ物はいちご大福です。よろしくお願いします」


 何とか自己紹介を終えた。噛まなくて良かった。大丈夫、好きな食べ物も当たり障りないもののはず。

 いつしか、クラス全員のものが終わり、学級委員決めが始まった。言うまでもないことだが、内容はばっちり覚えている。


「よーし、じゃあクラス委員決めちまうぞー。委員長、副委員長やってくれる奴いるか?」


 もちろん、学級委員長なんかより図書委員をやりたいです。委員長、副委員長は直感でしかないけど、青江君あたり、やりそうだよなー。あと、シロちゃんとか。意外とそうでもないのかもしれないけど……。

 気づくと教室は沈黙に包まれていた。──うっわ、すっごい気まずい。空気が重い。嫌だなー。誰か何とかしてくれないかなー。


「俺、委員長やります」


 沈黙の中、声を上げたのはやはり青江君だった。勇者かよ。


「お!青江だな。1年間、よろしく頼むよ。……さぁて、副委員長様、おいでませーってな」


 一気に場の空気が白けているのに気づいていないのか、むしろ知っててやっているのかもしれない。芹沢先生はおどけた様子た。この人、絶対つよい。


「副委員長やります」


 そして、また沈黙が支配しそうになったころシロちゃんが手を上げた。流石としか言いようがない。第一印象だけで全てを判断するのは良くないかもしれないけど、この2人なら安定したクラスになりそうだと思った。


「よーし、委員長、副委員長は決まったな。優秀、優秀。こういうのにさっさと立候補してくれるのはありがたいな。じゃあ青江、黒川、進行よろしく。……とかできたらいいんだがな……。生憎俺がやらにゃならんらしいな」


 柘植川先生に流石に貴方の仕事では(それぐらい自分でやれ)、と睨まれ、肩をすくめながら進行を始めた。

  クラス委員は思いのほか簡単に、着々と決まっていく。──私?もちろん図書委員に立候補しましたよ?


「でだ。図書委員があと1人足りないから、誰か移ってくれるか?あぶれてる奴らとか、特に」


 沈黙。誰も、芹沢先生と目を合わせようとしない。柘植川先生がこわいのかしらん。いい先生だと思うんだけどなぁ。かっこいいし。


  ──チッ。


 え?今、後ろの席から舌打ちがしたんですけど。えー、怖いよう。自分でも首が軋む感覚がする中、振り向くと、茶髪のいかにも不良、といった風貌の男子が手を挙げていた。名前は──佐藤楓と言っていた。私でもわかる。確実に名前と顔が一致していない。


「お、佐藤。やってくれるんだな?ありがとう!」


 満面の笑みで黒板に佐藤楓と書いた先生を睨めつけながらしゃーねーだろ、と呟いていた。うっわ、すっごい目つき悪い。怖いよう。こんな人と1年間、上手くやっていけるんだろうか。とてつもない不安が私を襲った。


「よーし、欠員だった図書委員も決まったし、今日はこれで解散だ。それじゃぁお前ら、担任様の有難くないお言葉だ。聞かなくてもいいが、寝るなよ?」


 担任様の有難くないお言葉て。本当にこの人は、やる気があるのだろうか。


「有り体な事だが、ちゃんと勉強はしろよ?最低限自分の夢を叶えるのに困らない程度やっとけ。1日に、何か一つでも学ぶようにしろ。いいか?後は、なるべく青春すること。これが、1年を通した指示だな。それじゃぁ1年間、よろしくお願いします。はい、柘植川先生、一言お願いします」

「は、はい?」


 え、ここで柘植川先生のターン入りますか?──やったぜ。


「え、えーと。概ね芹沢先生と同じですが……。何はともあれ、1年間、健康に気をつけて、節度を持って生活すること」


 こんなところです、と柘植川先生は芹沢先生に目配せして、席に座った。


「明日以降だが、ゴールデンウィーク前にある球技大会の種目決め、その他諸々のことをする。授業もあるから、用意を持ってくるように。では、今度こそ解散です。ありがとうございました」


 ありがとうございました、と復唱し、その日はお開きになった。こちらの学校でも、何とかやっていける気がしてきた。頑張ろう。そう立ち上がった時だった。柘植川先生に声をかけられたのは。


「楮原さん。ちょっといい?」

「あ、はい」


 え、何事?私何かやらかしました?


「業務連絡だけど。明日の業後、委員会の集まりがあります。必ず出席するように」

「わ、わかりました。……あの」


 唐突な私の問いかけに怪訝な顔をしている。この際、文芸部についても聞いてみても大丈夫だろうか。


「なんですか?」

「ぶ、文芸部に入部したいのですが……」


 先生はああ、なるほど、と合点がいったような顔をすると、毎週火曜と金曜日の放課後、図書準備室でやってる。と教えてくれた。


「入部希望者なら大歓迎よ。きっと部員も喜ぶことでしょう」


 今日は火曜日だ。ということは、やっているのかな?


「ちなみにですけど……今日もやってますか?」

「今日?おそらく、副部長の鷹山ならいるでしょう。そんなに行きたいならどうぞ」

「それでは、お言葉に甘えて」


 そして、図書準備室に行こうとした私は思い出した。図書準備室って何処か、聞いていない。しかし、登校時に見た校内地図を覚えていたので、それに従って行くことにした。ここは西棟の3階、目的地は北棟の4階だ。


 ……やっぱり遠いなぁ。だけどこうやって学校生活をしていると、ちゃんと高校生している実感がわいた。

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