2:目指せ!普通の女子高生
「このクラスの副担任の柘植川巴です。1年間よろしくお願いします」
巴先生はそう一言言ってそれっきり何も言わず、椅子に座るやいなや長い脚を組んで押し黙ってしまった。……正直に言おう。かっけえ。めっちゃ憧れるタイプだ。パンツスーツも似合ってるし、肩口で切りそろえられた黒髪も、ちらりと覗く銀のピアスもめっちゃかっこいい。だけど確かに目の前にいる彼女が、もっと優しげな人であったなら、生徒に巴ちゃん、と呼ばれることを許すような人であったなら、この教室の空気はこんなにも重くはなかっただろうな。
うわぁ、という声がどこからかした。気のせいかもしれないけど、クラスの多くが思ったところだろう。そういうことにしよう。編入先のこの学校でもなんとか友達はできそうだな。それにしても柘植川先生、かっこいい。と現実逃避をはじめた頃、無精髭の気だるげな男性がクラスに入ってきた。
うわ、ヤニ臭い。何だこのダメ人間の権化のような人は。雪が『教員なのにタバコ臭いだなんて信じられない……』と呟いた気がした。
「おー、揃ってんなー。しっかしなんだ?この重い空気は」
「……芹澤先生」
「いやー柘植川先生、すみませんねぇ。あ、このクラスの担任、芹澤鴨、柘植川先生と同じ25歳です。知ってのとおり本名だぞー。よーし、とりあえず始業式始まっちまうし、行くか」
……柘植川先生、怒りを押し殺しきれてません。
「ねぇ、かっしー。芹澤先生ってどんな人か知ってる?」
「そりゃあ、まあ。有名人だし」
「……まじか」
「あれ、まっすー知らないの?」
うん、ちょっと。と笑顔で言葉を濁したがこれはまずい。多分笑顔は引き攣っている。あまり知られたくないことではあるけど、2人とも悪い人ではなさそうだし──。
「実はわたし、去年までは県外の学校だったんだよね……」
「ということはまっすーが噂の編入生ちゃんか!」
「そういうことね。だからキョドってたのか」
え、わたしそんなにキョドってたの?確かに、ちゃんとやっていけるか不安でしかなかったけど。と思いながら芹澤の人となりを聞いた。
「芹澤先生は物理の先生で、クラスによっては化学も教えているみたいよ」
「あれが理系なのか」
「ま、見るからにそうだよね。」
シロちゃんの説明にかっしーが補足していく。見た目はちゃらんぽらんな感じではあるが、理系ということは予想に反して割としっかりしているのかな?
「……見るからにそうだし気づいたと思うけど、ヘビースモーカーで、うちの学校一ユルい先生よ」
「そんなにユルいの?」
「うん。身だしなみ指導があの人なら大概は許されるよ。……それでもダメなことはダメって言うみたいだけど」
「へぇ」
……やっぱりちゃらんぽらんな人らしい。
「剣道部の顧問で、ご両親も嗜んでいるみたい。……まあ、言うまでもないと思うけど名前の由来は新撰組の芹澤鴨らしいわ」
悪い人ではなさそうだ、という印象を受けた。話を聞きながらかっしーとシロちゃんの表情を伺うと実に楽しそうに見えて。──やっぱり、クラスメートっていいな。友達っていいものだな。
「ちなみにあの人幾つ?とてもじゃないけど25には見えない」
「45じゃない?」
「やっぱりそれぐらいか」
「それと情報通、地獄耳であるという噂よ」
生徒でごった返す廊下の人混みを器用に歩きながらシロちゃんは続ける。この廊下から中庭の桜が良く見えるんだな、なんてふと思った。
「え、シロちゃんそれ初耳だなぁ。まあ、悪い人ではないけどこういう大人にはなりたくないよね」
芹澤先生のだいたいの人となりは理解できた……かな。
「……じゃあ、柘植川先生は?」
「巴ちゃんは確実に25歳の確か3年目ぐらいの先生だよー」
おっと、かっしーってば巴ちゃんって呼んでるよ。怒られないのかな?大丈夫なの?
「え?巴ちゃんって呼んで大丈夫なの?あの先生」
「え?もちろん殺されるよ?」
──怖い先生じゃないですかヤダー。
「……ふざけないで、若葉。それで、柘植川先生の担当教科は国語でこのクラスでは古典を担当することになると思う。あの人も見た目に違わず、厳しい先生よ」
「あ、そうそう、担当委員会は風紀委員じゃなくて図書委員なんだよ」
「図書委員なの!?やった!」
「まっすー嬉しそうだね」
そりゃあもうね、わたしは図書委員に入れるなら入ろうと思ってたんだ!さらに言うなら文芸部に入りたいんだよね。と熱弁しそうなのをぐっと堪えて。
「うん。図書委員、気になってたから」
と当たり障りのないようにごまかした。
「そっか、巴ちゃん、風紀だとか規律を乱すのがすっごく嫌いみたいだから、頑張ってね」
「ちなみにだけど、部活とかは持ってるの?」
「どこだっけ?確か文芸部だよね?」
「ええ。巷では鬼編集長と呼ばれているとか」
思わず来た!と叫びそうになり、死んでも文芸部に入ろうと決意した。
「あ、体育館着いたよ。下駄箱はここね」
「うん、ありがとう」
そうこうしているうちに体育館に着き、始業式が始まろうとしている。きっと校長先生の話は長いんだろうな、と思いながら白い光の射し込む体育館に1歩足を踏み出した。